第95話 優勝

谷垣さんに忠告すると、谷垣さんは「いや、星野、お前もうボクシング部に来るな」と言い切り、みんなと一緒に会場を後に。


会場を後にすると、薫君が駆け寄り「千歳ちゃん、ごめんね。 本当にありがとう」と謝罪と感謝の言葉を並べていた。


「たまたま見つけただけだよ」とだけ言い、駅に向かおうとすると、奏介は私にぴったりと寄り添い、安心したように小声で告げてきた。


「よく気づいたな。 カバンってベンチの下にあったんだろ?」


「…たまたまだよ。 みんなが興奮して前のめりになったとき、それに便乗して、タオル取ろうとしてたの見つけた。 真後ろで見てたから、見つけやすかったんだよ」


はっきりとそう言い切ると、部長が「俺も今日で引退だし、次の部長は奏介だな!」と言い、奏介の肩を叩いていた。


そのままみんなと駅に向かい、電車を乗り継いで自宅を向かう。


自宅に向かって歩いている間は、右膝の違和感がなく『なんなんだろう?』と不思議に思っていた。



奏介はまっすぐにジムに行き、私は自室に向かっていた。


右膝を気にしながら軽く曲げ伸ばししていたんだけど、やっぱり痛みはない。


『疲れなのかな?』


そう思いながら曲げ伸ばししていると、ドアがノックされ、奏介が中に入ってくる。


奏介は隣に座るなり、私に口づけてきた。


唇をゆっくり離した後、奏介は嬉しそうに「やっと並んだ」と切り出してきた。


「並んだ?」


「俺と千歳が表彰された回数。 2回ずつでやっと並んだ」


「私、夏の大会で優勝したから3つだよ?」


「え? それ聞いてねぇぞ?」


「あれ? 父さんから聞かなかった?」


「全然。 大会の日は午前中がトレーニングだったし、翌日は光君が午後からだったし… 妙に機嫌良いなぁとは思ったけど… マジで優勝?」


「聞いてるかと思った」


奏介は私の言葉を聞くなり不貞腐れ「んだよ…」とブツブツ言い始めていたんだけど、急にドアが開き、ヨシ兄が「奏介、お前勝ったんだって?」と切り出した。


「はい。 凌撃破成功っす」


「マジ? んじゃ俺ともやろうぜ」


「え? なんで?」


「暇だから。 付き合えよ」


「んじゃ晩飯賭けません? 俺が負けたらラーメン奢りますよ」


「んじゃ俺が勝ったら焼肉な」


「それ一緒じゃないっすか!」


「プロテスト受かったからお祝いしろよ。 就職も決まったし」


「え? マジで?」


「マジ。 ガンガン試合して、ファイトマネーで暮らしていくわ」


「絶対阻止しよ」


二人はまるで兄弟のように笑いながら部屋を後にしようとしていた。


「あ! 奏介! ちょい待って!」


慌てて奏介を呼び止めた後、カバンから袋を出し差し出す。


「優勝祝い」


奏介は袋を受け取った後、中を覗き込み、ヨシ兄に「ヨシさん、今日、千歳連れて帰っていいっすか? 優勝祝いで」と聞いていた。


「実の兄貴に何聞いてんの?」


「マジで! 明日の夜に帰すから!!」


「親父に殺されてもいいならいいんじゃん? 俺は知らね」


二人は笑いながら部屋を後に。


『本当の兄弟は誰?』


そんな風に思いながら、隣の部屋から聞こえる笑い声に、思わず笑いが込み上げていた。


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