第6話 姫様の切り札
「……私はエリス=アルジェント。この国の第二王女です。調査の為にこの地へやって参りましたが連れの者が無礼を働いたようです。申し訳ございませんでした」
「ということは、お主はお姫様というやつか。で、調査とは何じゃ?」
「そのことについてお話しする前に、どうか怪我の治療をさせて頂けないでしょうか」
私の言葉に、銀髪の女性は少年に『……あんまりじゃろこれは』と少年に囁き、少年は『……確かに』と小声で答えてから私に申し訳なさそうな視線を寄こしました。
「……悪い、明らかにやり過ぎた。手伝いが必要なら協力する」
「ご心配には及びません。致命傷ではないようですし、私も治癒魔法の心得がありますので時間はかかりませんから」
「分かった。何かあれば言ってくれ」
「ありがとうございます。では早速……」
私はそこで会話を打ち切り、倒れた騎士たちに治癒魔法をかけていきました。
大半の騎士は単純に気絶しているだけで、刺さった針を抜いて止血し、打撲や骨折した箇所、目立った外傷に治癒魔法を施してしまえばそれで治療は終わりです。
あとは意識が戻るのを待つだけでした。
一番けがの程度がひどかったのはクラッドさんで、熱湯の直撃を受けた際に顔面だけでなく目や口内、のどなどを酷くやけどしていました。
負傷した箇所を浄化魔法で清めた後、治癒魔法をかけると、痛みが薄れたのか糸に絡み取られながら辛そうに身じろぎしていた彼は動きを止め、そのまま意識を失いました。
「……大したもんだな」
私の治療行為を見ていた少年が感心したように呟きました。
「いえ……この程度の治癒魔法なら、使える人はいくらでもいますから……」
私の答えは謙遜ではなく、ただの事実でした。
この程度の魔法は適性があれば誰でも使える、私以上に使いこなせる人も数多いる、何の自慢にもならないありふれた力です。
「……これで我々の治療はおしまいです。次は……ユーリさん、でしたか、あなたの傷を治療させて頂けませんか?」
「俺の? これ位別に……」
「いえ。私たちが負わせてしまった傷ですから、ぜひ」
「……そこまで言うのなら。正直助かる」
「ありがとうございます。失礼しますね……」
少年はそう言うと最も傷が多い左腕を差し出しました。私は平静を装ってその腕に手を伸ばします。治癒魔法をかけるなら平静を装う必要はありませんでした。
私がこれから彼に掛けるのは、私の切り札となる、私の異名の由来となる魔法、
それは私がただ一つだけ持つ、私だけにしか扱えない力です。
仕組みとしては特定部位への治癒魔法と強化魔法の同時発動に過ぎませんが、その効果は私自身でも使用を躊躇したくなるほどには凶悪です。
一度発動すると対象部位を異常に活性化させ、同時に全身の体液や魔力をその部位に集中させます。
そして対象部位以外の急激な衰弱と、過剰に集中した水分と魔力によって風船が爆ぜるような対象部位の破壊を引き起こします。
一度発動してしまえば確実に生物の身体を爆破する、『爆発メガネ』という異名の由来となった魔法です。
唯一の弱点は、二種類の魔法を同時発動するという精密な魔力操作を要するということ。
それ故に爆発させる対象に直接触れるという制限があるのですが、初見であればただの強化魔法と治癒魔法の重ね掛けにしか見えないこの魔法を回避することはできません。
これが研究の末に私が編み出した、最後の切り札でした。
たった一つのチャンスをものにするために、目の前の化け物じみた少年にせめて一撃を見舞うためだけに、私は仲間を懸命に癒す姿を見せることで少年の警戒心を解きました。
そして献身的な姿勢を保ったまま自分の手を少年の腕にかざし、左右の掌に二種類の魔力を集めてゆっくりと触れる、その瞬間――
「……見た目と違っておっかねえんだな、お姫様」
――私の両手は少年のフライパンでそっと払われていました。
「え……?」
「生身の人間を爆破するとか正気かよ、死ぬかと思ったわマジで」
呆気に取られながら私が少年の顔を見ると、先ほどまで一房しかなかったはずの白髪の束が二つに増えていました。
