第12話 遺跡と爆発現場の見学ツアーガイド
※ユーリ視点
その日の午後。
俺は姫様や護衛の騎士たちを引き連れて遺跡と爆発現場の見学ツアーガイドとやらを務めることになった。
遡行の少年――何で俺が産卵期の川魚みたいな名で呼ばれるのかはともかく――と創世王の言葉、そして姫様の身の安全だけを考える騎士たちが、爆発現場という物騒な場所に姫様を連れていくことに反対することは分かっていた。
だからいまいち表情の晴れない姫様の機嫌を直すための材料として『騎士団たちに内緒で現場に案内しよう』という俺の思惑とは裏腹に、ラスボスは騎士団に声をかけた。
その結果大人数で見るべきもののない場所をめぐることになったのだ。
しかも午後はぐうたらするのが常だったラスボスも同行する気らしい。
その上、ツアーガイドはこれを持つべきじゃ、とラスボスが言うのでペナントなる三角形の小さな旗を持たされた。
ぱたぱたと振ると参加者が集まってくる。すげえなこの旗、と考える俺の横ではラスボスが俺と姫様に睨みを利かせていた。
「私の目が黒いうちはそう易々とデートなどさせんのじゃ!」
よく分からない単語を交えてラスボスが何かを叫んだ。
「はあ……」
突然知らない単語を使われることに慣れたのだろう姫様はあいまいに相槌を打っている。
「逢引きのことじゃ」
「あいびき……!」
ラスボスの言う事を不可解に思うだけの俺の横では姫様が顔を赤く染めながら戸惑っていて、それに気づいたラスボスが更にいきり立つので放っておいて出発することにした。
◆
最初に向かったのは村の入口の逆側にある通用口から伸びる小道を十分ほど歩いて行った先にある遺跡だった。
直径百メートルほどの円形の建造物だ。
本来は球形の屋根が存在するらしいのだけれど、そこには大穴が空いていて、結果建造物の中は野ざらしになっている。
階段状に席が並んでいて、空間の中央付近には透明な窓が幾つも空いた二メートル程度の球体が柵に囲まれた台座の上に設置されていた。
「これは……古代の劇場、でしょうか」
「惜しいの。プラネタリウムの跡じゃ」
そう言ってラスボスは歩み出て、台座の上の球体を指さした。
「この遺跡が普通じゃない点は建物そのものではなくての……そうじゃな、騎士の誰でもよい、あの球体に向けて全力で魔法を撃ってみるのじゃ。足元や壁でも良い」
「「「なっ!?」」」
ラスボスと俺を除いた全員が絶句していた。まあ、先史時代の貴重な文化財を破壊するなんて真似、立場のある人間には普通出来ない。
「……なんじゃ、誰もやらんのか。じゃあ私がやるかの……
残念そうにため息をつくと、ラスボスは幾つもの光の矢を宙に生み出し、球体に向けて放った。
あわててラスボスを止めようとする姫様の動きを俺は逆に制した。
「大丈夫だ。見てれば分かる」
首をかしげる姫様の目の前で、その一本一本が地形を変える威力を持つ無数の矢が球体に殺到する。
その全てはまるで見えない幕の奥へと突き抜けていくかのように音もなく消えていった。
謎の球体は傷一つない姿で目の前に今も存在している。姫様も騎士たちも状況をうまく理解できていないようだった。
「この遺跡は
「……とまあ、絶対壊せない謎の物体があるだけの場所なんだよ、ここは。気になるなら調べてみればいい。俺たちは外で待ってるから」
俺が言うと姫様は騎士たちを連れてしばらく周囲を調査していた。
やがて戻ってきた姫様とクラッドという騎士は面倒臭そうにため息をつき、他の騎士たちはひどく落胆していた。騎士の誰かの力ない呟きが俺の耳に入った。
「……創世王の言葉などなかった、では一体どこに……」
◆
※エリス視点
爆発現場にやって来ました。
ラスボスさんはユーリさんに甘えています。
『大魔法を使って疲れた』そうなのですが、白い矢をポンポン飛ばすだけの魔法の威力が分からない私には、おんぶしてもらう口実にしか見えません。
ユーリさんは背中にラスボスさんを背負い、身体を押し付けるように抱きしめられる度に、
「……おいやめろ、苦しいだろうが」
「知らんの。ほれ、幸せのおすそわけじゃ」
「やめ……首絞ま……だろ……」
「これが幸せチョークじゃ。泣いて喜んでもいいのじゃぞ?」
といった調子で両腕を使って頸動脈を締め上げられ、ラスボスさんの腕をぱたぱたと叩いていました。
そしてラスボスさんは事あるごとに、まるで見せつけるかのようにちらちらとこちらを見てきます。
