第29話 ☆火魔法師、火に溺れる!!

 【火魔法師】の紋章を持つバーニッシュは、ベルソス王国の魔法大学の優等生だった。十五歳にして、上級生を遥かに上回る、巨大な炎を操る天才児だった。


 伯爵家の長男であり、見た目も美男子として知られ、学園では男女問わず人気があった。


 バーニッシュは、何不自由ない生活を送っていたのだ。


 だが、火魔法の扱いに長けた彼にとって、そんな日々はひどく退屈なものだった。


 そこで出会ったのが、いとこのヴィリアンである。

 ヴィリアンはシュバルツ騎士団団長ロイグの側近であった。


 そんなヴィリアンは、バーニッシュに長期休暇での退屈しのぎを教える。


 それが、商人コビスの奴隷狩りだったのだ。


 森や村を好きなだけ燃やせる。多少の亜人は、戦いで殺したり燃やすこともできた。


 バーニッシュは瞬く間に、この奴隷狩りの快感に溺れる。


 そしてこの日は、特にご満悦であった。


 コビスより、森の中のエントは強力なため、好きなだけ森を焼いていいと言われたのだ。


「いやあ、今日は楽しかったなあ。エントが燃えながらのたうち回って……最高だった」


 あたり一面を燃やし尽くしたバーニッシュは今、コビスの拠点であるエティゴブルクに帰還した。


 城壁内のひときわ大きな館に入ると、立派な髭を蓄えた肥満の男──コビスがやってくる。


「いやあ、バーニッシュ殿。派手にやったようですなぁ。少々派手過ぎるほどに」

「あなたが焼いていいと仰ったからじゃないですか? それでも、三百体程、エントを捕えてきましたよ?」

「まあ……良しとしましょう。亜人はゴキブリのように湧いてきますから。ところで、明日なのですが南のほうをお願いできますかな? 鬼人の村なのですが」

「話には聞いてます。確か、シュバルツ騎士団のガイアスが死んだ場所だとか」

「ええ。どうやら彼らは武器を持ち、櫓を構えているそうなのです」

「へえ……それは燃やしがいがあるなあ……うん?」


 突然、エティゴブルクの外から獣の遠吠えが響いた。


 コビスが焦るような顔をする。


「ま、まさか、人狼!?」

「この前の復讐に来たのかもしれませんね。南のほうかな? 僕がやってきますよ。ああ……どうせすぐに終わるでしょうし、せっかくならその南の村もやってきます」

「お疲れではないですか?」

「まさか。それに、むしろ夜にこそ火は映える」


 コビスはバーニッシュの制服……魔法大学のローブを見て笑う。


「ほほ、やはり学のある方は違いますなあ……考えが私とは違う。まあ、分かりました。傭兵を三百ほどお連れになってください」

「そんなにいりませんって。ここの守備が五十人足らずになりますよ?」

「いや、どうせここを攻める亜人などおりません。それより、くれぐれも奴隷を捕まえてから、村は燃やして下さいよ」

「それが心配で人を多く付けるわけですか。まあそこはご心配なく、そこらへんは弁えてますから」


 バーニッシュは下品に笑うと、すぐに館を出て、兵たちとエティゴブルクを出た。


 人狼は南から遠吠えを続けた。


 だが、バーニッシュたちが近づくと、人狼の遠吠えも遠ざかっていく。


「うるさいやつらだなあ……戦えないからって、吠える事しかできないのか」


 バーニッシュはいらつきのあまり、森を燃やそうかとも考えた。

 だが、前方を燃やせば、それを迂回しなければならず、鬼人の村へ着くのに時間がかかってしまう。


「ちっ……早く済ませよう。おい、急ぐんだ!」


 バーニッシュは足早に、他の兵士と一緒に南に向かった。


 すると二時間ほどして、前方に砦のようなものが見えてきた。


 兵士たちがざわつく。


「と、砦? こんな場所に?」

「城壁だ……方角を間違えたか?」


 バーニッシュは、この前死んだガイアスと同行していた道案内に怒鳴る。


「何をしてるんだ!? お前みたいな馬鹿は、道すらも分からないのか!?」

「い、いえ、バーニッシュ様! ここで間違いありません! それにほら、人狼も!」

「何!? っ!?」


 バーニッシュは、城壁の上でこちらに吠える人狼たちに気が付く。


 そして城壁の前で一人立つ男にも。


 男は叫んだ。


「奴隷狩りたちか!? 話がしたい!」

「話だと……?」


 バーニッシュたちは森を出て、城壁へと向かった。


 次第に、男の顔が明るみになる。


 それは、若い人間の男だった。取り立てて特徴もない、質素な服の。


