第119話 後悔
奏介の背中を押すように『海外に行け』と言って以降、毎日自分の発言に後悔ばかりをしていた。
なんで行けって言っちゃったんだろ…
カッコつけてたのかな?
奏介のためを思っていったのかな?
自分が何をしたいのかわかんなくなってきた…
外から聞こえてくる虫の音が、やかましいセミの鳴き声から、落ち着きのあるコオロギの鳴き声に変わり、普通に歩けるようになっても、答えは見つからないままでいた。
そんなある日の朝。
部屋でボーっと考えていると、ドアがノックされ、奏介が部屋に入ってきた。
「暇?」
奏介はドアを開けるなり、少し寂しそうな表情で切り出してくる。
「うん…」
「朝日、見に行こうぜ」
そう言いながら手を差し出され、奏介の手を握って立ち上がる。
お互い黙ったまま、ゆっくりと肩を並べて土手に向かい、朝日が見える場所に座り込んだ。
黙って朝日を眺めていると、奏介が小さくため息をついた後に切り出してきた。
「行ってくるよ。 海外。 千歳の言う通り、行かなかったら後悔しそうだもんな。 経験積んで、強くなって帰ってくる」
「…どれくらい行くの?」
「2年。 2年経ったら帰ってきて、試合に出まくって、A級ライセンス取るよ。 世界チャンプになるには、絶対必要だからさ。 英雄さんは『正月くらい帰ってくればいいだろ?』って言ってたんだけど、戻ってきたら、行きたくなくなりそうだから、ずっと行きっぱなしのほうが良いかなって思ってるんだよね」
具体的な話を聞いた途端、急に寂しさが膨れ上がり、なにも言えなくなってしまった。
奏介は私の肩を抱き「…卒業式の後、すぐに出るんだけど、見送り来ないで欲しいんだ」と、小声で告げてきた。
「…なんで?」
「泣いたらダセェじゃん。 しばらく会えないんだし、最後くらいカッコつけさせろよ」
「泣いてもかっこいいよ。 小さい時からの夢を叶えるために行くんでしょ? 普通の人にはできないし、これ以上にないくらいかっこいいよ」
奏介の顔を見ながら、素直な気持ちをハッキリと言い切ると、奏介は私の頬に手を当て「うち行かない? アパートの方… 千歳が欲しい…」と、囁くように告げてきた。
黙ったまま頷き、差し出された手を握りながら立ち上がった後、奏介と手をつないでゆっくりと歩き始める。
ずっとこのままが良い。
すっと、この手を離したくない。
自分が背中を押したんだから、引き留めるようなことを言っちゃだめだ。
せっかく決心したのに、それを鈍らせるような言葉は、口に出しちゃいけないのもわかってる。
でも、この手を離したくない…
そう思えば思うほど、自然と手に力が入り、奏介も強く手を握り返してくる。
ゆっくりと歩いて奏介のアパートに行き、部屋に入ると、奏介はポケットからシルバーの指輪を出してきた。
「英雄さんからもらったファイトマネーで買ったんだ。 超安物だけど、もっと稼げるようになったら、ちゃんとした指輪、買いに行こう」
奏介はそう言いながら、私の左手の薬指に指輪をはめようとしたんだけど、サイズが小さすぎて入らない。
「これってピンキーリングじゃない? 小指用のやつ」
「え? マジ? だから安かったのかな?」
奏介は苦笑いを浮かべながら小指につけたんだけど、小指だとブカブカ。
思わず「ダサ」と言ってしまうと、奏介は「うるせーよ」と、不貞腐れたように唇を尖らせた。
「ネックレス買って、それに着けるよ。 奏介はなんか欲しいのある?」
「ミサンガが良いな。 千歳が作ったやつ。 あれなら試合にも着けて出られるし、靴下の下に隠せるからさ」
「わかった。 頑張る」
そう言いながら笑いかけ、後悔を吹き飛ばすように、唇を重ねあっていた。
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