第276話:運転免許も一緒に取り込んだので問題ありません
いつものスーパーでいつもの買い物した帰り道。いつもと変わらない日々を壊すのは突然落ちてくる。
そう誰が悪いわけでもない。予想だにしないことは突然起こるから予想出来ないわけで、車を運転している女性が、これから自分の身に降りかかることなど知るよしもないのである。
ビルを伝い、薄く大きな羽を広げ滑空しながら移動する蚊は眼下に走る車の群れを見つけると、走る一台の黒い車目掛け降りて行く。
それは奇しくも先ほどの女性の乗っていた車。たまたまショッピングを楽しんだ帰りにそこを走り、それが蚊の好む黒い車であったことで望まぬ奇跡はそれだけで起こる。
蚊は六本の脚を広げ車体を包み込むように着地すると、両サイドの窓を派手に割りながら脚を車内へ入れしがみつく。
そしてルーフに鋭く尖った口を突き立てぶち抜くと、中で悲鳴を上げる女性の頭部へ突き立てる。
本来蚊は突き刺した口から吸血行為を行うが、今回は自身の進化の糧にする為、相手を書き換える情報を送り込む。
皮膚が避けた間から、どす黒い液体をこぼしながら体を作り変えられた
蚊の一部となった人形は生前の記憶から、手でハンドルを、足でペダルを踏むと急加速し車と車の間を駆け抜ける。
慣らし運転が終わったと言わんばかりに、スキュール音を立て一八○度旋回すると逆走状態で、走ってくる車に向かって車体を走らせる。
阿鼻叫喚、まさにその言葉が当てはまる惨劇の始まり。逆走車の出現だけでもパニックになるのに、それが蚊の化物が取り付いている異形の姿をしていれば尚更である。
蚊はブンブンとアクセルを吹かすと、戸惑い混乱する車たちに向かって突進する。
衝突された車は衝撃で吹き飛び横転しながら他の車に衝突する。
衝撃を受けたのは蚊の方も同じで、フロンとがへこみタイヤがバーストし煙を上げる。ついでに車内ではエアバッグが展開され、中の人形の臓器を守ってくれている。
自らの体を綻ばせ、車体やタイヤに絡ませ部品として補完する。
再び突進、別の車が吹き飛びガードレールを突き破り真下の道路へと転落する。
今度はへこまないボディと、体内の臓器を守るエアバッグを模した部位も再現できたことが嬉しかったのかアクセルを吹かしエンジンの音を響かせる。
三度目の突進、三度転がった車が道路から落ち下の建物へ突き刺さる。
ぼぼぼぼっと煙を吐く蚊はどこか不満気な色を目に写す。
それは自分を見て恐怖で逃げた人が乗り捨てた動かない車への不満なのか、張り合いがないと八つ当たり気味に車に近付くと脚を伸ばし、ちゃぶ台をひっくり返すように車をすくい上げる。
回転しながら宙を舞った車が他の車たちの真上に落ち、派手な音を立てやがて黒煙が上がる。
黒煙を上げる車たちを見て少し気が晴れたのか、エンジンを軽やかに吹かす蚊だが、突然ピタリと止まり動かなくなる。頭にある触角だけがゆらゆらと動き何やら辺りを探る素振りを見せる。
そして人の耳にも聞こえる激しいエンジン音。それも複数の音たちが蚊のいる場所へと近付いて来る。
それらは騒音から爆音へと変わり、人々の悲鳴と破壊音も引っ提げてやってくる。
揺れていた蚊の触角がピンと張ると同時に渋滞していた車を押し退けやって来たのは、別の蚊たちが乗っ取った車の群れ。
軽自動車からスポーツタイプまで様々なラインナップの車たちは、それぞれのエンジン音を奏でまるで話し合っているかのように互いに向き合う。
そして何かの切っ掛けで示し合わせたかのように、一斉にエンジンを吹かし爆音を上げると皆が同じ方向へ向かって走り始める。