「誰だ、お前は!? 何故人間がいる!?」

「俺はヨシュアだ。お前たちこそ、今まで何をしてきた?」


 バーニッシュは答えもせず、怪しむようにヨシュアをじろじろと見る。

 しばらくすると、はっとした顔をした。


「ヨシュア……ああ、思い出したぞ! お前はシュバルブルクで見た! ヴィリアンが小汚い生産魔法師と言ってたやつだ! 【魔工師】持ちの!」


 バーニッシュは蔑むような笑みを浮かべる。


「僕を覚えてるか!? バーニッシュだ! お前に剣を磨かせただろう?」

「俺はお前なんか覚えていない。そんなことはどうでもいいから、奴隷狩りなんてしてないでさっさと学校にいけ! お前はまだ学生だろ!? その服を見れば分かる!」

「ほら! やっぱり覚えてるんだ! そうだよなあ、【魔工師】は底辺も底辺! どこの魔法大学だって入れない! あの時、俺が羨ましくって仕方なかっただろう、ゴミクズ!?」

「死んだって、お前にはなりたくない」

「あっそう……じゃあ、一回死んでみろよ!? 俺が消し炭にしてやる! ゴミは、ちゃんと燃やさないといけないからな!」


 バーニッシュは両手をヨシュアに向けた。


「感謝しろよぉ? お前みたいな底辺が、天才と謳われた僕の魔法で死ねるんだ──ゴッドフレイム」


 バーニッシュは手に小さな火を浮かべると、それをヨシュアに放とうとした。


 火属性の高位魔法。エントの森を焼き払った魔法だ。もちろん、燃やすのはヨシュアだけで力は抑えてあるが、人一人を葬るには過剰な魔法だ。


 その瞬間、周囲が闇に覆われる。


「え?」


 それがヨシュアの放った黒い粉、ということだけはバーニッシュにも理解できた。


 その粉にバーニッシュの火が引火する。


「っ!? 消えろ! 消えろ! ──っ?! 熱いっ!」


 バーニッシュは瞬く間に火だるまになった。


 ヨシュアが放ったのは石炭の粉であった。

 宙に放ち、それをバーニッシュとその周囲に降らせたのだ。


「熱いっ!! 熱いよぉっ! こんなところで死にたくない!! 僕はベルソス魔法大学のっ! ヴァイア伯爵の! ……誰か! だれかぁああああああっ!」


 水魔法を使うことすらできず、バーニッシュはその場でのたうち回った。


 兵たちも消火しようとはした。

 

 しかし近づけない。


 バーニッシュから地面に火が瞬く間に広がったからだ。


 もはや、バーニッシュを救助するような状態ではなかった。

 突如燃え広がる火の海に、兵たちは恐慌状態になる。


 ヨシュアによって、地面には獣の油や石炭もばらまかれていたのだ。


「今だ、撃て!」


 メッテの叫びが響いた。


 塔から岩がバーニッシュの周囲の兵たちに放たれる。


 その岩は簡単に割れ、中の黒い粉を周囲にまき散らした。

 瞬間、爆発が起こった。

 

 兵士たちの体を火が飲み込む。


「熱い!! 誰か消してくれっ!」

「火が、火が! うわあああ!!!」


 そこに城壁の上からクロスボウが放たれ、兵たちはバタバタと倒れていく。


 兵たちは大混乱に陥った。


「ぐっ!?」

「も、もう駄目だ!! 逃げろ!!」


 兵の一人が叫ぶと、兵たちは応戦せず、北の森に逃げようとした。


 だが、森からも石が飛んでくる。

 近づく者は、蔦のようなものに足を掴まれ、地面にたたきつけられた。


 エントは北の森にまわり、待ち伏せていたのだ。


「え、エントだと!?」

「ど、どうすれば!? なっ!?」


 行き場を失った兵たちの間を、ひとつの影が通り抜ける。


 それを見た者は、ことごとく首を切り落とされていった。


「な、何が!? ……っ!?」


 一人の兵士が、影の正体を捉えた。


 白銀の髪を伸ばした美しい女性──イリアに兵士は目を奪われた。


 だがその顔を見て、戦慄した。

 彼は絶望するような表情で、そのまま首を刎ねられた。


「突っ込め!! 姫に負けるな!!」


 後方からメッテがそう叫ぶと、武器を持った鬼人と、人狼が突撃してくる。


 イリアに負けず、メッテも兵を次々と刀で切り捨てていった。


 兵たちはまともに戦うことすらできず、ことごとく殺されていく。


 しばらくして降伏を叫ぶ者が現れると、兵の誰もが武器を捨てる。


 逃げられたのは、東の河原に向かった三十名だけであった。

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