第26話 樹の巨人がやってきました!
「メッテ……すぐに戦支度を!」
「はっ!」
イリアの命を受け、メッテは塔の下の者たちに武器を取るよう叫ぶ。
木が動く……普通に考えれば、そんなことは有り得ない。
だが、木に近い見た目の生き物はいる。
たしか、森林を住処とするエントという種族だ。
魔物とも言われているが、魔王軍に所属するエントが発見されたことはない。
それもそのはず、恐ろしく保守的で、基本的に自分たちの森から出ないのだ。
そして縄張りを侵されると、全力で排除しようとする……
森の中では最強と言われている種族だ。
「……エントが大移動してるってことか」
俺が呟くと、メッテが言った。
「クロスボウを射かけるか? それとも接近戦で挑むか?」
「いや、どちらもほとんど傷は与えられないだろう。傷ができても、すぐに回復する……彼らに一番有効なのは、火なんだ」
「では、松明を投げ込むか?」
「いや、大丈夫だ。火なら、俺だけ起こせる。俺が前に出るから、皆は後ろにいてくれ」
俺が塔を下りようとすると、イリアが腕を掴む。
「そ、そんな! お一人では、危険すぎます!」
「大丈夫だ。エントは森の外では力を発揮できない。イリアたちは手を出さないように」
俺は塔を下り、エントが来るであろう森の前で待ち構えた。
あまり好ましくないが、最悪、木々ごと焼き払うしかないだろう。
葉が揺れる音が近づくのを感じる。同時に、地響きも強くなってきた。
一体や二体ではない。きっと、何十と何百といるはずだ。
やがて森と草原の境界にある木々が大きく揺れると、急に周囲は静かになった。
森の向こうは暗闇で何も見えない。
だが気配がする。こちらを窺っているような視線を。
向こうから動かないならば、こちらから声を掛けるまでだ。
「エントか!? 俺たちに戦う意思はない! 通りたいのなら、俺たちは手出しはしない!」
だが、その言葉に再び森ががさがさと揺れ始めた。
すると、森の中から五べートルはあろう樹の巨人が。
エントで間違いない。手足まで、樹でできている。
幹にある穴のような目は、俺を憎むように見ていた。
「こんなところにも待ち構えていたとは……ならば、わらわたちも最後まで戦うまで!」
そう言うや否や、森から石のような何かが飛んできた。
「マジックシールド! クラフト──ウォール!」
俺はマジックシールドを展開すると、目の前に石の壁を作った。
壁はその石を受け止めていく。
エントは驚くような声を上げる。
「なっ、壁が!?」
「話を聞いてくれ! 俺を見て襲うということは、お前たちは他の人間に襲われたんだろう!?」
「そうだ! わらわたちの森に火をつけ、仲間を攫った! お主もその輩(ともがら)なのだろう!?」
「俺たちは違う! 俺は人間だが、この村は鬼人と人狼が暮らしているんだ! 見えるだろう!?」
しかしエントは少しして、こう叫ぶ。
「鬼人や人狼があのような建物を作るなど、聞いたことはない! しかも、皆、人の武器を持っている!」
この村の発展している様子が不信感を与えたようだ。
エントは叫ぶ。
「皆、もはやここまで! 最後まで戦うぞ!」
どうも、エントたちは正常な判断力を失っているように思える。
故郷の森を焼かれたことが、影響しているのかもしれない。
なら、簡単だ……
俺は魔法工房で、ただ先を尖らせただけの木の矢を数十本作成した。
そしてそれに火を着けると、森の手前に拡散させ放つ。
草原には、三十べートルほどの小さな火の壁ができた。
俺にこれだけ広範囲を燃やす火の魔法は使えない。
低位の火魔法しか使えないのだ。
だが、これならファイアーウォールという中位魔法の代わりになる。
「ひ、火だ!」
「逃げろ! 燃やされる!」
すぐに森は大きく揺れ、悲鳴のようなものが聞こえた。
誰も、こちらに突撃しようとする者はいない。
「皆の者、逃げるな! それでも、誇り高きエントか!?」
エントはすぐに呼び止めるが、誰も聞こうとはしなかった。
「くっ! かくなる上は!」
エントは樹の手を尖らせ、こちらに突撃しようとする。
だがその時だった。
俺の横を、風のように何かが通り過ぎた。
「っ!?」
エントは足を止める。
自分の体の真ん中に、刀が付きつけられていたのだ。
「……ぐだぐだ言わずに、言うことを聞け。ヨシュア様の仰ることを」
その冷たい声を放つ後姿の者を、俺は最初メッテと錯覚した。
しかし刀を向けているのは、白銀の髪の女性……イリアだった。
エントはぞっとするような顔をすると、その場で腰を落とす。
俺には、その時のイリアの顔は見えなかった。
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