第35話 ~嵐を呼んで~



「ラグがないだと!?」


 司令室にいる全員の驚愕を代表して京香が叫んだ。

 大浪区だいなみく中央に出現した怪獣には従来のような、地表に出てから環境に適応するまでの休眠期間──つまりタイムラグが存在しなかったのだ。


「よほど適応力に優れた個体のようですな」


 形梨はいつもの調子で私見を述べる。


「住民の避難状況は?」


 京香はオペレーターに問うた。


「出現地点から半径五キロは完了しています!」


「各機、目標接触までどのくらいか?」


「目標接触まで、アーバロンが四〇秒、BF隊が四分!」


 オペレーター達の返答に、京香は歯がみした。

 避難が間に合っているとは言いがたい。怪獣の進行速度はまだ未知数だが、もし走って火でも吐きだしたら、とんでもない数の死傷者が出かねない。

 今は周囲の建築物を破壊することに夢中らしい。せめてアーバロンが到着するまで、そこで小さく暴れてくれるのを祈るしかない。


「ところで、あの怪獣の呼称はいかがしましょう?」


 参謀がそっと訊ねてくる。

 相変わらず緊張感のない男だと思ったが、BFが戦闘態勢に入らない以上、さしあたってやるべきこともないのが現状だ。


「フォリドン」


「なるほど、鱗甲目フォリドタからですか」


 京香の言うとおり、市街地を踏み荒らしている怪獣は四足歩行で、身体のほとんどが硬い鱗のようなもので覆われている。

 そのため、細かな違いはあれど、鱗甲目を構成するセンザンコウに特徴が似ているといえる。


「怪獣名フォリドン、登録完了しました」


 司令と参謀のやりとりを聞いていたオペレーターのひとりが、はやくもデータベースに『フォリドン』と入力した。今回はさして問題もなかったらしい。


「それにしても私が訊いてから即答なさるとは、司令の適応力もさすがですな」


「茶化すな」


 本当はこういう状況のために、何十種類かの怪獣を想定して、それらに合う名前の候補をキープしていたのだ。


「アーバロン、フォリドンに接近!」


「貴様らにとっては初陣だ。豪語したぶんは働いてもらう」


 京香の言葉はオペレーターではなく、司令室の一角に設けられた新しい部署の面々に向けられていた。

 本部直属の技術者達である。


「はいはい、こっちは感度良好です。司令官どの」


「ようは外野からアドバイスすればいいんでしょ?」


 三人の技術者は余裕綽々といった態度で自分達のコンピューターに向かう。


「先手必勝だ。その速度のまま、思い切り踏んづけてやれ!」


 ひとりがマイクに向かって言うや、モニターの向こうのアーバロンが身を翻し、フォリドンの背中を踏みつけた。


 アーバロンが指令で動いた。

 それは声や文字をアーバロンに直接届けるための装置だった。

 先の戦いでが快晴のセコンドが有効だったことが検討された結果、アーバロンは外部との通信を隔絶するという規定が、限定的に解除されたのだ。


 ガァン──地面がフォリドンの形に陥没する。

 だが次の瞬間、アーバロンは背後にあったオフィスビルに叩きつけられていた。

 太い四つ足の力で、フォリドンが押し返したのだ。




(なんて力だ! それに、デカい!)


 森家地下のモニターを見ながら、快晴は心のなかで叫んだ。

 大浪区のビルの高さと四足歩行のせいで小さく見えていたが、アーバロンが比較対象になると、それが錯覚だったということがよくわかる。

 体高はアーバロンの腰元──おそらく三〇メートル。全長となれば百メートルはあろうか


「あぶない!」


 美麻が悲鳴のような声を上げた。

 アーバロンが衝突した弾みで、傾いていたビルが途中から折れ、頭上に落ちてきたのだ。

 だが、アーバロンは両腕を天にかざしてそのビルを受け止めた。

 そして、怪獣に投げた。


「え──!?」


 快晴は目を疑った。

 とても強く、不快な違和感が胸の奥に渦を巻く。何かの間違いか、一瞬の気の迷いであって欲しかった。


 鉄筋コンクリートの塊が直撃する。

 怪獣は一瞬怯んだものの、すぐさま顔を上げて、今度は自分からアーバロンへと走った。

 遠目に見れば、それほど速くはない疾駆だが、全長から重量を考えるとそれだけでも充分な脅威だ。


(避けてソラ!)


 快晴の祈りが通じたか、アーバロンは闘牛士のように身を翻した。

 しかし怪獣の行く手は当然、半壊したビルである。

 今しがたのアーバロンの二の舞を自ら演じるように、怪獣は頭から壁面に突っ込んだ。今度こそオフィスビルは完全に瓦礫と化した。

 だが、怪獣はそのままビルを貫通し、反対側の大通りで身体の舵を切った。

 そこを狙って、熱光線マグマストリームが放たれた。

 超高熱の直撃を受けたフォリドンの全身が炎に包まれ、咆哮が天に昇った。




「よし!」


 とガッツポーズしたのは京香ではなく、アーバロン用端末に着いていた技術者達だ。

 片や、とうの司令官は────


「やったか!?」


 とデスクから身を乗り出していた。

 市街地での戦闘は文化的、経済的被害が大きい。できればこの一発で終わって欲しい。


「さて……どうでしょうかな」


 背後で、参謀の不穏な呟きが聞こえた。

 その言葉通り、勝利を確信した全員の目の前で、燃えさかるフォリドンの体当たりがアーバロンに炸裂した。


「バカな! やつは不死身か!?」


 机を叩いて京香が叫ぶ。


「前回──ガールラのときもそうでしたな。最後には適性が失われたはずのマグマに適応した。フォリドンもまた、マグマストリームの熱に適応したと見てよろしいかと」


「光線を浴びた直後にか」


「出現時の休眠が皆無だったことを鑑みれば、充分可能性はあるかと」


 参謀が分析している間にも、モニターの向こうではアーバロンが冷凍光線ブリザードレイでフォリドンを氷像にした。

 熱が駄目なら冷気。これで相手はガールラのように氷像となって砕け散るはず────


 ガァン──今度こそ仕留めたと思った矢先、怪獣は身体を震わせて氷を振り落とした。


「ブリザードレイも効かんだと……ッ」


「恐らく、光線のエネルギーが致命傷となる前に全身が適応性を得るのでしょう。人間で例えるなら、ウィルスに感染した次の瞬間にはもう免疫が出来るようなものです」


「くそっ、アーバロンに下手な攻撃をさせるな! 一撃で即死させねば倒せんぞ!」


 インカムの存在を無視して技術者達に怒鳴る。

 だが時すでに遅く、アーバロンの内蔵兵器が次々と火を噴いた。

 目から粒子光線メテオビーム、肩からはミサイル、額からは放射電撃スプレッドサンダー、そしてドライブフィスト。これまで幾多の怪獣を打ちのめしてきた超兵器がこれでもかと叩き込まれる。

