第2話 魔王軍との待ち合わせ

 ※ユーリ視点


 俺たちは聞かされてる。この世界の仕組みは人の手によって作られたって。


 その仕組みのせいなんだろうな、訳が分からないくらいに戦士たちは頑丈で馬鹿力だし、きっと今日も誰かの魔法が魔物を焼き木々を薙ぎ払ってる。


 こうも聞かされてるよな。生けとし生ける全てのものは人の手によって作られた。


 その結果リッチだのサキュバスだのドラゴンだのベヒモスだのが世界のどこかでうろついたりふんぞり返ったりしてるんだろ?


 そして最後に聞かされる。この世界を作ったのは人である、なればこそ人を信じよ、だっけか。


 作物を育てる奴が偉い。道具を作れる奴が偉い。金を稼げる知恵者が偉い。領地とやらをよろしく経営できる奴らが偉い。国を導くオッサンが偉い。魔王を殺せる奴らが偉い。偉いヤツばっかだな。


 そう俺たちは聞かされている、誰だってそうだ、でもさあ違うだろって俺はずっと思ってる。


 だってそうだろう? そのお偉い『人』とやらが平気で見捨てる、そんな人間がここにいる。


 じゃあそいつは一体どうすればいいかって考えたこと、あるか?






 事の始まりは俺がこんな問いを姫様に投げかけた日から一週間ほど前に遡る。





 その日は魔王軍がやってくる日だった。


 軍、と言うくらいなので敵の数は少なくはない。

 けれど毎回全力で戦っていると消耗が激しい。

 だから互いに戦力を小出しにして様子見をするような小競り合いが随分と続いている。


 いざという時には切り札となる存在が後ろに控えているけれど、週一回行われるその戦いに駆り出されるのは俺一人。

 つまり俺は露払いとか前座とかそういう役回りで、最初の来襲の時にその役目を担わされてからずっと俺が敵を片付けてきた。


 一言でまとめると、魔王軍と戦っているのは俺一人だけだった。


 そんな日の正午過ぎ。


 「おーい、ユーリ……魔王軍が来たぞー」


 村のはずれにあるこじんまりとした家屋、つまりは俺の家のドアを開けた気の抜けた守衛の呼び声に、


 「あと五分待ってくれ。味整えたら行くわー」


 干し肉と野菜のスープを小皿に取り、味を確かめながら俺は答える。


 塩が足んないな、と考える俺に、了解、よろしくなー、と言い残して守衛は仕事場である村の入口へと戻っていく。


 数度の微調整と味見を繰り返し、ようやく納得いく味になったことに満足した俺は調理器具を納めている棚から愛用のフライパンを取り出す。


 ごく普通のフライパンに見えるけれど、その実オリハルコンとか言うめちゃくちゃ高価な金属でできた……それはもう軽くて丈夫で扱いやすい愛用のフライパンである。


 続けて俺は別の棚に置いてある道具箱を手に取り、中から針と糸を取り出す。


 これまたオリハルコンというめっちゃ高い金属を使った針と、ミスリルとかいう結構高いらしい金属が編み込まれた丈夫な糸……魔獣の硬い革の加工が非常に捗る裁縫道具だ。


 普通の村人に過ぎない自分がこんな代物を買える金を持っているわけがない。俺の家の棚に収まっているのには当然理由がある。


 「……うぁー、ただいまー。どうして子供の相手とはこうも疲れるのじゃ……」


 若々しい鈴の音のような声音と若さのかけらもない口調で玄関のドアを開けるこの女こそが、その理由である。


「お帰りラスボス。今から魔王軍のところ行ってくるわ。飯はパンとスープな、何か捕まえて晩飯のおかずにするつもりだから昼は食いすぎんなよ」


「……ういー。私はとりあえずゴロゴロするのじゃ。気を付けるんじゃぞ」


 こちらを見もせずに手をひらひらと振る銀髪の女。自分でラスボスと名乗っているので俺も周りの人間もそう呼んでいる。変な名前だと思う。


 タイトスカートとジャケット、ブラウス、そして伊達メガネという堅苦しそうな格好……本人曰く女教師の正装らしい……をしたラスボスは部屋の隅にあるベッドに身を投げ出すなりパンプスを放り投げ、ストッキングを脱ぎ捨て、全力でくつろいでいる。俺が普段使いする道具類はコイツが休日の暇つぶしで作ったものだ。


