燃えて萌えて悶える

第290話 闇に潜む犬

 日本に生息する動物を見つけ寄生する。それをビニールホース程度の大きさしかない一匹の寄生体がするのはなかなか骨である。

 いくら上位種と言えども森の中から生き物を探し、さらに寄生して強くなる可能性のある生物でないといけないという、地球の生物知識に不安のある地球外生物にとってかなりの難題をこなさなければいけない。


 これまで下級、中級が寄生してきたデーターを持っていて知性が高い分慎重に選ぶ傾向にある上位種は未だ寄生先を求めウロウロする者がいた。

 変に知性をもっているばかりに大胆に攻めきれないという知的生命体らしい行動をする一匹の寄生体が夜の森の中を這いまわる。


 真っ暗な森には何もいないように見え無数の目があり、地を這う寄生体をしっかりと捉えている者がいた。

 落ち葉と土の擦れる音を確実に聞き分け正確な位置を把握し、鋭い目でじっと見つめるのは野生のフクロウである。


 羽を広げると音もなく空を切り裂き滑空すると寄生体の体に鋭い爪を食い込ませ空へとさらう。

 突然の痛みと浮遊感に焦って体をよじらせるが、爪は深く食い込むばかりである。


 寄生体は体を引き裂きながら強引に口を開くとフクロウの足に噛みつく。思わぬ反撃に今度はフクロウは慌てるが、活きのいい獲物は痛めつけてやろうと足を振り寄生体を地上へと落下させる。


 フクロウは獲物を見失わないように寄生体を降下しながら追い、寄生体はこの状況をどう切り抜けようか思考を加速させる。


 空気を蹴って宙を走る、そんな生物がこの世にはいることを知る者は少ない。空気を蹴る度に火の足跡が一瞬だけ残り、火の粉が地上へ散っていく。

 空を跳躍し華麗に駆ける獣は高速で下降するフクロウを一瞬で追い抜き寄生体に燃える爪を振るう。


 宙に三本の真っ赤な線が引かれ獣が目にも止まらぬ速度で走り去った後、寄生体はこの世から消え去り、獲物を失ったフクロウの脚が空を切る。


 急降下から滑空へと変え木の枝に着地したフクロウは、何が起きたか理解出来ずに大きな頭を捻ってしまう。



 ***



 夜空を駆ける獣は大きな木の幹に降りると綺麗お座りをして夜空を見上げる。

 星の瞬く静かな夜空を青い体に赤い模様の入った派手な翼を広げ、一羽の鳥が滑空してくると獣の隣へと着地する。


「あーあーテス、テスっす。うん、電波良好っすね」


「電波? 機械的なものなのか?」


「比喩っすよ。実際は私の念がビビっと送られてるっす」


「ますますもって意味が分からん」


 オルドから聞こえてくる女神シルマの声に、シュナイダーがフンと鼻を鳴らして答える。


「それよりも毎晩一人で熱心なことっす。寄生する前に倒せばいいってのは誰しもが考えることっすけど、見つけ出すのは至難っすからね。町のペットたち、野生の動物たちまで協力を得て見つけ出して行くのはさすがワンちゃんってところっす」


