第63話 新入部員

自分が弱くなっていると思った日以降、部活の時は選手として動くように。


みんながロードワークに行っている間は、ボクシング場の片隅で縄跳びをし、時々、サンドバックを殴ったり蹴ったりと、とにかく体を動かしていた。


『試合前に前に弱くなるとか、絶対にあっちゃいけない事だ!』


そう思いながら動き続け、週に1度、カズ兄にお願いし、試合形式の真剣勝負を繰り返していた。



それと同時に、部活のある日は自分のグローブとランニングシューズを持っていくようになり、帰りはジャージのまま走って帰宅。



とある日の朝、制服をカバンに詰め、ジャージのまま学校に行くと、門の前に立っていた先生に呼び止められ「制服で来い」と注意されてしまい、行きだけは制服を着ていた。


荷物は多くなるけど、不甲斐ない試合をするよりはマシ。


そう思いながら、毎日のように大きな荷物をもって通学し続けていた。



昼休みになると同時にボクシング場へ行き、縄跳びをしていたんだけど、奏介は話しかけることなく、ベンチに座ってずっと私のことを眺めていた。



春休みになっても、週4日のトレーニングは変わらず。


トレーニングがない日は、バイトに行ったり、部屋でストレッチをするに留めていたんだけど、それ以外の日は、ジムやボクシング場で動き回る。


吉野さんはそれを見て「優勝間違いなし!」と言いながら、頭をグシャグシャッと撫でてきた。



新学期が始まり、教室が変わると同時に、早苗と薫くんが同じクラスになったんだけど、奏介は違うクラス。


少し残念に思っていたんだけど、毎日、早苗の「陸上部、新入部員に良いのがいない」と嘆く声を聞いていた。



放課後、ボクシング場に行くと、数名の男子生徒の中に、一人の女の子が立っていた。


薫君から、新しいマネージャーの『星野京香ちゃん』を紹介されたんだけど、京香ちゃんは『なんでボクシング部に来たの?』と聞きたくなるような態度だし、マネージャーの仕事をしようともしない。


『奏介、注意するかな?』とも思ったんだけど、奏介は完全に見て見ぬふりだし、部長は新入部員の対応ばかりで、そこまで手が回らない感じ。


一人忙しなく動く薫君に「手伝うよ」と言ったんだけど、「試合前なんだからトレーニングして!」と言われてしまい、マネージャーの事はすべて薫君に任せていた。



新入部員の中には、広瀬から中田ジムに移動してきた陸人くんと学くんの姿があったんだけど、二人は私の姿を見るなり駆け寄り「お世話になります!」と言いながらお辞儀をしてくる。


「お世話なんかしないよ」と言いながら縄跳びを手にし、片隅で縄跳びを飛び続けるばかり。


何も知らない他の部員からしたら、『マネージャーじゃないの?』って感じなんだろうけど、そんな事は気にせず、黙々と飛び続けていた。



新入部員が入ったせいか、部長も気合が入りまくり。


時々、部長は奏介のミット打ちを受けていたんだけど、奏介は物足りないという感じで私を呼び、奏介のパンチをミットで受けていた。


ミット打ちを終えた後、奏介は笑顔で私に近づき、小声で「やっぱ最高」と言いながら、頭をポンっと叩いてくる。


「遺伝でしょ」とだけ言うと、奏介はクスッと笑いかけるだけだった。

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