自分の絶対の切り札があっけなく回避され、それだけでなくその効果まで見抜かれたことに私はひどく動揺していました。
「おお、こいつはファンキーじゃ! 感動した! お主、治癒と強化を同時に使ったな?」
しかも、銀髪の女性には発動もしていない魔法の種明かしまでされてしまいました。『ふぁんきー』というのが何なのか分かりませんが。
私は完全に失念していたのです。
少年がクラッドさんを真っ先に狙った時に見せたデタラメな勘の良さ、そして天才魔法学者シエンス=プレオメアルの師である人物がこの地にいるという可能性を。
私は失敗するべくして失敗したのでした。
たとえ両親の命とは言え、私を守ろうとした騎士団の皆のために何もできないで、私がたったひとつ持っていたはずの切り札さえも無駄に消費した。
私の中に残っているのは、自分の生きてきた意味を丸ごと失ってしまったような敗北感だけでした。
「さてお主。人の昼ご飯をダメにした上にユーリを殺そうとした訳じゃが……落とし前をつける覚悟はできておるんじゃろうな」
銀髪の女性が冷たい声で口にした『落とし前』という言葉が何を意味するのかは理解できていました。
やられたらやり返す、そこらのガキ大将でも知っている話です。
そしてその『落とし前』とは目の前の二人だけではなく、皆一様に望んでいたということを私は走馬灯のように思い出していました。
きっと父上も母上もおじい様も、王位継承者として争う立場にある私の
私の心境は思ったよりも複雑な感情で満たされていました。けれど今更一つずつ解きほぐしていく気にもなれませんでした。
……もう……いいかな、と力なく呟いた私はその場で膝から崩れ落ち、目を閉じ唇を噛みながら銀髪の女性に向けて頷きました。
「……ならば周りの奴らが目を覚ます前に落とし前を付けねばの」
「……はい……」
息が詰まるような沈黙が挟まりました。そして――
「……宴じゃ」
――今にも首をはねられるとばかり思っていた私は、耳にした言葉の意味を上手く解釈できませんでした。
「……え?」
「これから全力でお主らをもてなす。だから王様に告げ口するのは勘弁してほしいのじゃ」
「……ええ?」
「だから落とし前をつけさせてくれと言っておるのじゃ! 近衛をシバキ回した上に姫様まで泣かせたんじゃぞ? 村の全員まとめて極刑食らっても文句は言えんのじゃ!」
言われるまで気が付きませんでしたが、私は泣いていたようです。
そしていつの間にか落とし前をつけさせる側に立場が逆転していました。
「ちょーっと懲らしめようとしただけなんじゃ、殺す気なんて最初からなかったんじゃ、じゃから他の奴らが伸びてるうちにお主の機嫌を直して……」
「おい、言い訳と本音が混ざってんぞ」
銀髪の女性はわたわたと慌てながらいろいろと弁解を重ねています。
その傍らから冷静な指摘を差し挟んだ少年は私にハンカチを差し出しました。
「……泣かしたことは謝るよ。悪かった」
「え、あの、ありがとう……ございます?」
ハンカチを受け取って私が見上げると、少年は見ているこちらが申し訳なくなるような弱り果てた表情で私を見つめて言いました。
「俺に用があるんだろ? 話は後でちゃんと聞く。だから今はコイツを何とかしてくれると助かる」
「……は、はい」
私は今回の一部始終を父上に報告しないと銀髪の女性に約束した後、目を覚ました騎士団の面々と共に全員が寝泊まりできる広さの、集会所のような建物に案内されました。
その道すがらで宴の準備が始まりにわかに活気づく村人たちの声を遠く聞きながら、事の展開についていけていない私は少年から借りたままのハンカチに視線を落としました。
死ぬかと思うほど怖い目に遭って、死んでもいいかなと思うほどに精神的に打ちひしがれたと思ったら、何故か口封じのために接待されようとしている……。
「……何ですか、この村」
真剣に思い悩むことが馬鹿馬鹿しくなってきた私は、呆れるとも笑うとも取れるような口調でそう呟いていました。
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