第25話 塔を作りました!

 少しの寝苦しさを感じていると、突如、悲鳴が響き渡った。


「……っ! 敵襲か?」


 俺はばさりと上半身を起こした。


 同時に、両隣で寝ていたイリアとメッテ、腹の上にいるメルクも目を覚ます。


 見ると、俺の右手はイリアに、左手はメッテに握られていた。


 「え?」と一瞬言葉が漏れたが、イリアとメッテは何事もないように手を離す。


「近い……村の中からのようですね」

「妙だな、見張り櫓からは声が上がってない……」

「あ、ああ、確かに」


 俺は手を握られたことには触れずに答えた。


 メルクが言う。


「何かが動いている気がする。東の方……」

「ゴーレムを見て鬼人が声を上げたか。いや、すでに皆は昨日ゴーレムを見ているはず……とにかく急ぐぞ!」


 俺たちは天幕を飛び出した。

 

 まだ未明である。

 外では鬼人や人狼たちも何事かと、起きていた。


 メッテが問う。


「どこからの悲鳴だ!?」


 その声に、鬼人の一人が言った。


「岩の集積場所からです!」


 俺がゴーレムに命じて岩を運ばせた場所だ。


「そこで一体何が……」


 俺はすぐに集積場へと向かった。


「これは……」


 俺も思わず声を失った。

 広がっていたのは人の背丈の倍に積まれた石材群。


 まさかここまで岩を短時間集められるとは……うん?


 よく見ると、岩が勝手に動いている。

 どうやら集積場所まで向かっているようだ。


 近くにいた鬼人はそれを見て、がたがたと肩を震わせていた。


 イリアも焦ったように言う。


「よ、ヨシュア様、あれも作った生きた岩で?」

「そんなわけないだろう……あれはきっと」


 俺は動く岩に近づいた。


 遠くには、まだまだその動く岩がやってくる。


 そしてそれを監督するように地面にいた存在に、俺は気が付いた。


「ウィズ。いつの間に」


 スライムのウィズだ。

 「よう」と言わんばかりに、体の一部を伸ばして手を振る仕草をする。


 朝少し寝苦しいと思ったのは、両手を掴まれていたからではなく、枕となってくれたウィズがいなかったからか。


「まさか、この前の廃鉱のスライムたちに岩を運ばせてくれたのか?」


 ウィズは体を縦に曲げ、肯定した。


 岩が動いている原因は、あの下にスライムがいるからだ。


 ゴーレムが岩を切り出すのに集中し、スライムが運べば効率も良くなる。

 

 特に何も指示してないが、ウィズは俺の行動を見て、自発的に動いてくれたようだ。


 騎士団にいた頃から、こいつは本当に痒いところに手が届くというか……いや、本当に痒い場所をこすってくれたりもするが。


「ウィズ、ありがとうな。昨日のペースだと、塔を造れるのは昼過ぎだと思ったが、これならすぐにでも取り掛かれる」


 そう言うと、ウィズは少し恥ずかしそうに、顔を隠すような仕草をした。


 本当に感情表現が豊かな奴だ。


「よおし! それじゃあ早速、この岩で塔を造るか!」

「ああ、造るぞ!」

「おー」


 俺が気合を入れるように言うと、メッテは元気な声で、メルクも拳を空に突き出し応えてくれた。


 するとイリアも慣れない口調で「おお!」と叫び、ぎこちない感じで手を上げた。


 こういった調子に慣れてないのかも……

 前も皆が歓声を上げる中、一人照れていた。

 無理しなくてもいいのに。


 俺はそんなことをイリアに感じながら、岩を吸収していった。

 とりあえずは少しだけだ。

 崩れないか様子を見ながら、慎重に組み立てよう。


 塔を建てる場所だが、北にしようと思う。

 奴隷狩りは北から来ることが多いからだ。


「まずはオーソドックスな円系の塔にしてみるか。ビルド──タワー」


 俺はそうして、研磨した岩を積み上げ始めた。


 ウィズたちのおかげで石材も豊富にあるし、大き目に作っておこう。


 中は空洞を作って、階段で上部まで上がれるようにする。


 ゆくゆくは、上部にバリスタやカタパルトなどの武器も置きたい。大規模な敵が押し寄せてきた時、きっと役に立つ。


 なんだかんだで一時間はかかるかなと思った。

 しかし、研磨と積み上げ自体は一瞬で終わり、強度の確認と石材を補充する時間のほうが長かったぐらいだ。

 十分で出来上がってしまう。


「岩の山が……」


 こういった塔を見たことがないのか、鬼人や人狼たちは声を上げた。


 イリアも嬉しそうに言った。


「見張り櫓よりも、頑丈そうですね!」

「ああ。岩でできてるからな。それに、あそこの岩は特に硬かった。投石機にも耐えられるだろう」

「それでは、どれだけ頑丈か試してみましょうか?」


 イリアが刀を抜くと、メッテも刀を抜く。


「いや、やめてくれ。絶対、塔が壊れる。確実に」


 俺が真顔で言うと、イリアとメッテは渋々刀を鞘に戻した。


 いや、斬りたかったのか……


「とにかく、上がってみようか。見張り櫓より少し高いから、更に見晴らしが良いはずだ」

「はい!」


 俺たちは階段を上がって、塔の頂上へ向かう。


 皆、階段も初めてのようで、坂があると驚いていた。


 そうして上りきると、前の櫓よりも高い場所から、周囲が確認できた。


「おお、前よりも高いな! それに櫓は動くのが怖かったが、ここなら走ってもいいぐらい、頑丈そうだ」

「ああ。ちょっとやそっとじゃ壊れない。火にも強いしな」


 メッテはごんごんと塔の床を蹴った。


 なんだか、壊れないか不安になるな……自分が造った物に自信はあるほうだが、鬼人が使うと思うと、ちょっと心配が残る。


「ま、まあ、あまり揺らしたりとかしないでくれよ」


 俺が呟くと、メルクが声を上げる。


「ヨシュア、見て見て―。あっちの木が動いてるよ?」

「木が動く?」


 俺はメルクが見る方向へ、視線を向けた。


 北東の方角……確かに木が揺れているように見える。


 しかしその揺れは、あまりにも激しかった。

 まるで葉っぱが波立つような……しかも、


「こっちに向かってきている?」


 木々がこちらに迫っているようだった。

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