サーカス 三


 

 ヒナのそのちょっと暗い、拗ねた心がいつかあまり質の良くない仲間をつくった。半グレの啓太と言う青年とヒナは付き合うようになり、色々と世の中の悪い事を覚え始めたのだ。

 

 啓太は痩せぎすだが野生味のある、不敵な面構えをした親のいない青年でヒナと妙に心の通じるところがあった。金髪で風体も悪かったがその瞳に深い孤独を宿していた。

 ある夜、サーカスの近くの公園で二人はこんな会話を交わしていた。


「なあ、ヒナ。お前の妹はすげえナイフ投げの名手らしいな。このまえ駅でサーカスのポスターを見たぜ」


「あらそう、あんなの子供の時からやっているのだもの。誰にだって出来る」


「ふーん。まあサーカスを観に行きてえから、ただで入れろよ。俺は今まで一度もサーカスを観たことがねえ」


「チケット買ってよ」


「ちぇっ!」


「そんな事より、あんたの知恵をかしてほしいんだ。あたしはスター気取りの妹がこの頃憎たらしいの。だから何とかナイフ投げの邪魔をしたいのよ」


「そうかおまえ、妹と仲が悪いみたいだからな」


「妹も、母さんも、それに父さんだってあたしは嫌いだ」

 

 その時のヒナの目にはなにか暗い、空恐ろしい炎が映っていた。


「そうだな、それじゃよ」

 

 そう言うと啓太はしばらく夜空の果てを眺めていたが、急に振り向くようにして狡猾な表情でヒナを睨んだ。


「いい手を考えたが、そのかわりサーカスをただで観させろよ」


「いい手って、いったいどんなのよ」


「薬を使えばいいんだ。面白い事になるぞ。へっへ」


「薬? やばくないの?」


「大丈夫さ、俺の仲間に幻覚剤を持っている奴がいる、一種の睡眠薬だ。それは即効性らしい。この前その話をそいつとしていたばかりだ」


「で、どうすんのよ」


「お前の妹に演目の間際にそれを飲ませるんだ。きっとしくじるぜ。ははつ、ナイフ投げに仕掛けはないんだろ」


「ええ、あれは神経を集中しなきゃできない」


「ならいいや。全然見当違いにナイフが飛ぶか、標的になった人間にずぶりといくな。きっと。ははっ、妹はラリっちまうぜ、きっと」


「そう、そりゃいいわ。そうなればユリはおしまいね」

 

 その時の二人はまるで悪魔に憑かれたようだった、次々と悪知恵が働き、ねじれた心を満足させるように周到な打ち合わせをして、不気味にほくそ笑むのだった。

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