遺跡へ出発する際、コイバナめいた話の槍玉に挙げられた私は思わず赤面してしまい、それがラスボスさんを刺激してしまったようなのです。
この反応が恋愛感情の延長線上の話なのだと察してはいますが、私より遥かに美人なラスボスさんがどうして私を敵対視するのか腑に落ちません。
大体私はそんなことを気にしている余裕がないのです。
目の前に、大爆発の、痕跡があるのです。生命の気配がまるでない、見応えのある光景に私はうっとりと感嘆の吐息を漏らします。
「……これは……想像以上に、素敵です……!」
私の横ではユーリさんが信じられないものを見るような視線をこちらに投げかけていました。
きっと他の人も同じなのでしょう。今更のことですからいちいち確かめたりはしません。
「……すげえな。ドラゴンのブレスでもこんな風にゃなんねえぞ……」
クラッドさんは息を呑んで目の前の景色を眺めています。肝が据わっています。
「クラッドさんはドラゴンと戦ったことがあるのですか?」
「まあな。俺の飯の種だった」
泣く子も黙る生態系の頂点、ドラゴンを飯の種呼ばわりするクラッドさんは竜王か何かなのでしょうか。
そんな事を考える私の前方では、グレゴールさんが難しい顔で周囲を観察していました。
「やたら石ころが多いな。爆発の後で上から降って来たのかも知れん……それに、爆発の規模の割に周囲への被害が少なすぎる」
そしてクラッドさんとは別の視点から状況の異常さを指摘します。
私は道すがらユーリさんから聞いていた爆発の状況を踏まえてしばらく考え込みました。
「……水を土魔法で押し固めるように包んだ。その中で火魔法が発動した結果、すごい爆発が起きた。けれどトルネードボアの竜巻が壁になって周囲に被害は及ばなかった……爆発で生じた砂礫は竜巻に巻き上げられた後、上空から降り注いだ……でも、そもそも何で爆発したんでしょう?」
私なりの考えを口にしては見たものの、水を火にかけてもお湯になるだけでは? とも思えます。
「石ころが穴の中に集中しとる理由は姫様の見立てで正解じゃろう。竜巻がなければ村の建物も全部穴だらけじゃったかも知れんの。で、爆発の理由は……見たほうが早いじゃろうな」
ラスボスさんはユーリさんの背中から降りると、そのままふわりと浮かび上がり森の中へと飛んでいきました。
その姿を見送る、ユーリさん以外の全員が目を疑っていました。私はほっぺたをつねりました。痛いです。
「ユーリさん……ラスボスさん、飛んでましたよね……」
「飛行魔術とか言ってたっけなぁ……おんぶする必要ないんだよな俺」
手にした小さい旗をつまらなさそうに翻しながら、ユーリさんが応えました。
「……まじゅつ……?」
気になる単語を耳にしたのと前後して、何事もなかったかのようにラスボスさんはこちらに戻ってきました。何か拾って来たようです。
「これは……鳥の卵ですか?」
ラスボスさんの掌の上には直径三センチほどの小さな鳥の卵が載っています。
「そうじゃ。での、これの殻を岩に、そして中身を水に見立ててるのじゃ。『水が硬い殻に覆われている』という構造が重要でのう、この内側を火魔法で熱すると……」
ラスボスさんは木の実を放り投げた後、ぱちんと指を鳴らします。次の瞬間、卵は強烈な破裂音と共に砕け散りました。
私は思わず耳をふさいでしゃがみ込んでしまいました。
『爆発メガネ』の名で恐れられる身ではあるのですが、不意打ちの爆発は何度経験しても慣れないのです。
「小さな卵一つでこれじゃ。人を溺死させるほどの大量の水と堅固な岩の殻、その内側を強力な火魔法で急激に熱せられると文字通り桁外れの規模の爆発が起こる、という訳じゃの」
卵の爆発と同じような構造が偶然猪たちの魔法によって出来上がった、その結果起きたのがこの大爆発ということでしょうか。
そうだとするのなら、この爆発を起こすのは魔法でなくても……。
「熱する方法は魔法でなくても良いのですか?」
「中の水が熱されるなら結果は同じじゃろう」
「水筒のようなものでも同じようになるのですか?」
「うむ、水筒が簡単に壊れなければなおよいじゃろう。殻が固ければ固いほど圧力差で平衡均……何というべきかの、まあエグいことになるのじゃ」
つまり、中身の入った水筒を投げつけ、それを何らかの仕組みで熱することが出来れば爆発を起こすことができるのです。魔法すら使わなくても。
一方で、魔法で卵や水筒と同じ構造物を作り出し、その内部を火魔法で熱すれば何もない場所に爆発を起こすこともできる……本当に?
