糸の町

第172話:最後の夜

 二人の若い男が夜道を歩く。


 酔っているのか千鳥足で歩く二人は、時々肩をぶつけながら人通りの少ない道を楽しそうに話ながら歩く。


「喉乾かね? 炭酸飲みてえ、炭酸!」


「先にコンビニあるから寄って行こうぜ」


 短い会話を交わし、フラフラとコンビニへたどり着いた二人は、自動ドアの前に立つがドアが僅かしか開かない。


「あん? 閉まってんのか?」


「んなわけねえだろ。コンビニだぞ、コンビニ。電気ついてるし、車もあるから開いてるだろ」


 人が通るには少し狭い隙間から店内を覗き込む。

 酔って霞む視界に目を凝らして店内を眺めると、弁当やパンが床に散乱し、一部の棚が傾いているのが見える。


「地震あったっけ?」


「なに言ってんだお前? 早く入ろうぜ」


 僅かに開いたドアに手を掛け無理矢理開けようとしたとき、その隙間の下から突然手が飛び出して男性の足に触れる。


「お願い助けて! ここから出して!」


 二人が下を覗くと、コンビニの制服を着た女性が這いつくばって、涙ながら声を殺し必死に訴えてくる。


 酔いで頭の回らない二人がその様子を呆然と見つめる中、突然女性の足に白い糸が絡む。


「い、いやっ!? 助けて!」


 悲鳴を上げたと同時にガクンッと女性の体が揺れ、ズルズルと床を引きずられると天井に向かって引っ張り上げられていく。


 その動きに合わせ二人も上へと視線を移していく。


 天井には、白い糸で体を巻かれ貼り付けられる人たちがいた。

 皆白目で口から唾液を垂らすが、まだ生きているのか小刻みに動き、時々ビクビクと激しく痙攣している。


 そして先程引っ張られ天井に貼り付けられもがく女性の元に、人より一回りは大きい蜘蛛が天井を這って来て女性の首筋に牙を立てる。

 女性は短く小さな悲鳴を上げた後すぐにだらっと手足を投げ、痙攣を始める。


「な、なんだあれ!」


「し、知るかよ!」


 一気に酔いの覚めた二人が互いに向き合って叫びドアから離れようとしたとき、片方の男の腕に白い糸が絡み付く。


 そのまま引っ張られ、ドアに激しく体をぶつける男。

 もう一人はドアに引っ掛かる男を引っ張るが物凄い力で引っ張られているのかビクともしない。


「痛い、いてえよ!」


 ドアにぶつかったまま引っ張られる男は泣きながら痛みを訴える。

 もう一人が男の腕を見るとTシャツの肩に血が滲んでいるのが見えた。


「ま、待ってろ、警察、警察呼んでくるから、なっ、待っててくれ。すぐ帰ってくるから」


 それだけ言うと返事も聞かずに走り去る男。直後、後ろからバンッ! と鈍い音とガラスの割れる音が響く。


 よく知る声の悲鳴と共に。


 悲鳴は聞こえたが振り返ることもせずただがむしゃらに走って、交番へ助けを求める。

 急激に走ってアルコールが巡った体を引きずりながら交番の扉を開ける。


 明かりはついているが交番の中はとても静かで、シーンと耳に響く音がうるさく感じる。


「す、すいません、誰かいませんか?」


 交番のカウンターに手をついて、身を乗りだし中を覗き込む。


 人の気配はなく返事は返ってこない。


 男の返事の代わりとでもいうように、男の首にヒンヤリした何かが触れると、激しく視界が揺れ背中と頭をぶつけ一瞬意識を失う。


 ゆっくり視力が戻り、視界が明るくなると先程までいた交番のカウンターが真下に見える。

 手も足も頭も動かず、唯一動く目玉を目一杯動かし何が起きたのか確認する。


 時々視界に時々入る白く細い糸が、ヒラヒラと風にたなびく。眼球を真横に向けたとき視界の端に警官の服を着た人がうめき声を上げながら天井に張り付いているのが見えた。


 このときコンビニで見た光景が頭を過り、おおよそのことは理解できた。だが、それだけである。


 ガサガサッ


 天井に響く小さな振動。


 そして自分の体に何かが覆い被さる。


 赤い目玉が八つ近付いてきて、首に痛みを感じると男は体から力が抜けぐったりとする。

 ぼやける視界とぼんやりする思考。ぼんやりする思考の中でなんとなく思い浮かぶ疑問。


 この状態はいつまで続くのだろうか?


 男がこの疑問の答えを知るのは当分先のことになる。保存食として鮮度を保つため殺さずギリギリで保管されていることなど、今の蜘蛛の毒で鈍った思考で理解できるわけなどないのだから。



 * * *



「少し遠いですがごらんいただけますでしょうか? 白い布のようなものが町を覆っている異様な光景が。

 あちらの細蟹町ささがにちょうは一夜にして白い布に覆われてしまったのです。

 あれがなんなのか? 今現地調査が行われているところです。


 そして住民との連絡は一切取れず安否が確認できない状態です。


 私たちも、もっと近くでお伝えしたいのですが、規制が敷かれていますのでこれ以上近づくことが出来ません。


 また情報が入り次第お送りしたいと思います。


 以上現場からでした」


 喋り終えた後もカメラを見つめていた女性レポーターは、合図を出されると頭を下げて、大きく息を吐く。


「おつかれさん」


「お疲れ様です」


 女性レポーターは機材を持った人たちとあいさつを交わし、数人が集まると遠くにある白い布に覆われた町を眺める。


「なんなんですかねあれ?」


「さあ、ただ最近世間を騒がせてる怪物が関係してるんじゃないかって噂だ。

 この間OSJにも怪物が出たって聞いたけど。なんでも写真とか撮れないし電話も出来なくなるらしい。機械が全く動かなくなるんだってよ」


「だからヘリも飛ばせず、こんな遠くからしか撮影できないってわけです?」


「多分な。警察から詳しい説明ないから推測だけど」


「そう言えばもう一つの噂知ってます?」


 女性レポーターの言葉に皆が注目する。


「その化け物を倒す人たちがいるって噂」

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