黒猫に鳴いた魔女

怜 一

黒猫に鳴いた魔女


 チカがウチに来たことを告げるチャイムが鳴る。リビング兼寝室から短い廊下で繋がる玄関に向かい、扉を開いた。


 「お酒、いっぱい買ってきたよ」


 ベージュのコートを羽織ったチカはチューハイやビールが詰め込まれたビニール袋を掲げ、得意げに笑う。


 「ありがと。部屋、暖かくしといたから」


 そう言って、私はチカを部屋へと招き入れる。チカは脱いだブーツを綺麗に揃え、お邪魔しますと挨拶しながら私の後に続いて部屋に入ってきた。


 「えっ!?スゴッ!なにこれ!」


 ジャックオーランタンや蜘蛛の巣の切り絵などで飾られた内装や、テーブルの上に置かれた手料理の数々にチカは目を丸くした。


 「すごいでしょ?頑張って用意したのよ」


 期待通りのリアクションに、私は鼻を高くする。

 

 「マジ最高!エリ、大好き!」


 チカは持っていた荷物を手放し、私に抱きついてきた。


 「もー。いきなり抱きついたら危ないでしょ」


 なんて、口では言ったものの、チカに応えるように私も抱きしめ、私の胸元で揺れている頭に片手を添えた。夜風に冷えた髪を撫でる度に、チカの甘い匂いがふわりと香る。無邪気な誘惑に湧き出た欲望を抑えきれず、思わず、チカの髪に口付けをしてしまいそうになる。しかし、なんとか理性を保ち、私はチカから手を離した。


 「さっ、ご飯が冷める前に早く着替えよ」

 「んっ…。わかった」


 チカは名残惜しそうに頷き、食事を取る準備を始めた。


 私とチカは、同じ会社に勤めている先輩と後輩という関係で、初めて知り合ったのも去年の新人研修の時だった。企画部に入ってきた唯一の新人であるチカを、二年先輩である私がマンツーマンで指導することになり、自然と二人きりになる時間が長くなっていた。それから、色々な相談を受けたり、仕事帰りに飲みに行ったりしているうちに、いつの間にかプライベートでも遊ぶような関係になっていた。


 「先輩。ハロウィンの日って暇ですか?」


 職場の食堂で一緒に昼休憩を取っていたチカから、そんなことを聞かれた。特に予定はないと伝えると、チカはこう言った。


 「なら、二人っきりでハロウィンパーティーしませんか?せっかくなんで、コスプレもして」


 そこから、話の流れでなぜか私の家でパーティーをすることになり、せっかくなら驚かせてやろうと飾り付けや料理などを用意することにしたのだった。


 「あぁ…。エリの手料理、ホンット美味しかったぁ。また、食べたい!」

 「フフッ。また、作ってあげる」

 「やたっ!」


 食事を済ませた後、私達はお互い見えないようにコスプレ衣装に着替えることにした。リビングと廊下が扉で仕切られるので、私は廊下で着替え、チカはリビングで着替えることになった。


 「準備できたよー」


 数分後。チカの楽しそうな声が、扉越しから聞こえてきた。


 「それじゃあ、開けるよ」


 チカからの合図で、私は少しだけ扉を開き、その間からリビングの方へ顔だけ覗かせた。


 「じゃーん!エリ、どう?可愛い?」


 チカは黒いドレスを身に纏い、頭には黒猫の耳を模したカチューシャをつけ、首には細めの赤いチョーカーを巻いていた。


 「…か、可愛い。すっごい可愛いよ」

 「?」


 黒猫に仮装したチカを見た瞬間、なんとも言えない衝撃が脳味噌に直撃し、言葉に詰まってしまった。

 小柄で華奢なチカが黒猫のコスプレをするというのは、あまりにもイメージ通りすぎる。さらに、白いフリルをあしらった、丈の短いスカートにあざとい意図を感じてしまうが、それがチカということだけで、愛おしさに変わってしまう。あまりにも愛らしいチカの姿に、今にも抱きしめて、頭を撫で回したい衝動に駆られた。


 「それじゃ、次はエリのばーん」


 見せることに満足したチカは、私が覗いていた扉を全開した。


 「えっ!なにこれ!すっごい可愛い!てか、なんかエッチ!」


 チカは、魔女のコスプレをした私を目にして興奮する。


 「そこまで言われると、恥ずかしいんだけど」


 私は、赤くなる顔を隠すように俯いた。

 確かに、私の着ているロングのワンピースには深めのスリットが入っており、左脚の太腿が見え隠れするようなデザインになっている。正直、この衣装の購入ボタンを押す決断をするのに小一時間は悩んだ。しかし、きっとチカは喜んでくれるだろうという思いから、勢いに身を任せて購入してしまった。


 「エリ、エリ!写真撮ろっ!飾りがある壁に立ってさ!」


 チカはスマホをかざして、モニターに私達を映し出した。二人でキメ顔を作り、チカが連続してシャッターを切る。

 近くに顔を寄せたチカに、少し、イタズラ心が芽生えてしまった。次のシャッターを切る瞬間に、チカの頬にキスをしてしまおう。そんな考えが、不意に頭を過った。そして、チカの親指がシャッターボタンに触れた瞬間、私は、チカの唇に口付けをしてしまっていた。


 「ッ!?」


 驚きのあまり見開いた瞳は、同じように驚いていたチカの瞳を見つめていた。どうやら、チカも私と同じイタズラを思いついて、そのイタズラを偶々同じタイミングでやってしまったようだ。


 私は、咄嗟に唇を離した。

 チカは、潤んだ瞳で私を見つめる。


 「んっ!?」


 すると、チカは強引に私の唇を塞いできた。


 「んっ…ふぅ…」


 私は距離を取ろうとするも、チカは私の動きに合わせ、唇を離さない。


 「ぁんっ…っ…」


 そして、とうとう押し倒され、私の両手を恋人繋ぎのように握られ、逃れられなくなってしまった。

 チカのキスは私の唇にだけに止まらず、徐々に首筋へと移っていく。甘くて柔らかい啄みにも似た調子でキスをされる度に、自然と喘ぎ声が漏れてしまう。


 「ふぅっ…ふぅ…うんっ。んっ、くすぐっ、たい。あっ…ひゃんっ!?」


 いきなり左脚を人差し指でなぞられる感覚に、身体がビクンと跳ねる。チカは、私の気付かないうちに右手でスリットの深い部分に手を伸ばしていたようだ。


 「だっ、だめ…」


 チカは、私の言葉だけの拒絶にも構わず、スリットの奥へと指を忍ばせる。そして、ある物に手が触れ、妖艶な笑みで私を見下した。


 「やっぱり、エッチだね。エリ」


 チカは、手に触れたソレを引っ張っり、結ばれていたなにかをスルリと解いた。私は、チカの言葉に小さく頷き、羞恥と興奮で狂いそうになりながらも懇願した。


 「私をあげるから、いっぱいイタズラ、して?」


 私の甘い鳴き声を聞いたチカは、再び、私の唇を塞いだ。



end

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