 それでも、フォリドンは倒れなかった。

 そして、破れかぶれのような2度目のマグマストリームが放たれた瞬間、フォリドンは体当たりで真っ向からこれを跳ね返し、ついにアーバロンの胴体へと直撃した。




「ソラ!」


 快晴は思わず口に出して叫んでいた。

 抉(えぐ)るようなタックルを受けて吹っ飛んだアーバロンの腹部には、大きな亀裂が走っていた。


「いかん、あの怪獣は今までのものとはワケが違う。違いすぎる」


「適応性がデタラメですよ! 外皮が傷つけられた直後には、全身がそのエネルギーに対して耐性を得ています。一発で仕留めないと!」


 図らずも、科学者師弟もまた、形梨参謀と同じ見解に達していた。


「だが、これまでの攻撃でアーバロンは有効打を使い切ってしまった」


「そんな……! それじゃ、どうやったら勝てるんですか!?」


「無理だ」


 快晴は耳を疑った。

 アーバロンが負ける。嘘であって欲しかった。あるいは、博士の計算違いではないのか。


「そう、今のアーバロンには無理なのだ」


「今の……?」


「優しさとは想像力だと、私は述べた。感情を封じられた今のアーバロンには、優しさも想像力もない。ただプログラムに従って漫然と攻撃するだけの戦闘ロボットだ。たとえ今までの戦闘経験があったとしても、今の彼女に出来るのは過去の模倣か、せいぜいがそのバリエーション。きみとの共闘で見せた複雑なロジックを、自ら生み出すことは出来ない」


 快晴はハッとなって、ガールラと戦ったときのことを思い出した。

 最後に敵を火口へ叩き落とした逆転の戦法。あれを思いついたのは確かに快晴だったが、アーバロンはそれを具体的な形にしただけでなく、快晴も意図しなかった自分なりのアイデアを加えて完璧なものとした。

 今にして思えば、最後に逆襲してきたガールラを即座に迎撃出来たのも、想定の範囲内だったからではないだろうか。

 あれが想像の力だというのか。


「アーバロンッ!?」


 美麻が叫んだ。

 そして、快晴も絶句した。


 モニターの向こうでは、なんとか怪獣の尻尾を取ったアーバロンが、そのまま相手を振り回してビルというビルに叩きつけていた。

 その次は、建築中のビルからタワークレーンをもぎ取って殴りつけた。

 あるいは、タンクローリーを投げつけて引火させた。


 それは快晴の知っているアーバロンの姿ではなかった。街を壊さぬために攻撃を躊躇った優しい守護者ではなかった。

 怪獣との戦いは、勝たねば意味がない。だがアーバロンは、勝つためになんでもする破壊者ではないはずだった。

 優しさのない戦闘ロボット。その意味を快晴は目の当たりにしていた。


「敵の撃破を優先して、街の被害を切り捨てた。戦闘ロボットとしては正しいのかもしれんが、あれでは勝つまでにどれだけの被害が出るか想像もつかん。それに、勝算のある動きでもない」


 仁博士の言うとおり、快晴の眼にもアーバロンの攻撃は決定打を失った戦士の苦し紛れか、悪あがきにしかみえない。

 むしろ中途半端な攻撃を繰り返すたびに怪獣の外皮はますます硬化し、鎧としても武器としても強力になってゆく。街も、アーバロン自身も、傷を深めてゆく一方だ。


 負ける? 無敵のアーバロンが?

 いや、それは違う。アーバロンは決して無敵などではなかった。トラブルで動けなかったり、相手の力に一方的に翻弄されたこともあった。

 そんなアーバロンを支えて勝利に導いてきたのは、司令や参謀であり、美麻であり、日本支部のみんなであり────そして自分だ。

 自分のこの胸に今もたしかに存在する、自信と誇りだ。

 その誇りはなんと言っている。

 このまま、黙って観ていろというのか?

 否──事ここに至ってなお、自分の頭のなかは、どうすれば怪獣に勝てるか、どうすればアーバロンを勝利に導けるか、そのことでいっぱいになっている。

 その一方で考えれば考えるほど、沸々と煮えたぎる衝動に、無力感という名の蓋が覆い被さってくるのだ。


 ──自分はもう、アーバロンに必要とされていない。


 そのときだった。

 怪獣の足下に何発ものビームが炸裂した。BF隊の攻撃だと快晴はすぐに理解した。

 大地が穿たれ、怪獣の足が穴に取られる。

 それに呼応するかのように、アーバロンが空に飛んだ。

 直後────


「ゎ──ッ!?」


 突如として視界を包んだ閃光に、快晴も美麻もなにが起こったか分からず眼を瞑った。

 そして光がやんだとき、二人の目は大きく見開かれた。


 モニターに映し出されていたのは、全身から火花を散らして落下するアーバロンの姿だった

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