第69話:演奏会 オープニングアクト
尻尾が頭に、腹が背中に、4本の足は関節を逆に曲げる。そんな元の姿を忘れそうな姿になったタヌートを前に、フルートの演奏を始めるエーヴァ。
低い音が中心の
「『響き渡る足音』わたくしの演奏聴いて頂き、感謝いたしますわ」
ちょこんと優雅にお辞儀し、微笑を見せる。その周囲には五線譜の入った泡が、森の木々の間に連なり広がっている。
私たちの強さは魔力量で決まるものではなく、創意工夫で強くなれる。だが単純に魔力量が多いのは強みである。
目の前にいるエーヴァの魔力量はおそらく、私やシュナイダーより上だ。この泡から感じる力強い魔力が、それを物語っている。
お辞儀をするエーヴァに、タヌートは尻尾にできた口を大きく開き、同じく尻尾にある目がニタリと笑う。
迫るタヌートの口を前にし、
この杭、神社所有の樹齢500年の杉の木を囲っているものである。
なぜ分かるかって? だってチェーンの付いた杭に囲まれた木の前に、そう書いて説明してある看板が立っているもの。
チェーンを引きちぎり、手に持つ杭を低く力強い調べが響く中、迫る口に向かってエーヴァは杭を振り上げる。
見た目は尻尾なのだが、その顎下から振り上げられた杭によって、無理矢理口は閉ざされ歯がぶつかり、砕け散る歯の破片が宙に散るなか、真横にフルスイング。
尻尾の付け根部分に当たった、杭によって吹き飛ばされ、地面を転がるタヌートの腹下からすくうように蹴り上げ、宙に浮かんだタヌートを杭による乱打が襲いかかる。
「なんだあれは……あのお嬢さんの攻撃の威力、段々上がってないか?」
「あの旋律が関係してるんだろうけど、正直タヌートが哀れに思えるぐらいボコボコね」
「タヌート? なんだそれは」
「さっき私が名付けた」
シュナイダーと会話しながらも、2人の視線はエーヴァの方を向いている。
エーヴァは私より背が低く腕も細い。そんなエーヴァが、嬉々と目を輝かせ自分と同じくらいの大きさの杭で、化け物を撲殺するその姿に恐怖を感じてしまう。
見た目に反してなんというパワーなのだろうか、泡が弾ける度に杭の威力が増し、殴られるタヌートの骨格は最早、原型を保っていないだろう。
エーヴァが杭を真上に投げ、地面に倒れるタヌートの頭を踏みつけバク宙し、落ちてきた杭の頭に着地してそのまま下の尖った部分を体に突き立て、地面に縫い付ける。
「熊ヤロウもそうだったが、内部を壊さないと音が止まないんだろお前もな! 『震える鼓動』これで終いだ! 地獄へ落ちな!!」
エーヴァがフルートの演奏を始める。短く太い音の旋律は大きく空気を震わせる。
杭が振動しバンッと破裂音が響き、タヌートが大きく跳ねると、今だ残る振動で小刻みに震えるそれに、生命の力は感じられない。
エーヴァは杭の上に立ち、優雅にスカートを摘まんでお辞儀をする。
「わたくしの演奏会の前座ご苦労様でしたわ。ここからが本番ですわよ、詩」
さっきまでの姿が嘘のように、穏やかな雰囲気を身に纏い私を見るエーヴァ。時折見せる潰されそうなほど攻撃的な威圧感。
空気が震える振動と、この魔力の感じ……
「イリーナ・ヴェベール……」
その名前に驚くシュナイダーと、ニタアっと笑うエーヴァ。
「正解だ。覚えていてくれて嬉しいねえ」
「あんたみたいなの、忘れたくても忘れられないでしょ。たくぅ、転生してまで勝負を挑んでくるって、頭おかしいんじゃない?」
丁度そのときこっちに向かって走ってくる人影が見える。緊張感走るこの空間に、似つかわしくない明るい感じでやった来たのは美心。
「はあ、はあ、間に合った? 詩たち速すぎだって。自転車借りてきたのになによ? あれ? 今から? あっ」
私たちの間に流れる空気を読んだのかちょっと慌てる美心。
「なんで美心が来てんの? 危ないよ」
「ごめん、ごめん、でもやっぱ気になるじゃん」
怒る私に息を切らしながら謝る美心は、あんまり悪びれた様子はない。
「詩のマネージャーなら来て然るべきではなくて。ちょうどいいわ、もう少し奥に行って広い場所を探しましょう」
エーヴァの提案で、皆がゾロゾロと場所を移動し始める。
ルンルン気分のエーヴァを先頭に、ちょっと緊張した私が続き、シュナイダーの背中に横を向いて座る美心。
美心に座られご満悦なシュナイダーの顔に腹が立つ。背中越しに2人の会話が聞こえてくる。
「ねえ? 結局誰だったの? 感動の再会になった?」
「イリーナ・ヴェベール、オレたちの世界では5星勇者といって英雄みたいなものだ。だがあの2人はことあるごとに暴れて、周囲に迷惑をかける喧嘩仲間でな」
「ふーん、喧嘩するほど仲が良いのかな?」
と、すごーく適当な説明をしてくれるシュナイダー。
ちょっかいかけてきたのはいつもあっちだからね。私はあんまり楽しんでなかったと思う……たぶん。
シュナイダーに迷惑だと言われ言い返したいが、前世においては間違いなく私の方が、迷惑をかけていたはずなので、文句が言えない。
目の前を歩くエーヴァの背中を見て、今からの戦いに不安を感じつつも、ちょっぴり高揚感を持っていることに気付く私は、土を踏みしめ歩くのだった。
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