第77話:図る者

 坂口、小椋コンビを置いて、建物の屋根に上った私が進んで行くと、カーブミラーを豪快に振り回す、銀髪で黒いワンピースを着た子が目に入る。


 まあ、屋根の上でそんなことする人、1人しか知らないけど。


 エーヴァは、デカイゴキブリの腹をカーブミラーで突き、そのまま振り上げると、後ろにひっくり返えす。

 ひっくり返って、手足をバタバタしているところへ、カーブミラーを振り下ろし、頭部を叩き潰す。その衝撃は凄まじく、屋根ごとぶち抜きエーヴァとデカイゴキブリは下に落ちていく。


 できた穴を覗くと、デカイゴキブリの腹部に刺さるカーブミラーの支柱に立つ、エーヴァが見える。

 エーヴァがフルートの演奏を始めると、デカイゴキブリは体全身を震えさせ始め、ジタバタしてた手足をゆっくり開いて、やがて動かなくなる。

 それを見届けて、私は下に飛び降りエーヴァに話しかける。


「エーヴァも来てたんだ」


「なんだお前!? ってその声、詩か?」


 巫女姿でネコのお面を被っている私にエーヴァが驚く。そういえばこの格好で会うのは初めてか。


「一応、身バレしたくないしさ。エーヴァもやったら?」


「コスプレだっけか? あんま興味ないなあ」


 そんなことを言っているエーヴァだが、既に美心にロックオンされていること、は黙っておこう。

 楽しみは後にとっておいた方が良いであろう。


「おい、またきたぜ。とっとと、倒そうぜ」


「デカイゴキブリまだいるんだぁ、やだなー」


「なんだデカイゴキブリって?」


 エーヴァの問いに答える前に、デカイゴキブリは上から滑空して、突っ込んで来るので、2人が向き合った状態で後ろに下がって避けると、そのまま互いが蹴って挟み込む。


 エーヴァがさっきのデカイゴキブリに刺さっているカーブミラーを引き抜くと、腹部に向かってフルスイングする。

 デカイゴキブリは壁に吹き飛ばされ、激しく叩きつけられバウンドする、そこを私が剣を投げ頭部に突き刺し壁に張り付ける。

 追撃でエーヴァがナイフを投げ体の至るところに突き刺すと、フルートの演奏がデカイゴキブリを痙攣させ絶命させる。


「あたしがさっきコイツらの名前、ウージャスって名前つけたんだけど、それで統一しようぜ」


「なに? ゴージャス? そんなイメージないけどエーヴァにはそう見えるんだ。へぇ~」


「お前今から本気で砕きにかかるがいいか?」


 カーブミラーを持つエーヴァの手に力が入る。


「お、怒らない。ほら、感性は人それぞれだからねっ」


「ねっ、じゃねえ。『ウ』な! どう聞いても『ゴ』には聞こえないだろ。詩、お前ワザとやっているだろ」


「ウ? ウージャス? なんか馴染みない言葉だね。便宜上呼ぶだけだからゴッキンとかでも良いんだけど、名前だけでも嫌なイメージから離れたいから、ウージャスで決定!」


 へへって、笑う私を訝しげな表情で、睨むエーヴァ。そんな私たちの前に上から軽やかに降りてくるのは、シュナイダーだ。


「魔力を感じたが、エーヴァもいたか。

 オレの方は手当たり次第倒してはみたが、手応えを感じない。詩たちはどうだ?」


「私は今の合わせて3匹出会ったけど、まだなにも分かんない」


「あたしは今の合わせたら5匹だな。同じくなにも分からねえな」


 私たち3人は悩む。ウージャスを捕まえて聞くわけにもいかない。

 あっちが出現したところを駆けつけ、討伐する方法を取るしかないのが現状っぽい。そう考えるのは皆同じらしい。


「結局のとこ、あいつらの考えが分からないとあたしらも動けねえってことだろ。

 なら後手は後手なりに、素早く動く方法を考えるしかねえってことだ」


「まあね、あとは情報を蓄積して行動パターンとか見えてくればいいんだけど」


「ん? あっちの方から焦げ臭い臭いがするな。なにかビニールが燃えるような臭い」


 会話の途中でシュナイダーが鼻をヒクヒクさせ、言うのでその方向を見るが、別に何も見えない。

 だが、犬の外見通り、ここで一番鼻が利くシュナイダーに従い、3人で焦げ臭い臭いの方へ移動を開始する。



 * * *



 詩たちが戦闘中、薄暗い地下のジメジメした場所に、ウージャスと名付けられたソイツは鎮座していた。

 他の個体と違い、体に小さなトゲが生えているそいつの前に普通のウージャスが1体やって来ると、トゲのあるウージャスの胸を突然貫く。


 触覚を揺らし沈黙が続く。やがて大きく口を開き、触手を伸ばし、突き刺しているウージャスの傷口から体内に、触手の一部を送り込む。


 触手を送り込まれたウージャスは、激しく痙攣しながら体を変化させ始める。

 4本ある腕の手先は、4本に分かれ、人間の指のような形状をとる。足は太く2足歩行に適した形を形成していく。

 そして体の前側の表面を変化させ、固い鎧のような皮膚を纏う。


 トゲのあるウージャスはその姿を見ると口から出していた触手を噛みちぎる。

 5本ほどちぎれた触手が床に落ち、うごめく。

 手に持っていたゴキブリを投げると触手は這いずり近付きゴキブリを補食する。

 しばらくして、体全体から糸状のものを吹き出し、やがて大きな繭を作る。


 繭の中にはまだ小さいが、ウージャスの形が形成され、時々ビクビクッと体を震わせる。


 それを満足そうに見ていたトゲのウージャスは、先程突き刺し変化したウージャスに、行けとでもいうように顎で指図する。

 変化したウージャスは地上へ向かって歩いていく。



 * * *



 鞘野哲夫さやのてつおは、詩の父方の祖父である。彼は鉄を加工する小さな町工場まちこうばを経営していて、彼の作るものは精巧で信頼も高いことから大手メーカーにも納品している。


 この間の突然の停電で、納品は遅れ、加工中の部品もいくつかダメになったので、その後始末に追われていた。


「これもダメじゃな。コイツもか」


 電力が復旧したことで従業員が帰った後も、遅くまで片付けをする哲夫は少し離れた繁華街で事件が起きていることなど知らずにいた。


 仕分けをしながら机にあるパソコンを見る。在庫の管理をするため、今調べた使える物の数を打ち込むと、明日の作業がスムーズになるのは分かっている。分かっているがパソコンは苦手である。


 日頃若い者になんでも積極的にやれと言っている手前、自分が率先してやらねばと意を決してパソコンの前に、ドカッと座りマウスを握り締める。

 在庫の管理台帳のファイルを開いたそのときだった、画面にノイズが走りプツンと消えて真っ暗になってしまう。


「な、なんじゃ!? なんかやってもうたか?」


 焦る哲夫がパソコンの画面の上を軽く叩く。そのときだった


 ぎゃああぁぁぁ! 


 突如聞こえる叫び声。辺りを見回すとさっきまでつけていたラジオが、いつの間にか消えて、不気味なほど静かになっていることに気が付く。

 突如やって来た静寂に、生唾を飲み込みながら懐中電灯と、近くに置いてあった鉄の棒を手に取る。


 ドスッ ドスッと重い足音を響かせ窓から覗いた詩たちがウージャスと呼んでいるものと目が合う。

 目の前に現れたものが、なにかは分からない。ただ自分の命に危険が迫っているのは相手が手に持つ、鉄のバットから滴る赤い液体を見て分かった。

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