 ちなみにタイトスカートとかストッキングとかパンプスとかいう珍妙な衣服や靴をラスボス以外が着てるのを見たことがない。実際どれも本人が自作したものだった。


 都会に大店を構える旧知の商人ですら見たことがない代物らしいから、その姿を見て女教師だと思う人間はこの村の人間を除いて一人もいない。

 けれどコイツは本当に教師をしている。今はその仕事から帰ってきたところだ。


「……へいへい。ま、何かあったら呼ぶわ」


「行ってらーなのじゃ」


 そして俺はフライパンを片手に持ち、糸と針を空間収納アイテムボックスという何でもしまえる便利な魔法で作った亜空間に突っ込み、あくびをしながら家を出て、のんびりと村の入口へと向かう。


 俺の名はユーリ。


 このプレオメアルという名の村に生まれ育った孤児で、自活していて、ついでに魔王軍との戦いの切り札になる女・ラスボスを飼育しているだけの……つまりはただの村人だ。





 俺を呼びに来た守衛に、行ってくるわー、と声を掛けた後、村の外に広がる森を眺めると不自然に立ち上っている狼煙のろしが目に入る。


 それを目印にして十五分ほどふらふら散歩していると魔王軍の配下を名乗る人間が現れる。


 全人類の仇敵と言われる魔王の軍勢、その次期四天王候補という大層な肩書にまったくそぐわない、丸っこい三角形の獣耳と黒くてふさふさした尻尾を生やした獣人種の可愛らしい女の子。

 以前名前を聞いたときにはイアルと名乗っていた。


 普通のヒト種基準で言えば十歳に満たないくらいだろうか。獣人の成長について知らない俺には正しい年齢が分からない。

 それでも一年ほど前に初めて出会ってから幾度も会話を重ねた感触として、見た目以上に精神がお子ちゃまなのはまず間違いなかった。


 十メートルほど先の木陰でそわそわと尻尾を揺らしていたイアルは俺を見つけると一瞬だけぱあっと表情を輝かせた後、取り繕うように無表情に戻す。


 「……ユーリ遅い」


 「悪いなイアル。ちょっと手が離せなくて」


 「……今日の相手はこの子たち」


 不満そうに口を尖らせるイアルのかたわらには四体のいのししがいる。


 体長は三メートル以上、高さは成人男性と同じ位で、口の脇から巨大な角を生やした迫力あるたたずまい。


 よく見ると四体とも少しずつ細部が異なっているけれど、それぞれを最も特徴づけているのはその周辺に漂わせているものだった。


 ぱちぱちと火の粉を散らしていたり、指ほどの太さの紐状になった水を空にゆらゆらと揺らしていたり、キラキラした色とりどりの宝石を宙に浮かべていたり、周囲の砂や草を風で巻き上げていたりする。


 「火炎猪ブレイズボアのブレ坊、流水猪リキッドボアのリキ助、宝石猪ジュエルボアのジュエ太郎、竜巻猪トルネードボアのトル吉……これまでで一番強いから、頑張って」


 いまいち工夫の足りない愛称で魔物を呼ぶイアルが、微かな自信を声音に乗せて胸を張った。


 「……いや、頑張るのはそっちだろ。毎回コテンパンにやられてんのによく飽きないな」


 「私たちはまだ本気じゃない。前にも言った、今は小手調べ。だから負けても別に……悔しくない」


 言動とは裏腹に悔しそうに俯くイアルを見て居たたまれなくなる俺は、それでも挑発を重ねることにした。


 「本当にいいのか? また勝つぞ? 連勝街道歩きすぎて寄り道したくなってんだよ俺」


 「うるさい! 今度こそみんな本気で頑張るから、ブレ坊もリキ助もジュエ太郎もトル吉も絶対負けない!」


 イアルは怒りも露わに前言を撤回して俺を睨んだ。


 初対面から半年以上経ったある日、ずっと貫き通してきたイアルの無表情と無感情を突き崩すことに成功した俺はそれ以来、この子の感情を表に出させることを趣味にしていた。

 からかわれて不機嫌になるイアルの素直で子供っぽい反応を見て和むわけなのだけれど、正直この趣味、他言はできない。


 「へいへい、分かったよ」


 遊びの催促に根負けしたかのような返事を返しながら俺はフライパンを構える。

 そして全身に魔力を行きわたらせた後、体内で循環させる。少しずつ魔力を巡らせる速度を上げていくたびに、身体が微熱を帯びていく。


 全身を活性化させて通常の倍以上の運動能力を引き出す魔法、『身体強化レインフォルセ』の効果を確認するように数回素振りしてから、俺はフライパンの先端をイアルたちに向けた。

 

 「さあ始めるか。今日は何分持つだろうな?」


 強気な台詞を口にしながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。だから声に出さずに自問する。


 俺は今から何回死ぬことになるんだろう、と。

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