耳もとでブンブン、地上でブンブン
第274話:まぜまぜ
前回の戦いで姿を晒し、シュナイダーとエーヴァに目撃された彼の存在は詩たちの知るとことなる。
名を『ヤッシー』、シュナイダーがミミズの宇宙獣を
そんな風に呼ばれていることなど知らずにヤッシーはヤシの実のような丸みを帯びた体を振りながら、長い脚で器用に土を掘ると中から金属味を感じさせる塊が出てくる。
塊に人には聞こえない周波数の甲高い声で囁くと、ドロリと飴のように溶け中から白く細長い寄生体が出てくる。
ヤッシーは長い蟹脚で寄生体を摘まんでそのまま大きな池にやってくる。
池と言ってもそれは人工的に作られ、真ん中にはかつて噴水であったであろうオブジェがそびえ立つ。
朽ちた小さな小屋に『お魚えさ 100円』の掠れた文字が見える。
周囲には人気はまったくないそこは、山のふもとに作られた遊園地の跡地。
かつては賑わっていたであろう遊具は今はただ、崩壊するのを今か今かと待ちわびる金属の塊でしかない。
池に溜まった雨水は濁り、近づけば異臭を放つがこんな場所にも生命は息吹き、命の花を咲かせる。
ヤシの実が持っていた寄生体に金切り声で囁きそのまま水へと投げ入れる。
寄生体エールピエス
メリットとしては、小さな生物の持つ力を巨大化させることが出来る。そして自らの生体情報を持った寄生体を生み出し模写した生物を増やせることが最大のメリットだと言える。
デメリットは他の寄生体よりも力弱い個体が生まれる確率が高く、増殖を繰り返す度に体の弱い変異体が生まれる可能性がある。
過去においては、詩たちがウージャスと呼んだゴキブリを主としたものが一番の成功例であり、他のカナブンやカマキリ等は失敗例と言えるかもしれない。
水の中に落とされた寄生体は濁った水の中を元気に跳ねて泳ぐ生物を吸い込み、体内へ取り込む。
そしてこの生命体が持つ生命体情報を読み取った後、自分なりに解釈しアレンジを施した生体を生み出す為に口から糸を吐くと、自らを白い繭に閉じ込める。
すぐにその繭にヒビが入り、裂け目から飛び出してきたのは一四○センチ程度のボウフラ。
ボウフラ、いわゆる蚊の幼虫である。濁った水の中を元気に泳ぐ姿にヤッシーは顎をご機嫌にカチカチ鳴らす。
でもここで終わりではないと体の隙間から取り出したのは別の寄生体。そのタイミングで地面が揺れると土が盛上り、地底から巨大ミミズのミミッシュが顔の先を出す。
ヤッシーに巨体を寄せると、蟹脚で撫でてもらい嬉しそうに身を捩る。
ミミッシュの顎だかどこか分からない部分を足先で突っつくと、ぷるぷる震え頭を剥いて内部を露出させ、体内から前回ヴァロトン戦で回収したゲジゲジを吐き出す。
ベトベトの粘液に包まれたゲジゲジは、既に事切れているのかピクリとも動かない。黒い羽根で出来た体に蟹脚を突き立て中から小さな寄生体を取り出す。
寄生体と言っても頭と口の部分しかない、いびつな形をしたそれはヴァロトンの体から離れる際に与えられた本体のカケラ。
これはエールピエス
自身を増殖させ寄生の拡大を行うが、主である本体が死ぬと分裂体も同時に死んでしまうこと、互いの声が届く範囲でないと生命維持が出来ない欠点がある。
ヴァロトンの場合自身の体内で増殖させ、羽根に分裂体を分け飛ばすことでゲジゲジの群れを生み出していたわけである。
そのエールピエスβを脚に持っていた寄生体に食べさせる。もしゃもしゃと元気に食べる寄生体はエールピエス
αがβを食べ人間を取り込む術を得る。そしてその個体を水の中で元気に泳ぐγのボウフラに投げると、αはボウフラの体内に侵入しγの本体を食い寄生し新たな支配者となる。
体内で暴れる寄生同士の争いに痙攣していたボウフラは、新たな寄生主を得て再び元気に水の中を泳ぎ始める。
中級種が行った寄生体の食い合いは完成した能力の取り合いであり、それゆえ自分の個体に合わない能力を得てしまうことがある。
だが今回ヤッシーが行った寄生体の作り変えは幼虫から作り変え、成虫へと進化させることで能力の安定化を図る。
寄生体の足りない部分を補って新たに生まれ寄生体。これを誰も知ることはないが、ヤッシーによってエールピエス
水中を泳ぐただのボウフラを補食し、体内で増やした寄生体に補食させると口から吐き出すと吐き出された寄生体は繭を作り、新たなボウフラを生み出す。
倍々に増えていくボウフラの一匹を捕らえ自分の脚先でビチビチ跳ねる姿を一頻り眺めた後ヤッシーは、ボウフラの皮膚に顎を立て食い破ると中にいる寄生体を取り出す。そのまま鋭い顎で寄生体の頭を砕き体内へと誘う。
新たな生態データーを取り込んだヤッシーは顎をカチカチ鳴らしご機嫌に笑うと、水の中で増えるボウフラを見て首から満足そうな軋み音を立てる。
まぜまぜの成功は宇宙獣の脅威を、人の混乱をより一層大きくすることとなるのだった。
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