他の車を押し退け、建物を破壊し、人を引きながら互いに抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り返す蚊による死のレースに巻き込まれまいと人々は逃げ回る。
わざとぶつかり破壊をするヤツもいれば、ただただ前へ前へとスピードを追い求め走る者もいるカオスなレースを止めるべくサイレンを鳴らしやってきたパトカー。
警察も自分たちが出て来たところでこの暴走を止めれないのは分かっている。それでも暴走に巻き込まれる人たちが逃げればと勇んでやってきたわけだが、ルーフの上をピカピカ光らせ派手な音を鳴らすそんな楽しそうな
ルーフの上にドスンと舞い降りた巨大な蚊は足を車内に突っ込みしがみつくと、鋭い口をルーフ越しに運転をしていた警官に突き刺し人形型の臓器に作り変えると、ついでに助手席に乗る警察官も取り込んでしまう。
そしてお腹の下でピカピカ、サイレンをご機嫌に鳴らす蚊の怪獣に寄生されたパトカーが完成する。
エンジン音に加えサイレンを鳴らし、さらに体の内側からピカピカ光るゲーミングで未来的仲間の登場に、他の蚊たちも俺もあれにすればよかったと羨ましそうに爆音を上げつつ暴走を加速させる。
蚊たちの暴走に意味はあるのか? 意味を見出すとすれば人間という生物の殲滅。ヤッシーは理解している、希少種の討伐にこだわるよりも弱い種を先に絶滅させた方が効率がいいことを。だから
建物の上から蚊たちによるデッドヒートを満足そうに見下ろすヤッシーは、顎をゆっくりと動かし
一台の蚊がガードレールを破って歩道を爆走し、信号や標識などをなぎ倒し逃げまとう人々を追いかける。
わざと周囲の物を破壊しつつスピードを殺して走るのは、逃げまとう人たちが泣き叫ぶ様を楽しんでいるからに違いない。追いつきそうになると時々スピードを落としてあげる鬼畜っぷりに逃げるのを諦めると、問答無用で引かれ逃げる獲物に向かっていく。
世の中走れる人ばかりではない、年をとり杖をつくことは自然なことで安全に歩けるようにと舗装され、ガードレールで守られた歩道を歩くことは安心感を得ること出来る。
だがガードレールに囲まれ、逃げ場のない歩道の中を悪意を持って爆走する蚊に目をつけらたならば、そこは絶望の閉鎖空間となってしまう。逃げ場のない場所で杖をつく年老いた女性は必死に逃げる。
わざと目の前で止まっては下がって反応を楽しむ、エンジンを何度もふかし音で威嚇した蚊はとどめの一撃だと一際大きなエンジン音を上げると、タイヤは煙を上げながらホイルスピンをさせ車体を前のめりにして発進する。
「うりゃりゃりゃあーー!!」
ゴムの焼けた焦げ臭いを残し華麗なるゼロヨンスタートを追い抜く声の主は、自転車のペダルを高速で漕ぎ縁石の端にタイヤをかけ空中に飛び上がる。空中で身を投げサドルに雪駄を付け踏み台にして更に高く飛び上がると、手に持った刀を歩道に突き刺す。
「雷!」
空中で叫んだ猫のお面を被った巫女衣装の少女こと、猫巫女の右手に繋がるワイヤーから魔力を得た刀が雷鳴を轟かせワイヤーを伝い斜め上に電流を走らせる。
昇る電流にフロントを浮かされ前輪を空回りさせる蚊の首を、朧の鋭い刃が滑らかに沿うと胴体と首が切り離される。
「っとおばあちゃん大丈夫?」
「あぁ大丈夫、ありがとう。おや? あんた見たことある。そうそうネコさんだったかね?」
「あ、いえ。ネコ巫女です」
「ああ、巫女さんだったかね」
「うん、巫女でいいです」
助けたおばあちゃんとの会話でネコ巫女の認知の為、まだピーアールが必要だと痛感する自称宇宙人のネコ巫女さんなのであった。
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