魔法学者の血潮が熱く全身を駆け巡ります。試してみたくなりました。
私は空中に拳大ほどの水を出し、その周囲を土魔法の殻で固めました。それを少し離れた場所に置いて、初歩の火魔法で熱してみます。
それぞれの魔法は私にとって適性の低い属性魔法なので、どれも魔物相手では目くらまし程度にしかならないものでした。
だから先ほどの卵よりは大きい程度の音が鳴るのだろうと気楽に構えていたのですが、発生したのは爆発音と表現していい大音声でした。
私を庇うグレゴールさんの盾が砕けた石のかけらをはじく、甲高い金属音が立て続けに響きます。
「……大丈夫ですか、姫様」
「……はい、すごい音で驚きましたが……」
「ご無事で何よりです。できれば前もって声をかけて頂けると……」
グレゴールさんの要望に頭を下げつつ恐る恐る魔法を発動した場所を見ると、周囲の小石を吹き飛ばした程度ではありますが、爆発で作られた小さなくぼみがありました。
私はこみ上げる笑いを止めることができませんでした。
「……素晴らしいです!」
「違うだろ」
「痛いっ!」
後頭部を叩かれて私は頭を抱えます。
この村に来てから頭を叩かれることが増えました。私王女なのに。ちなみに全てユーリさんによるものです。
振り返ると石礫を浴びて顔面以外のあちこちに裂傷を作ったユーリさんが私を睨んでいました。しかも腕からはぽたぽたと血が滴っています。
致命傷こそないようでしたが、その姿に一瞬で血の気が引いてしまいました。
「……痛いのはこっちだ。死ぬかと思った」
「ご、ごめんなさい! すぐ治します」
慌ててユーリさんに治癒魔法を掛ける私は、初めて会った日と同じようにユーリさんの髪に白髪の束が混ざっていることに気づきました。
そう言えば、その時も『死ぬかと思った』と言われた気がします。
「……あの、本当にすみませんでした。どうやってお詫びすればいいか……」
「じゃあ上着だけ弁償してくれ。傷は治ったみたいだし」
今度こそ『落とし前』をつけさせられると思っていた私は拍子抜けしてユーリさんの顔を見つめました。
「……それだけですか?」
「それだけだな」
「私のせいで怪我しましたよね?」
「治してもらったからな、助かったよ。つっても二度とごめんだから少しは懲りてくれ」
「……はい」
ユーリさんは両手を握ったり開いたり、首を回したり身体を捻ったりしています。負傷の影響は残っていないようでした。
私はおそらく恐怖を感じていました。爆発の余波に巻き込まれて傷ついたはずなのに何事もなかったかのように振る舞うユーリさんの態度にです。
ただ、その態度に何故恐怖を抱いているのか分からない私はそれきり黙り込んでしまいました。一瞬だけ、『敬遠』という言葉が脳裏をよぎりました。
「……そろそろ戻るか」
そう言ってユーリさんは元来た道へと歩き出し、騎士団の方々もそれに続きます。
私も後に続こうとするのですが、皆さん道の途中で足を止めていました。
「どうしたのじゃユーリ? 何で立ち止まっておる……」
「……姫様と騎士団は先に戻ってくれ。ラスボスは村への道案内よろしく」
ユーリさんが固い声音で答えました。
「それは構わんのじゃがお主は……」
ユーリさんはずっと空の一点を見つめています。ここから一キロも離れていないところで狼煙が上がっていました。
「俺は仕事だ……魔王軍が来た」
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