第51話 イブ
やっとの思いで閉店時間を迎え、ホッと一息ついていると、沙織さんが最近入ったもう一人のバイトの女の子である、香澄ちゃんを紹介してくれたんだけど、香澄ちゃんは私が自己紹介をする前に、声を上げていた。
「知ってます! 中田千歳さんですよね!! 陸上の夏季大会と、文化祭の招待試合、見に行ったんです!! すごい蹴りでした!!」
改めてそう言われてしまうと、少し照れ臭くなってしまい「そうっすか…」としか言えなかった。
それを聞いていた俊君が「蹴り? 陸上で蹴り入れたの?」と笑いながら聞き、カズ兄が「こいつ、俺と一緒で元キックボクサーなんだよ。 今、うちのジムではボクサーばっかり抱えてるから、ボクシング1択だけどね。 この前会った1階で事務をしてる人が、キックのトレーナーなんだ」と笑いながら答えていた。
少し話した後、カズ兄とホールケーキを持って帰宅すると、リビングでは父さんと一緒に、奏介と凌君、部長までもが食事をとっていた。
『クリぼっち軍団…』
そう思いながらカズ兄の隣に座ると、父さんが「ほれ、クリスマスプレゼント」と言いながら、チラシを手渡してきた。
そこには、キックボクシングの春季大会案内が記載されていたんだけど、父さんは「高山が言ってたんだけど、広瀬の田中が出るらしいぞ」と、何かを訴える目で見てくる。
「階級は?」
「前回は出たときはピン。 お前と同じだ」
「申し込みしておいて。 あと、年明けからキックのトレーニング再開するから、吉野さんにも伝えてくれると嬉しい」
私の言葉を聞くなり、父さんはパァと目を輝かせていた。
食事を終えた後、ケーキを食べながら話をしていたんだけど、体を動かしたくて仕方ない。
少しだけ休憩した後、動きたい衝動を抑えきれず、スポーツドリンクとトレーニンググッズをもってジムに駆け込んだ。
シューズを履いていると、凌君と部長、奏介の3人がジムに現れ、ベンチに座るなり、凌君が切り出してきた。
「ガチでやんの?」
「当たり前じゃん。 本気のマジガチ。 絶対勝つ」
部長の「おっかねぇ… 」という呟きに耳も傾けず、縄跳びを始めていた。
無我夢中で飛び続け、タイマーの合図で立ち止まると、奏介は立ち上がり、縄跳びを手に持つ。
何も気にしないままタイマーをセットし、縄跳びを再開させると、奏介もすぐ横で飛び始めていた。
すると、部長も真似して縄跳びをはじめ、凌君は「よくやるわぁ」と呆れた声を上げている。
何も気にせず、縄跳びを飛び終え、シューズを脱いでサポーターをつけると、奏介が「ミット持つか?」と聞いてきた。
「お願い」とだけ言った後、グローブをつけてリングに立ち、奏介の構えるミットにミドルキックを叩き込んだんだけど、奏介は蹴りをミットで受けるたびに「っうぉぉぉ」とか「ったぁぁぁぁ」とか声を出し、うるさくて仕方ない。
「黙って受けろ!」
「すげーんだって!! マジで!! 陸上やり始めてから、確実に威力上がっただろ?」
「いいから黙って受けろ!!」
奏介のやかましい声を聞きながら、ミットに蹴りを入れ続けると同時に、『こんなイブも悪くないかもな』と、密かに楽しさを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます