第11話大黒天様

「はぁ…」


時雨しぐれさんの一件を報告書にまとめ終えた後、僕は鬱々としていた。

彼は最後「ありがとう」と言っていたけれど本当に…そう思ってたんだろうか?

ずっと好きで会いたかった人がもう死の間際で、会った瞬間いなくなってしまったのに…。

悲しくはなかったのだろうか?寂しくはなかったのだろうか?


…。


嫌…。寂しくないはずがない。悲しくないはずがないよな…。

ずっとずっと好きで想っていた人。

何人もの人を誘拐するぐらい会いたいと必死になって探した人。

そんな大切な人にやっと巡り合えたのに…。その相手はもうこの世にいない…。

なんともやりきれない思いだった。僕が落ち込んでも仕方のない事だけれど。

薫子さんを探すといった時、百合音ゆりとさんは傷つくかもしれないと言っていた。

きっとこうなることが分かっていたんだ。

会えたとしても…二人の間には時間の差が大きく開いていて、以前のようにはならないって事が…。


人と妖怪あやかしとの時間の流れの差。

どんなに想い合っていても決して交わったり同じ流れになる事はない。

人から見れば妖怪あやかしの時間の流れは悠久で

妖怪あやかし彼見れば、人の流れは瞬く間に過ぎていく。

そうと知っていながら二人は一緒に生きていく事を誓い合っていた。

二人は昔…どんな話をしていたのだろう…。

そう考えると胸の奥でちりちりと小さな痛みを感じる。

細い針で何度も何度も差されているような痛み。


「…気分転換に何か作ろう…」


じっとして何もしないでいると余計に色々考えてしまう。

手を動かしていれば少しはましになるかもしれない。

そう思って立ち上がった時だった。

この店に百合音ゆりとさん目当てのお客が現れたのだ。


「お邪魔しますよ。百合音ゆりと嬢はいるかな?」


「大黒天様ではないか!お久しぶりです」


「おお…。相変わらず元気そうだな」


「大黒天様もお変わりなく…さぁこちらへどうぞ」


大黒天様…。ってあの大黒天様って事だよな?神様の…。

そんな人も来るのか!どうしよう…。普通にお茶とか出していいのかな?

心配になってソワソワしていたら、百合音ゆりとさんが声を掛けてくれた。


「土方君。お茶とお茶請けをお出ししてくれ」


「はい。分かりました」


良かった~。普通に接しても大丈夫なんだ…。僕はホッと胸をなでおろした。

それにしても緊張するな…。妖怪あやかしの時もそうだけど

神様ってまた独特の雰囲気がある。それに…この感じは身に覚えがある…。

百合音ゆりとさんの曾祖母。望月はつさんが来た時と感覚が似ている。

はつさんが神様に近いというのは本当なんだ‥。


「どうぞ。緑茶とお饅頭です」


「ありがとうね。君が新しいアシスタントの子かい?」


「はい。土方明憲と申します」


「ふむ…。なかなか面白い子だね」


「はぁ…」


ニコニコ穏やかな口調で話す大黒天様。

見た目は初老の男性で白髪交じりの短髪に、真っ白なスーツを上品に着こなしている。

まるでどこかの貴族のようだった。


「今日はどんなご用件でいらっしゃたのですか?」


「ああそうだった。僕の護衛のがね、新しい武器を欲しがっていてね。君の所のにが入ったと聞いてきたんだ」


「なるほど…。さすがお耳が早いですね」


「ハハハ。こう見えて顔は広いからね」


「先日手に入れたのがこちらですね。鬼丸の牙と角です」


「ああ…いいね。刀にしても鉾にしてもよい武器になりそうだ」


百合音ゆりとさんは先日、鏡の修理代としてもらっていた

鬼丸の角と牙を取り出して、大黒天様に見せていた。

すごいな…。こんなふうに取引をするのか…。

僕は二人のやり取りを傍で黙ってみていた。

大黒天様は手に取っていろんな角度から確認をしていた。

鬼丸の角と牙は乳白色色で先が鋭く尖っており、両手で抱えないと持てないほどの大きさだった。


「これを頂くよ。対価は何がいいかな?」


「でしたら、大黒天様の情報網を駆使して調べていただきたいことがあります」


「ほぉ…。何かな?」


「黒煙一族の動きが知りたいのです」


「黒煙の一族か…。理由を聞いてもいいかな?」


「はい。先日うちのアシスタントを狙っている素振りがありまして…何が目的なのか知りたいのです」


「分かった。この品物に見合うだけの情報を取ってこよう」


「ありがとうございます」


百合音ゆりとさんが深々と頭を下げた。初めて見る光景だった。

やっぱり相手が神様だと対応も違うんだな…。

鬼丸の角と牙を丁寧に包むと百合音ゆりとさんと大黒天様はなんてことのない話をしだした。

どこの妖怪あやかしが誰を好きだとか、あの神様は最近太ったとか。

ほとんどが世間話でとりとめのない話だったが、二人はとても楽しそうだった。


「じゃあ…僕はそろそそ行くよ。良い品をありがとうね」


「こちらこそ。いつもありがとうございます」


「それから…土方君の入れたお茶美味しかったよ」


「あ…ありがとうございます!!」


僕はいきなり声を掛けられて慌ててお辞儀をした。

うわー…。優しい人なんだな。大黒天様は…。

こんな僕にも声を掛けてくれるなんて。胸にジンと熱くなるものを感じた。

百合音ゆりとさんと一緒に玄関まで大黒天様を見送った。

大黒天様はゆっくり歩いていくとうっすらと姿が消えて見えなくなっていった。

かっこよかったな…。なんかダンディと言うか、ジェントルマンと言うか…。

ああいう渋くてカッコいい大人になりたいな…。

そんな事を思いながら僕は部屋に戻っていった。



「凄いですね!神様も来るなんて」


「まぁね!望月家は神様にも妖怪あやかしにも顔がきくからね」


「なるほど…。結構おいしい商売ですね」


「アハハ!そうだね。創業当初から黒字でおかげで大繁盛しているよ」


「すごい…。百合音ゆりとさんはこの商売をどれくらいされているんですか?」


「はじめてからそうだな…。御婆様から譲り受けたのが65年くらい前かな?」


「そんなに長く商売されてるんですね…」


「ふふふ…。でも私達の世界ではまだまだひよっこさ」


人間の年齢で言えば65年は匠の域だ。

それでも彼女はまだ若輩者で、まだまだ学ぶことが多いという。

途方もない話だった。時間の流れが壮大過ぎて僕には想像もできなかった。


「そう言えば!さっきのお饅頭まだ残ってるかな?」


「はい…ありますよ。お持ちしますね」


「ああ。よろしく!」


僕はお茶を入れ直してお饅頭を百合音ゆりとさんに出した。

美味しそうに頬張る百合音ゆりとさんは小動物みたいでとても可愛らしかった。


「そう言えば…さっき言っていた黒煙の一族の情報って…」


「どうも…前から気になっていてね。一度ちゃんと調べてもらった方がいいと思ってね」


「そうですか」


「前に会ったときは土方君の事を異常に狙っていたからね~。こちらも対策したいしさ」


「どうして僕が狙われるんでしょうか?」


「恐らくだけど…。土方君の魂は今時珍しいくらいに澄んでるんだ」


「魂が澄んでる?」


「うーん…何て言えばいいかな…。綺麗というか欲にまみれていないというか…」


「なるほど…。確かにあまり物欲とかないですけど…」


「もっとこう…根っこの部分なんだよね」


百合音ゆりとさんが身振り手振りで話してくれるけどどれも抽象的ではっきりとはしなかった。

とにかく僕の魂は綺麗でそれは珍しいもので、相手によっては喉から手が出るほど欲しいものだそうだった。

こんなおっさんの魂の何がそんなにいいのか…。

僕は全くもって理解できなかったけど、百合音ゆりとさんがそういうならそうなのだろう。

僕の知っている知識は人間側のモノだけだ。

妖怪あやかしや神様の中の常識とは範囲が違う。

ここは素直に百合音ゆりとさんに従うべきだろうと感じた。


「大黒天様は仕事が早い人だからすぐにでも情報を持ってきてくれるさ」


「すみません。僕の為に大事な品を売ってしまって…」


「土方君が気に病むことじゃない。世の中ギブアンドテイクってやつだよ♪」


「クス…はい。そうですね…」


「大黒天様の情報を鬼丸の角と牙で貰えるだけでも、こちらとしては儲けものなんだ」


「そんなに…凄いんですね。やっぱり神様の情報って」


「うん。そもそも滅多に会えないし願いを聞いてもらうには相当な対価が必要だしね」


「おお…。なんだか恐れ多い気もします」


「だから今回のケースはすっごいラッキーなんだよ♪大黒天様も機嫌が良かったしね」


なるほど…。百合音ゆりとさんでさえ大黒天様の対応には神経を使ってるんだ。

やっぱり神様とやり取りをするってとんでもない事なんだろうな…。

百合音ゆりとさんは凄いあっけらかんとしてるけど…。


大黒天様に会ったり、黒煙の一族が僕を狙っていると言われたり…。

僕の一日はこうして目まぐるしく過ぎていった。

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