第12話 ~あれから時は過ぎて~

  第2幕 天穹



『はじめに、怪獣出現のニュースです。今日、午後二時頃、伴台ばんだい市西海岸から怪獣が上陸。十分ほど活動し、市街地に被害をもたらしましたが、対怪獣機構のアーバロンによって撃滅されました』


 テレビから流れるニュースが、アーバロンの活躍を伝えている。

 スーパーで三割引だった鶏カツ弁当を食べながら、快晴はそれを眺めていた。 

 アナウンサーの声にあわせて、現地の人がスマホで撮影したと思しき映像が流れ始めた。

 ロケットパンチが決まり、怪獣が横転する。

 そこに浴びせられる、赤い熱光線。

 炎のなかに崩れる怪獣。まさに《撃滅》の瞬間だ──テレビのニュースでそんな語句が飛び出す時代になるとは、いったい誰が想像していただろう。


 人類と怪獣、そして快晴とロボットが出逢った日から、一ヶ月半が経過していた。


(あのときの怪獣を倒したのも、あのビームだったのかなぁ……)


 快晴は在りし日に思いを馳せた。



 ショッピングセンターの廃墟を舞台に、いつ果てるともなく続いた快晴たちの鬼ごっこは、到来したヘリ部隊の音に中断させられた。

 ロボットの仲間だろうとは思ったものの、その物々しい編隊を見た途端、快晴は自分がその場にいることに怖じ気づいた。

 気がつけば原付の首尾を返し、ロボットへ別れも告げず、一目散に逃げ去った。

 その原付すら、職場の近くまで走ってからようやく──


(あ! これ、オレのじゃないじゃん!)


 と気付き、適当な駐輪場に放り込んで逃げ去る始末であった。

 ちなみに、肝心の職場は怪獣出現にも関わらず工場を稼働させており、快晴は遅刻扱いで、上司から懇々と文句を垂れられた。

 ロボットの名がアーバロンと知ったのは、その夜、家に帰ってからのことである。

 朝の出来事は結局なんだったのか。その答えを求めてテレビを点けるも、コメンテイターたちが踏切の警笛のようにカンカン騒ぎ立てるばかりで、いっこうに全容が分からない。

 途中でようやく《国際対怪獣機構日本支部》なる組織の名が出たので、ネットの動画サイトで検索。昼に行われた記者会見の一部始終の録画が見つかったことで、事態を把握するに至った。


 情報をまとめると、“国際”と名が付くとおり彼らは全世界百以上の地域に支部を持つ、一種の巨大連盟なのだそうだ。なお、本部はなぜかパリにあるらしい。

 世界情勢に詳しいわけではないが、そんな組織が今まで表に出なかったのは驚きだ。


 どうやらフィクションと思われていた怪獣が現実に現れるというのは、各国政府と一部の有識者の間では確定事項だったらしい。

 しかし一般市民にそれを説明したところで、とうてい信用されるものではない。

 ならばとばかりに、国連やら各国軍首脳部やら大富豪やらの有志の力を結集させて、秘密裏に創設されたのが《対怪獣機構》、略して《対怪機》なのだそうだ。

 早い話、近代兵器を有した超巨大(色んな意味で)NPOということか。

 しかも怪獣の存在が全人類にとっての脅威であるということで、どこの国の干渉も受けず、まったく独立した活動が可能になっているという。

 それは各支部の方針にも少なからず反映されており、各々の司令部によって、異なる怪獣対策が採られている(それで大丈夫なのかという気もするが)。

 例えば、超高出力のビーム砲を持つ多脚型戦車。全身に五〇種類もの武装を搭載した、半空中要塞。変形して怪獣にしがみつき、特大の鉄杭を打ち込む戦闘機なんてものを開発した支部もある。

 なかでも巨大ロボット、つまりスーパーロボットを採用し開発した支部は多く、日本支部もその一例ということだ。

 こうもロボットが推される理由が、汎用性の高さなのか、それともある種のロマンのためなのか、快晴にはわからないが。


 あれから、およそ半月に一体のペースで怪獣は日本に現れ、そのつどアーバロンと戦闘機部隊がこれを撃破していた。

 初戦のようなアクシデントは見られず、次々と襲い来る未知の相手を前に、スーパーロボットは安定した勝利を重ねていた。

 その雄姿は、もう快晴の手には届かない。テレビを通して観るばかりだ。

 だが、一度でもあのロボットと共闘できたことは、密かな誇りだった。思い返すたびに、胸が熱くなる。

 しかし、どうにも奇妙なことが二つあった。


 ひとつは、快晴があの最高機密の塊のようなアーバロンと接触したばかりか、法に触れる真似も多々犯したにもかかわらず、とうの対怪機はおろか、警察の手すら一向に回ってこないことだ。

 てっきりなにか来ると思って、内心ビクビクしながら日々を過ごしていたのだが、今のところ不安は空回りするばかりだ(それなら最初から自首しろよという話だが)。


 もうひとつは、テレビの向こうのアーバロンのことだった。

 ロボットらしく悠然と闘い、圧倒的な力で怪獣を倒す一方で、ときどき挙動不審に見えるのだ。

 例えば、素人の快晴にすら「今のは避けられるんじゃないか」と思える敵の攻撃を、わざと被弾しているようなときがある。

 自分のときように、誰かを庇っているのだろうかと最初は思ったが、どうもそれらしい気配はない。

 おまけに、怪獣を倒したあとには必ず、キョロキョロとなにかを探しているような仕草をする。これも周辺の被害を確認しているのとは少し違うように、快晴には見えるのだ。

 結局、探し物はなんなのやら。諦めて空の彼方へ飛び去るその背中は、いつも寂しそうだ。


『次に、海外の怪獣と各国の状況です』


 テレビの映像がスタジオに戻り、アナウンサーとテロップが今日、世界各地で出現した怪獣の情報を伝えた。

 夕食の弁当もほぼ食べきり、残る鶏カツの最後のひと切れに箸をつけた、そのときだった。


 ──ピンポーン……

 玄関のチャイムが鳴った。

 時計は午後九時半。こんな時間に来客とは。

 立ち上がって壁の受話器を取ると、初老の女性の声が名乗った。


「あのう、大家の是岳これだけですが」


 聞き間違えようがない柔和な声だ。このアパートに越してきてから、何度か話もしている。

 しかし、こんな時間になんだろう? また料理を作りすぎたからと、お裾分けにきてくれたのだろうか?


「あ、はい。いま出ますね」


 受話器をもとに戻し、玄関へと向かう。

 鍵を解いて、ノブを捻った。

 そう、相手は馴れた大家さん。警戒する理由など、どこにもなかったのである。

 そして、扉を開いた瞬間────

 プシッ──

 空気の抜けるような音がした。

 Tシャツを貫いて胸に刺さった針。

 目の前には、「こんばんは秘密組織の一員です」と言わんばかりの黒服の男。

 その隣には心配そうな顔の大家さん。

 そして次の瞬間、快晴の意識はグニャングニャンのネルネルネルネになっていた。

 身体がクラゲになって、ベシャリっと地面に張りついた。

 男の放った針に仕込まれていた、遺伝子情報を書き換えて人をクラゲに変えてしまう薬、名付けて《クラゲニナーレ》の力──なワケはないのだが、快晴には本当にそうなったように感じられた。


「あ、鶏カツ……残りひと切れ……食べたかった……」


 これが辞世の句とばかりに五・七・五で読んだつもりだったが、その言葉は誰の耳にも届かなかった。

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