第36話 ~熱くなれ~


 ──少し前の日本支部司令室──


「どうなっているか!」


 司令の鉄拳がデスクに叩きつけられた。


「これでは、いたずらに被害を広げているだけではないか! こんな無様な戦い方を指示したのか、貴様らは!?」


 剣幕が司令室の一角に注がれる。


「我々はとくに指示などしていません」


 問い詰められた技術者のひとりが平然と弁明する。


「アーバロンの戦闘プログラムが、もともとあのように作られていたのでしょう。恨むならドクター・ジンを恨んでください」


「黙れ! アーバロンがあんな戦い方をしたことなど一度もない! それよりも、あのフォリドンを一撃で倒せる武装はないのか!?」


「マグマストリームなりブリザードレイなりのエネルギー出力リミッターを解除するしありませんね。ただし、アーバロンからは解除出来ないように設定されてるんで、一度ここに帰還させないと」


「一時撤退しろと言うのだな。この状況で」


「致し方ありますまい」


 司令に応えたのは技術者ではなく、形梨だった。


「参謀!?」


「ほかに、この状況を覆せる手段もなさそうです。BF隊が時間稼ぎをしている間にアーバロンを帰投させ、調整をして再出撃させるのが最善でしょう」


 BFで足止めし、アーバロンを帰還させて改修。怪獣退治を担う組織として、こんな戦法を取るらねばならないことには忸怩じくじたるものがあるが、思えば初戦でも似たようなことをやろうとして出来なかった。であれば、アーバロンに指示を飛ばせられるぶん、むしろ融通が利くようになったと言えるのかもしれない。

 京香はそう自分に言い聞かせることで納得した。


「いいいだろう。BF隊、合流までどのくらいか?」


「残り十五秒です!」


「アーバロン、BF隊の攻撃で敵に隙を作る。同時に空中へ待避する用意をしておけ」


「BF隊、射程圏入りました!」


「全機、地上百メートルで水平に突入! フォリドンの足下へ集中攻撃! 斉射!」


 鉛色の空から幾条ものビームが怪獣に降り注いだ。

 コンピューター制御による正確無比の集中砲火がその足下の大地をえぐり取って、巨体を傾かせた。


「アーバロン離脱!」


 京香が命じるまでもなく、事前に送信されていた指示に従ってアーバロンは全身のブースターを噴かせ、戦闘機隊と入れ違いになるように、黒煙渦巻く曇天へと舞い上がった。


 そして、誰も予想だにしていなかったことが起こった。


「う──ッ!?」

 

 モニターを支配した閃光に司令室の全員が眼を眩ませ、その直後、すべてを理解した。


「アーバロンに、落雷!!」




「ソラ!」


 その声が届かないと分かっていても、快晴は叫ばずにいられなかった。

 五〇メートルの巨体が市街地に墜落し、土煙が猛然と立ち上った。

 灰色の霧が晴れるにつれて、アーバロンの姿がはっきり見えてくる。

 人類の守護者は、関節から煙を立ち上らせながらも、腹ばいになって賢明に立ち上がろうとしていた。

 だが、上半身が持ち上がるのがやっとだ。両目は明滅し、四肢には痙攣が走っている。ブースターも点火してはすぐに消えを繰り返している。

 落雷が電動系統をズタズタにしたのだ。

 頭脳からの神経伝達にはニュートリノ信号が使われているアーバロンだが、実際に関節部の駆動系アクチュエーターを動かしているのは電気だ。雷のような過電圧を受ければダメージは免れない。

 それでも、「なぜ!?」と快晴は問う。


「主任! アーバロンには絶縁措置がしてあったんじゃないんですか!?」


 そのはずなのだ。電撃兵器が搭載されていることもあって、アーバロン自身は電気を内部に通さぬよう、装甲の内側は無論、シャフトやケーブルの一本一本に至るまで絶縁体で保護されている。


「もちろんです。けれど、怪獣との戦いで着いた傷から、思わぬ所に流れ込んだ可能性があります。火災の灰が体内に入ったのかも」


 くそっ、と快晴は心の中で悪態をついた。

 自分から訊いたものの、美麻を問い詰めたところで状況が好転するわけでもない。


 それに、今さらアーバロンの心配をしてどうする。

 自分に何が出来る。

 どうすれば治せる?

 どうすれば助けられる?

 考えるだけ無駄だ。


 ──彼女はもう、自分のことを必要としていないのだから──


 再び無力感が快晴の心に覆い被さったそのときだった。

 怪獣がアーバロンを踏みつけにした。


(やめろ!!)


