第6話
「こんな時間にどうした!?」
乱暴にドアを開けた私に驚くのは、先程まで一緒にいた――高城くん。
能力石のことで相談するなら、思い浮かんだ顔が高城くんだけだった。高城くんのおじいさんには会ったことないしね。
「どうしよう‥‥‥レンが‥‥‥能力石が‥‥‥」
私は息を整えながら状況を説明する。
「それはまずいな」
高城くんは静かに唸るように言った。
「能力石を使うための決まり、肆、伍を覚えているか?」
私はノートに書いたものを思い出す。
「当主に認められなかったら、手にしちゃいけないってことと、能力石を大切に扱うこと、だったよね」
「ああ、そうだ。俺は大江さんが能力石を持つことを認めたわけじゃないし、能力石からしたら、能力石の存在を忘れてしまったこと自体が、大切に扱うということに反するかもしれない。大江さんも、小夏も危ないってことなんだ」
危ない‥‥‥ってことは、私もみっちゃんも、死んじゃうってことじゃ‥‥‥!?
「大変だ‥‥‥!どうしよう、高城くん!」
高城くんは考え込むような顔をして、奥に引っ込んでしまった。
「た、かじょうくん――」
「れーんとお!」
私の小さな呼びかけを遮る大きな声が、高城くんの名を呼ぶ。
声のした方、能力屋の扉の前にいたのは、小さな顔に大きな瞳、背は低めで体つきは驚くほど華奢な女の子だった。ピンク色の小花柄のワンピースを身をまとい、色素の薄い茶色の長い髪を、後ろでみつあみにしている。おしゃれに興味がない、人間関係に疎い私でもわかる。この子は、かなりのおしゃれ上級者でクラスカースト上位。逆らってはいけない人物だ、と。
「れーんと、いるんでしょ?」
私のことが目に入っていないかのように女の子はずかずかと店の中に入り、高城くんの引っ込んだ奥を覗こうとする。
ず、図々し〜〜〜〜〜い!!
「小夏、とりあえずあっちに行く準備を――」
「あっ!いたあ!」
「うお!」
店に戻ってきた高城くんは、急に大声を上げた女の子に驚いてのけぞる。
「びっくりした。お前か。なんのようだよ」
「なんのようってひどいー!カノジョなんだから、それくらいいいじゃーん」
「なにが彼女だよ」
この子、‥‥‥高城くんの彼女だったの!?そう言われれば確かに、二人並ぶ姿は、お似合いだ。少し女の子が幼い感じはするのだが。
「小夏、俺の幼なじみの
金時学園とは、ここから電車で数分のところにある小中高の一貫校で、後の日本を担うご子息・ご息女が多く通う学校だ。
私は新浜さんに少し頭を下げた。けれど新浜さんは、ふーんと私をジロジロ、上から下まで観察するように見る。
「クラスメイトの割に、仲がいいんだね」
声が、あからさまに冷たい。
「まあ、秘密の仲間、みたいな?」
ちょっと高城くん!なに彼女に不安にさせるようなこと言うのよ!
「わ、たし‥‥‥帰るね!遅い時間にごめん!」
「あ、いいよ!あたしが帰るし!」
いたたまれなくなって店を出ようとする私に新浜さんはそう言うが、持っていた荷物を近くの棚の上に置いて、帰ろうとしていないことは誰の目にも明らかだった。‥‥‥が。
「本当だよ、小夏。いきなり来た日和が悪いし。小夏とは話すことあるし。ちょっと待ってて、すぐ終わらせるから」
いました、空気の読めないKYが‥‥‥。
私はそこまで言われると帰れなくなってしまい、待つことにする。新浜さんの顔が、みるみる悔しそうな顔になっていく。私にむかって恨むような視線を向けたが、気が付かないようにをそっぽを向いた。
「じゃあね、蓮斗。明日も来るから」
「はいはい、じゃあな」
程なくして新浜さんは帰っていく。一瞬、すっごい殺気の込められた視線を向けられたのは‥‥‥気のせいだろう。
「小夏。さっきの話の続きだ。とりあえず早く、能力石を取り戻さなければ。明日、少しこむかもだけど新幹線で早急に新潟に向かい、大江さんの家に行って取り戻す。それでいいか?」
「うん。うちは基本、親はいないから、お姉ちゃんと弟を説得できれば大丈夫だと思う」
ただ、納得してくれるかどうか‥‥‥。
「悪いな、急に決めて」
「ううん、これは私が悪いんだし、仕方ないよ」
送ると言う高城くんを断り、絶対に説得してみせると心に決めて、能力屋をあとにした。
「――雪月」
能力屋を出て、大きな通りに出たところで、聞き慣れた声で呼びかけられた。顔を見なくてもわかる。この人は――。
「夢月」
通行人の邪魔にならないよう、店の軒先に佇んでいたのはやはり、夢月だった。
急に家を飛び出した私を心配してついてきたのか、あるいはお姉ちゃんに頼まれたかのどちらかだろう。
迎えに来てくれた夢月の隣に並び、どちらからともなく歩き出す。
傍から見たら私達、どう見えるのだろうかとふと思う。
私がお姉ちゃんで、夢月が弟?いや、身長からいったら、夢月がお兄ちゃんで、私が妹?‥‥‥それとも、案外カップルに見えたりするのかな?
ふふっと少し、笑みが漏れてしまう。
「ねえ、夢月」
明日のことを話すならまず、お姉ちゃんよりも夢月だろうと思い(賛成してくれそうだから)、話すことにする。
「明日私、新潟に行くね」
なるべく私の目的がばれないように、軽く言う。
「誰と?」
うっと言葉に詰まってしまった。夢月はあまり、高城くん、というか、私の周りにいる男子のことをよく思っていないようだった。
「た、‥‥‥かじょうくん」
横目で見ると、夢月の片眉が上がったのが見えた。お、怒ってる‥‥‥っ!?
「俺は反対だ」
それだけはっきりと告げると、夢月は私を置いて少し先を歩き出した。
「なんで‥‥‥!?なんで夢月に反対されなきゃいけないの‥‥‥!?」
イラッとしてしまい、私は少し声を荒げる。
「心配だからに決まってるだろ。前も言ったじゃないか。あんま男って生き物を信用すんなって。高城だって俺と同じ、男なんだ。何をするかわかんないだろ」
「何をするか‥‥‥って?」
「未遂で終わった、前浜と同じことだよ」
夢月は振り返ることもせず、淡々と告げる。こと、とはあの雨の日の、キ、キス‥‥‥、未遂のことだろう。
私は夢月の襟首をつかんで引き戻し、振り返らせる。
「そんなこと、高城くんはしないよ」
夢月の目を見据え、そう、はっきりと告げた。
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