第85話 希望
「今日、ボクシング部が練習試合みたいですよ」
千夏ちゃんの言葉に「そうなんだ」とだけ言い、他校の生徒たちを眺めていた。
すると、他校の生徒の中に、公式戦で対戦した梨花ちゃんの姿を見つけ、慌てて駆け寄った。
「梨花ちゃん!」
大声で名前を呼びながら駆け寄ると、梨花ちゃんは「千歳さん!!」と言いながら足を止める。
「あれ? 千歳さん陸上部なんですか?」
「うん。 11月の大会、楽しみにしてるね」
「えー… 千歳さんとスパーしたかったなぁ…」
「公式戦の時に試合できるじゃん」
「そうじゃなくて! 一緒に練習したかったんです」
梨花ちゃんはそう言いながら少し俯き、顔を赤らめている。
ゾクゾクっと寒気がすると同時に、早苗に大声で呼ばれてしまい「またね」とだけ言った後、すぐに駆け出した。
しばらくグランドを走っていると、体育棟の方から大きな歓声が聞こえてきたんだけど、気になる気持ちをグッとこらえながら、走り続けていた。
陸上部の部活を終え、更衣室に向かう途中で、チラッとボクシング場の方を見ると、ニュートラルコーナーに立つ奏介と、バチっと目が合ってしまった。
すぐに目をそらし、更衣室に向かっている途中、梨花ちゃんの『スパーしたかった』と言う言葉が頭を過る。
『今は陸上部!』
そう思いながらも、デオドラントシートで汗を拭った後、予備のタンクトップとハーフパンツに着替え、早苗に「テーピングある?」と聞いてみた。
千夏ちゃんがすぐにテーピングを出してくれたんだけど、それを足首に巻き、ボクシング部の部室へ。
バンテージを持った後、ボクシング場へ行くと、ボクシング場はシーンと静まり返り、全員の視線が私のほうへ。
レフェリーを務める谷垣さんまでもが私に目を向け、目の前で倒れる他校生にも気が付いていない。
「谷垣さん、カウント」とだけ言うと、谷垣さんは慌ててカウントを数え始めていた。
そのまま梨花ちゃんの元に行くと、梨花ちゃんは不安そうに「いいんですか?」と聞いてくる。
「いいよ。 その代わり、1ラウンド2分のガチ勝負」
梨花ちゃんはそれを聞くなり、目を輝かせ「着替えてきます!!」と言い、ボクシング場を後にしていた。
梨花ちゃんが座っていた場所に座り、バンテージを巻いていたんだけど、他校の生徒たちは不思議そうな顔をするばかり。
すると、一人の生徒が「もしかして、中田千歳さんっすか?」と聞いてきた。
「そうっすよ」とだけ言い、グローブを取りに行くと、谷垣さんが駆け寄り「いいのか?」と聞いてくる。
「向こうが希望してんだから、それに応えてあげなきゃ可哀そうじゃん」
「いや… だってお前部活後だろ?」
「今朝はロードワーク行かなかったし余裕」
それだけ言うと、薫君が近づき、「僕やるよ!」と言ってきたけど、黙ったままさっき名前を聞いてきた男子生徒のもとへ行き「嵌めてくんない?」と、グローブを差し出しながら切り出した。
その子にグローブを嵌めてもらい、梨花ちゃんが準備をする中、ボクシング場の片隅でシャドーボクシングを始める。
不思議と、ボクシング部のみんながいることや、奏介が見ていることも、京香がいることも気にならないまま、シャドーボクシングを続けていた。
梨花ちゃんが戻ると同時にリングに近づくと、奏介は何か言いたげな感じで近づいてきた。
黙ったまま右手で奏介を押し返し、リングに上がると、梨花ちゃんは目を輝かせながら「ふぉへふぁふぃふぃふぁふ!」と切り出してきた。
『マウスピースで何言ってるかわからん… お願いしますかな?』
そう思いながら谷垣さんの合図を聞き、リング中央へ向かっていた。
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