 ふたつの意味で快晴は叫び、心の蓋を蹴り飛ばした。


「駄目だ」


 仁博士が無念そうに項垂れ、呟いた。


「なんという不運の重なりだ。私はもう、見るに堪えん」


 博士の言うことはもっともだろう。

 そもそも彼は、もうひとりの子供であるアーバロンが戦い傷つくのを恐れて心を病んでしまった。人格をコピーされている以上、父親としてのつらさもまた残っているのだ。

 美麻もまた目を潤ませ、唇を噛み締めながら画面を見つめていた。泣くまいと我慢しつつ眼を逸らさないのは、技術主任としての責務ゆえだろうか。


 ドローンが捉える映像の中では、BFの攻撃をものともしない怪獣がアーバロンをいたぶり続けている。

 折しも、雷に招かれた雨が、街に降り注ぎ始めていた。


 快晴の決意は固まった。


「まだです」


 心の奥にたぎる熱とは裏腹に、出てきた声は自分でも驚くほど静かだった。


「オレが行きます」




 一方の対怪機構日本支部司令室では、最悪と呼べる状況に全員が色めき立っていた。


「BF隊、高度を五〇メートルまで下げ、円陣で目標を包囲!」


「フォリドンの反撃を受けかねませんよ!?」


「かまわん、アーバロンへの流れ弾を避けるのが最優先だ! とにかく奴の気を引け! アーバロンの状況はどうか!?」


「こっちが何を言ってもうんともすんとも動かない。もうダメです」


「投げるな! 貴様らの前任者はもっと諦めが悪かったぞ!」


「自衛隊からの協力進言! どうしますか!?」


「『ご厚意感謝。されど生半可な火力は怪獣を凶暴化させるため、そちらは市民の避難誘導を優先されたし』と返答しろ! 第一格納庫、こちら司令室の飛鳥だ。BFの予備部隊と、BIを出せ!」


「おっと、ついに老兵まで駆り出されますか」


 形梨が相変わらず緊張感のない声で応えた。


「当たり前だ。唯一にして暫定エースパイロットとあれば、遠慮なく使わせてもらう。ろくな策も出さぬ参謀となればなおさらだ!」


 この状況を打破すべく、京香の頭脳と舌はフル回転していた。


「全員に告ぐ。いいか、日本支部の威信にかけても、奴は我々の手で倒すぞ!」


 その檄は職員よりもむしろ自分に向けたものだった。

 武装面を多少強化したとはいえ、BIを出したところで、あの不死身とも言える敵を撃ち倒すことが、はたして出来るのだろうか。

 だがアーバロンが倒れた以上、フォリドンをここで食い止められるのは自分達だけなのだ。


(退けん! 断じて退けん!)


 京香の気迫とは裏腹、BFのビームはフォリドンになんのダメージも与えられていない。


「第三格納庫、輸送機の用意! アーバロン修理部隊を送り込む」


「はぁ!? おいおい、俺たちに戦場に行けってか!」


 即座に技術者達が抗議する。


「それ以外に方法があるか!?」


「二時の方向から、接近する機影!」


「ええい、またマスコミか!」


「いえ、これは──えッ!? あ、映像出します!」


 混乱するオペレーターの手で、BFのカメラが捉えた画像がスクリーンに拡大投影される。

 全員の目が点になって、そこに釘付けにされた。


「司令……あれって……」


 オペレーターがモニターを指さし、恐る恐る訊ねる。

 京香の予想に反して、それは報道機関のヘリではなく、街中を駆け抜けてくる一台のバイクだった。

 雨で濡れた路面をものともせず、真っ直ぐに戦場へと突っ込んでくる。フルフェイスのヘルメットで顔は判らない。


「な!? どこの馬鹿──ッ!!」


 そこまで言ったとき、京香は悟った。


 ──バイクの行く手にあるもの。

 ──大浪区。

 ──そして、このタイミングで戦場に乗り込んでくる、馬鹿。


「ふ、ふふ、ふ……」


 唖然とすると同時に、我が意を得たりとばかりに笑っている自分に京香は気が付いた。

 そして次の瞬間、京香の緊張感は爆発した。


「──あーはっはっはっは!」


 恥も外聞も、司令官としての尊厳もなく、京香は大笑していた。

 あまりの高笑いぶりに全員がインカムを遠ざけ、背後では参謀が耳を塞いだ。


「はーっはっはー! ……ふぅ」


 ひとしきり声を上げたあと、ひと息ついた京香の目は、もとの鋭さを取り戻していた。


「BF隊なにをしている! さっさとフォリドンをアーバロンから引っ剝がせ!」


「了解! どんな手を使ってもいいですね!?」


「当たり前だ! 突撃も許す! 第一格納庫、BF全機を推力リミッター解除で発進!」


「私とBIはよろしいので?」


「出たくば勝手に出ろ! 職員の中で予備のBF担当オペレーターを集めろ! 手分けして攻撃に当たらせる! あの馬鹿が到達するまでの時間は!?」


「予測値算出……出ました! アーバロンに到達するまで約七分!」


「遅い! 何故だ!?」


「途中、瓦礫が道を塞いでいて、何度か迂回する必要があるようです」


「BF隊から──」


 参謀が言った。


「一機を回して除去すれば、直進出来るのでは」


「よし。BFの一機に、バイクの直進コースを確保させろ!」


「難しいです! 一機だけ待機ならまだしも、高度な命令と操縦を要求されては──」


「では、そちらは私が操作しましょう。十二番機の命令系をサブコンソールに委譲してください」


 そう言うなり、形梨は司令席から離れてオペレーターエリアへと降りた。


「アーバロンには動くなと指示! その後はいっさいの交信を認めん!」


「どうなってんだ!? あのクレイジーは誰だよ!?」


 状況が飲み込めない技術者達が問う。

 謎のライダーが現れた途端、司令室の雰囲気は一変していた。緊迫感した状況は相変わらずなのだが、皆どこか活き活きとしているのだ。


「知れたこと!」


 混乱する彼らに、京香は言い放った。


「我々の、起死回生の切り札だ!」

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