075_ドライアド
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075_ドライアド
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この屋敷の中に居るのに、メイゾンが捕らえられない奴が居る。この屋敷内であれば俺でさえメイゾンから隠れるのは難しいのに、いったいどんな奴が屋敷に入り込んだのか。
メイゾンの先導で薬草園がある区画へと向かった。
その区画に入ってから、俺にも異質な気配が感じられるようになった。たしかに変な感じがする。今のところは悪意を感じないが、背中がぞわぞわする。
「殿下!」
サキノが俺を追いかけて来た。執務室に居なかったので、焦って探したようだ。
サキノが騒いだことで、薬草園の管理を任せているパッシオと妻のルル、それに娘のエンヴィが駆け寄ってきて平伏した。
パッシオたちを立たせて、変わったことが起きてないか聞いた。
「いえ、特に変わったことはありません。薬草はすくすくと育っていますし、病気にもなっていません」
薬草園には特に異常はない。であるならば、この気配はなんなのか。
俺は気配を探りつつ、薬草園に入っていく。気配がだんだん大きくなっているので、近づいているのだと思う。
この先は薬草というよりは樹木が植えられているエリアだ。どれも薬の素材になるものだ。
「むっ!? この感じは……?」
サキノが何かの気配に反応して、剣の柄に手をかけた。サキノもこの気配を感じ取ったのだろう。
パッシオたちは何が起こっているのか分かっていないようで、戸惑っている。
「殿下お下がりください」
「いや、この気配の正体が知りたい。向こうが仕かけてこない限り、仕かけるなよ」
「それは約束しかねます」
俺の命令よりも、俺の命が大事だとサキノは言う。俺の命令よりも大事なものがあるというのは、本来であれば懲罰ものだ。だが、こう言われては、素直にありがたいと思ってしまう。
前世の俺のそばにサキノのような者が居たら、俺はあんな死に方をしなかったのかもしれないな。
薬草園に植えてあるレミトルという木の向こうに、気配を感じる。
レミトルの葉は、腹痛や下痢などに効く薬になる。また、実は熱さましにもなるため、多く植えられている木だ。
そのレミトルの木の陰から、こちらを窺う子供の顔がある。七歳くらいの鮮やかな緑色の髪と瞳をした少女だ。
「なんでこんなところに子供が……?」
パッシオが呟くのが聞こえた。ここは帝城内にある俺の屋敷。子供が入り込める場所ではない。なのに、あの少女はここに居る。
「お前はなんだ?」
「殿下、お下がりを」
サキノが俺の前に出る。
だが、少女からは敵意を感じない。むしろ、怯えているように感じられる。
「サキノ。下がれ」
「それはできません」
「下がらないのであれば、威圧を止めろ」
「……承知しました」
サキノとしては、それが妥協点なのだろう。放っていた気を抑えた。
俺としては大人のサキノが目の前にいると、相手が見えないので邪魔としか言いようがない。
サキノの陰から顔を出してその少女を見る。緑色の髪の子供は俺と同じ人間に見えた。だが、何かが違う。何が違うと言うのだ?
魔力の質が俺たちとは何か違う。なんというか……そうか、メイゾンに似ているのだ。
注意深くそれを観察する。そこで気づいた。
「お前、妖精……いや、精霊か」
俺が問いかけると、その少女は頷いた。
サキノが「精霊」と呟くのが聞こえた。そのサキノを押しのけて、前に出る。サキノは危険だと言うが、俺はサキノを手で制した。
「大丈夫だ。こいつは植物の精霊―――ドライアドだ。こちらから危害を加えなければ、大人しい……はずだ」
「はず、ですか?」
俺だって精霊に遭遇したのはこれが初めてだから、よく分からん。ただし、書物ではドライアドは性格が大人しくて、人に危害を加えることは滅多にないとあったはずだ。
「俺たちは怖くないぞ。どうしてここに居るのか、教えてくれないか」
子供に言い聞かせるように、笑顔で優しく語りかけてみる。今の俺は九才の子供だ。中身がどうあれ、容姿は怖くないだろう。
だが、ドライアドはフルフルと顔を横に振った。俺たちをかなり警戒しているようだ。
「サキノが威圧していたから、かなり怖がられているじゃないか」
「そ、某のせいですか?」
「なんだよ、俺が怖がられているとでも言いたいのか」
「殿下の笑顔は見る者が見れば、恐ろしいものの代表格ですぞ」
「なっ……お前なぁ、こんな
「殿下を普通の幼気な子供と思ったことは、一度もございません」
言ってくれるじゃないか。だが、俺も胡散臭い笑顔なんだろうと、自分自身で思っている。
「かなり警戒されているようだから、話ができるようになるまで時間がかかりそうだ」
時間をかけて交流を深め、信頼を得ていくしかないな。
精霊は妖精が進化した姿だと言われている。そのため、妖精よりも力を持っているものが多い。
ちなみに、妖精はメイゾンのように人型をしているのは稀で、精霊になると人型になることが多いらしい。
メイゾンも元々は霞のような魔力の塊だったが、俺たちがこの屋敷に住むことになったことがきっかけで人型になっている。だから、何らかのきっかけがあれば、妖精でも人型になるのだろう。
俺は毎日薬草園に通って、ドライアドに語りかけた。一日毎に一歩近づく。そうやって徐々に距離を詰めた。
ドライアドと距離を詰めること一カ月。俺はやっとドライアドの声を聴くことができた。
「俺は怖くないぞ」
「やーっ」
やーって、なんだよ? 俺、拒否されたのか?
「美味しい果物があるぞ、食べるだろ?」
懐からアップルを取り出て差し出してみる。
俺の大好物のアップルだ。美味いんだぞ。
「むー」
考えてるな、よしよし、このまま押し切るぞ。
「ほら、こうやって……」
齧るとシャリッという音が耳に心地よい。
それにこの甘味! 爽やかな酸味! ははは。どうだ、美味しいぞ!
「やーっ」
くっ、俺の大好きなアップルでもダメなのか……。
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