ARBARON ~恋人はスーパーロボット~

南部鞍人

第1話 ~この物語は~



 これは夢なのか────?

 貴志快晴(きし かいせい)は目の前の光景に、ただただ圧倒されていた。

 常識と非常識がひっくり返り、非現実が現実を飲み込む──漫画やアニメの出来事だと思っていたことが否応なく快晴に、そして全人類に叩きつけられた瞬間だった。


 辺り一面に広がるコンクリートと鉄の瓦礫。それがほんの三〇分前には、人口百万人を擁する大都市の一角であったなどと誰が想像できようか。

 まるで怪獣映画である。

 いや、この形容は正しくない……半分は。

 これは映画ではない。

 そしてもう半分、つまり“怪獣”は……現実だ。

 とはいっても、その現実は今、快晴の目の前で地面に倒れ伏し、ごうごうと炎を上げて燃えている。

 体長は五〇メートルか、六〇メートルか。あまりにも現実感がなさ過ぎて、まるで山火事を目の当たりにしているかのようだ。


 そして、現実の破壊者は怪獣だけではなかった。

 燃え盛る肉のかたわら。敵を弔う武者のように佇むのは巨大な人間──否、人の形をした鉄の塊。

 その巨体をなんと言い表せばいいか、快晴には分かっている。

 〝スーパーロボット〟だ。

 太陽の光を映して、赤青黄の三原色のボディが輝く。

 ──ゴゥン。

 駆動音か、排気音か。腹の底に響くような重低音をあげて、ロボットが頭を動かした。

 瞳のない双眸が、快晴を視た。

 それが、貴志快晴と……彼女の出逢いだった。



 人は、人ではないものと愛し合うことが出来るだろうか。

 もちろん、これは犬や猫を飼うときのような、家族に対する愛ではない。性情を含む愛のことだ。

 こんにち、我々はフェティシズムというものがあるのを理解しているし、異種族間の愛を描いた物語は日々、世界のどこかで紡ぎ出されている。


 閑話休題。最初の質問に対して、ほとんどの人はこういうだろう──フィクションや他人事としては受け入れられても、自分自身にそういう性癖はない、と。

 あるいはどちらも受け入れがたいというかもしれない。

 いや、ひょっとしたら今この話を読んでいる人の中には「(フィクションのキャラクターが)現実化したら愛せる!」という猛者がたくさんいるかもしれない。


 だが、そんな猛者達にちょっと訊いてみたい。

 あなたが愛するそのキャラクター……人の顔をしてはいないだろうか。

 そうでなくとも、なにかしらの表情を持ってはいないだろうか。

 加えて、人と同じ大きさか、あるいはあなたより小さいか、少なくとも人間社会に収まるサイズではないだろうか。


 例えばだ、ある日突然あなたと出逢って、あなたに心を奪われる、そんな分かりやすいラヴストーリーのお相手が、顔面までガッチリがちがち鋼鉄無表情のロボットだったとしたら……

 さらには全長五〇メートル、空を飛び、大地を踏み抜き、拳でビルをも砕き、ミサイルを撃ちまくり、超エネルギーの熱線で大怪獣を焼き尽くす“スーパーロボット”だったとしたら……

 あなたは“彼女”を愛せるだろうか……


 これは、普通(だったはずの)の青年、貴志快晴と、彼と心を通わせることになるスーパーロボット《アーバロン》の、愛と人生と地球の命運をかけた物語である。

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