第64話 試合

新入部員が入り、数週間経った、初のキックボクシング公式戦前夜。


鞄を広げ、必要なものを準備していると、家のインターホンが鳴り、母さんが対応する声が聞こえてくる。


何も気にすることなく、チラシを見ながら準備をしていると、部屋のドアがノックされた後に開き、奏介が中に入ってきた。


「よお。 調子どうだ?」


そう言いながら隣に座り、チラシを見てくる。


「まずまず。 やれることはやるよ」


そう言いながら、準備したものをカバンに詰めていると、奏介は私の頭をグシャグシャっと撫で「全力で突っ切れ」と言い、立ち上がった。


「帰るの?」


「ああ。 明日、ジムのみんなと見に行くよ。 谷垣さんと坂本さんも行くって。 『千歳が負けたら先生って呼ばせる』ってよ」


「今更?」


「ホントだよな。 悔いのないように突っ走ってこい」


そう言いながら笑いかける奏介の表情は、キラキラと光り輝いて見えた。



翌朝。


吉野さんと高山さんと共に、父さんの車に揺られ、会場に行き、トーナメント表を見ると、順当に勝ち続ければ、広瀬ジムにいる田中忍には準決勝で当たることを確認。


『2分1ラウンドか… スタートダッシュでも問題ないな』


係員が説明する、ルールを確認した後、すぐに着替えに行き、父さんのいる場所に向かおうとすると、父さんと吉野さんは他のジムの人たちと、楽しそうに話をしている最中。


高山さんのもとへ行く途中、会場の中に、奏介と部員たち、ジムのみんなの姿を見つけていた。


『ちょっとやりにくいなぁ…』と思いながら会場を見回すと、離れた場所には春香の姿。


『広瀬関係者で潜り込んだか』


そう思いながら高山さんの隣に座ると、父さんたちが戻ってきた。



その後、第1試合を見ていたんだけど、かなりレベルが高い。


特に、青コーナーにいる東条ジムの『綾瀬梨花ちゃん』は、ボクシング経験が長いのか、フットワークがかなり良い。


父さんに小声でそのことを言うと、父さんは「あの子は決勝まで行く」と、呟くように言っていた。


第1試合の途中で準備をし、第2試合が始まると同時に裏へ行き、軽く体を動かす。


第3試合の合図でリングに上がり、試合が開始したんだけど、相手は距離をとるばかりで攻め込んでこない。


『仕掛けるか…』


一歩踏み込むと同時に、相手は蹴りを警戒するように、顔の横でガードをしていたんだけど、すぐさまレバーを狙って右ボディを叩きこむ。


相手が力なく倒れると同時に、すぐさまコーナーに寄りかかっていたんだけど、そのまま試合が終わってしまった。


『あれ? 1発しか打ってないけど…』


あっけなく終わってしまった試合に、ポカーンとしていたんだけど、リングを降りてすぐ、父さんは腕を組みながら、「あれは俺でも立てん」と、なぜか偉そうに言っていた。


次の試合は何発か食らいつつも、カウンターで放った左ストレートが決まりKO勝ち。


キックボクシングの試合なのに、足を使わないまま進んだ準決勝直前。


『全力で突っ走る!』


そう思いながらリングに上がったんだけど、田中はリングに上がろうとしない。


レフェリーが急かしていたんだけど、田中はなかなかリングに上がろうとせず、コーナーで田中の事を待ち続けていた。

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