 オルドがぐるぐる目玉をシュナイダーに向け、翼をくの字に折り肘のようにしてシュナイダーの腰辺りを突っつく。


「やるじゃねえかお前」みたいな態度を取るオルドをシュナイダーが見下ろすと、獣を前にしたフライドチキンの如く固まってしまう。

 野生の上下関係は神の眷属と言えども抗えないと悟ったオルドは、ぐるぐる目玉をキョドらせる。


「ここまで捜索範囲を拡大するのに随分と時間が掛かってしまった。もっと早ければ防げた被害もあったかもしれん」


「謙虚なお言葉っす。ここまでの成果を考えたら十分過ぎるほど早いペースで寄生体を倒してるっすけど、なんだか生き急ぐような言い方するっすね」


 オルドはシルマの意図を伝えるために、キョドらせていた目玉を震わせながらシュナイダーへ向ける。


「まあな。今がオレの力のピークだろうし、早めに片をつけれるならつけておきたい」


「なるほど犬の寿命は短いっすからね。今四歳なら人では三十二、三ってとこっすか。う~んアスリートとして考えれば肉体的にはピーク越え近いかもしれないっすね」


 オルドが目をぐるぐるさせてシュナイダーを見つめる。


「なにか言いたそうだな」


「いや~普通に三十過ぎのおっさんが女子高生や中学生ぐらいの子にペロペロさせてくれって、逮捕案件意外の何ものでもないと思っただけっす。変態っすね」


 のんびり言うシルマの声に対して、シュナイダーに睨まれたオルドはバサバサと翼を口元で振って、自分の発言じゃないアピールをする。


「男は何歳になっても変態だ。そしてそれはオレの生き甲斐であり曲げれぬ信念でもある」


 そう言って鋭い牙を見せつけるように笑うシュナイダーに対して、オルドがビクビクしながらため息をつくような素振りを見せる。


「本当に懲りない男っすね。でもまあ、そう言いつつ寝る間も惜しんで裏で寄生体を倒し、さらに裏でコッソリと可愛い子と浮気しちゃってスミにおけないっすね。

 そういうとこも詩たちに言えばもっと扱いもよくなって可愛がってもらえるんじゃないっすか?」


「ふん、どこまでも知ってるのはさすが女神言ったところか」


「どやっ! っす」


 翼を組み胸を張ってドヤ顔のオルドを見てシュナイダーが鼻を鳴らす。


「まあ、オレはこのままでいいさ。それよりも倒すべき相手は後どれくらいいる」


 シュナイダーの問いに対しオルドが大きく翼を広げる。


「女神はどの生き物に対しても中立でならなければいけないっすから教えれないっす。と冷たく言い放ちたいところっすけど徳を積む変態は嫌いじゃないっすよ」


 オルドが身を屈め枝から飛び降りると翼を羽ばたかせ体を浮かせる。


「上級種はコストが悪いっす。一匹に見えて数匹使って巨大化を可能にしてるみたいっすね。でもニョロニョロと増える手段も得たような感じっすかね」


 バサバサと羽ばたいてオルドが宙にホバリング状態で浮く。ずんぐりむっくりな体でホバリングできるような体形に見えないが浮いていられるのは、さすが眷属といったところかとシュナイダーが変なところで感心していると、オルドがヨダレをまき散らしながらくちばしを大きく開く。


「組み合わせ次第っすけど百!」


「は? ちょと待てそんなにいたか? 前にもう一人の女神が言ってた数と随分違うぞ」


「仕方ないっす。ブンブンって増えちゃったっす」


「増えただと?」


「まっ、どうにかなるっすよ。そうそう、スピカから詩に伝言があったっす。前に預けた子をそろそろ馴染ませたいからよろしくね! だそうっす」


「よろしくね!」に合わせウインクをするオルドに若干イラっとしたシュナイダーが牙を見せるとオルドはバサバサと羽ばたくが、どうやらホバリング中は飛んでいけないようで空中で溺れたようにもがいている。

 ホバリングの能力はオルドではなくシルマのものだと言うことが分かるが、今はそんなことはどうでもいいとシュナイダーがオルドをにらむ。


「まっ、本体を叩けば大丈夫っす。それよりも裏でカサカサしてるのに注意するっす。早く引っ張りだしてあげるっす」


 バサバサともがくオルドがぐるぐる目玉を更に大きく開くと、体が自由になったようでホバリングをやめ上昇を始める。


「んじゃぁ変態さんファイットっす!」


 それだけ言葉を残し全速力で飛んで、あっという間に小さくなってしまうオルドの姿を見送ったシュナイダーは静かに目をつぶり夜風に毛をなびかせる。

 そしてゆっくりと目を開くとふんと鼻を鳴らす。


「変態さんがんばろっと」


 シュナイダーは木の幹から飛び降り一瞬で暗闇に消えて行く。

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