065_ハマネスクに向けて

 


 艦隊を掌握するには人事を握るのが一番だが、それだけではダメだ。

 アルカイン軍務官房長を有効に働かせ、サボれば容赦なく切り捨てる構えを見せるのも一つの策。

 そしてピサロ中将の望む人物を参謀につけてやるのも一つの策。

 だが、これだけでは足りない。不足しているものを埋めるために、海に出て海軍の訓練を視察する。


 ピサロ中将やクラメル准将は、あくまでも戦略や戦術を考え艦隊の方針や作戦を決めるのが仕事だ。

 実際に艦隊を動かすのは、各船の船長になる。司令部(ピサロ中将)と実行部隊(船長)の関係性を見極める必要がある。


 さらに、俺と俺が連れてきた兵士たちが、船に慣れる必要がある。

 特に船に慣れていない兵士が船に乗ると、かなり高い確率で船酔いになる。

 船の操船は水夫たちがやってくれるが、連れてきた兵士たちを早いうちに船に慣れさせる必要があるのだ。


 俺がハマネスクに向かうまでに、ハマネスクだって準備するだろう。艦隊を再編し、こちらに対抗してくるはずだ。

 俺が連れてきた兵士は艦隊戦の後にあるであろう、上陸戦のための戦力。上陸戦をする以上、船に慣れる必要がある。

 船に慣れていないと、上陸した時に船酔いで役に立たないということになりかねない。そんな兵士は敵のいい的だ。

 幸い、ハマネスク周辺はあまり波が高くないらしい。内海になっていることが要因らしいが、それでも波はあるのでどうしても慣れないと船酔いになる。


 実際に海に出てみると、兵士たちの半数以上が船酔いになった。

 さすがにこれは多すぎだと思ったが、出てしまったものは仕方がないので今のうちに慣れさせるしかない。


 俺がパリマニスに到着してから、三日後。陸軍が到着した。一万五千の軍団だ。


「サージェ・アルバルト中将にございます。殿下」


 アルバルト中将は五十代の赤毛の優男。体の線も細く、屈強でなる陸軍の実戦軍団を預かる将軍にはとても見えない。

 まあ、人は見かけによらない。俺だって、はたから見たらクソガキだ。


「よくきた」


 言葉短くアルバルト中将を歓迎する。


「早速だが、中将が率いてきた兵は、船に慣れているか?」

「いえ、船には慣れておりません。よって、実際に船に乗せて慣れさせる必要がございます」

「ハマネスクへ出陣するのは、一カ月後だ。それまでに慣れさせろ」

「承知いたしました」


 昨日、船に乗ったが、俺も少し船酔いした。酷い者は吐きまくっていたが、こればかりは慣れるしかない。


 話は変わるが、皇太子の傷は塞がった。よって、帝都サーエレインに移送することになった。

 皇太子が引き連れてきた私兵およそ五千は、上陸戦でほぼ壊滅してしまったので、二百ほどの私兵に守られての帰還になった。

 だが、その私兵を殺したのは皇太子なのだから、文句は言えない。


 ▽▽▽


 二週間ほどが経過して、俺は船に慣れて船酔いしなくなった。

 そこで訓練の状況を確認するため、幹部たちを集めた。

 サキノ、ソーサー、アルカイン軍務官房長、ピサロ海軍中将、クラメル海軍准将、アルバルト陸軍中将、ベルバッファ男爵、バードン伯爵、他に海軍大佐が二名と陸軍大佐が一名。


「サキノ。余の私兵は船になれたか?」

「はい。船酔いする者はなくなりました」


 俺が連れてきた兵士たちは、この二週間の間、船で暮らしている。そのため、嫌でも船に慣れたようだ。


「アルバルト中将のほうはどうだ?」

「はっ。七割ほどが運用に耐えられます。残りの三割ほどが、まだ船酔いに苦しんでいますが、二週間後には間に合わせます」

「ほう、七割か」


 そこまでの数字になるとは思ってもいなかった。意外と良い状況だ。

 陸軍は元々パリマニスに駐屯していた兵士を合わせて二万になる。

 船に乗せて訓練できる兵数は、およそ五千ほどなので短期間に七割も運用に耐えられるようになったのは、予想外だ。

 船に慣れた兵士を集めたのもあるだろうが、アルバルト中将も優秀なのだろう。


「アルカイン。物資のほうは?」

「はっ。アビス編成本部長の助力もあり、問題なく。いつでも出陣できる状態です」

「艦船の補充はどの程度まで進んだ」

「あと一週間もあれば、戦力は二個半艦隊を揃えられます」

「うむ、よくやった。今後の働きにも期待するぞ」

「はっ! ありがたきお言葉にございます」


 アルカインは最初の恫喝が効いているようで、何よりだ。


「ピサロ中将。艦船が増えているが、運用に問題はないか?」

「二個半艦隊をしっかりと運用できるように、日々訓練を欠かしておりません。二週間後の出陣には間に合わせてみせます」

「頼もしい言葉だ。頼んだぞ」

「はっ!」


 他にこまごましたことを確認し、会議は終了。


 ▽▽▽


 出陣を二日後に控え、最終確認の会議を開く。


「アーデン軍に不安はございません」

「物資にも不安はございません」

「陸軍も船酔いする兵はございません」

「二個半艦隊の運用に、不安はございません」


 それぞれから報告を受け、俺は壁に貼り付けた海図の前に立つ。


「ハマネスクも艦隊を再編していることだろう。まずは、艦隊戦があることを考えるべきと思うが、皆の意見はどうか?」


 俺は速度を重視するが、だからと言って未熟な者たちを率いて海戦をするようなことはしない。

 精鋭がいるからこそ、速度があるのである。

 特に海戦に敗れたら簡単にパリマニスに帰還できるわけではないので、準備を怠るわけにはいかない。


「大将軍閣下の仰る通りと存じます」


 ピサロ中将が俺の意見を肯定すると、他の者も頷いた。


「ピサロ中将。ハマネスクへの進路を説明せよ」

「はっ」


 ハマネスクのことを一番知っているのは、ピサロ中将だ。だから、彼にどういった海路で進行するか考えさせておいた。


「パリマニスより東進し、ハマネスクのメルト港を目指すことになります」


 ピサロ中将は差し棒で海図をなぞっていく。

 パリマニスから南東にあるハマネスク。そのハマネスクの北側にあるメルト港を目指すと言う。


「メルト港は反乱軍が立てこもっている総督府から、距離があるようだが、何か理由が?」


 アルバルト中将が言うように、総督府のあるジャバラヌ港はメルト港から南にいかなければならない。


「このメルト港は、補給路の拠点になります。ここを確保しなければ、ジャバラヌ港を確保しても、補給が絶たれてしまいます。また、このメルト港から陸路でも総督府を目指すことができます」

「なるほど、承知した」

「まずは、メルト港を確保し、ここに拠点を構えます。その後、陸と海から総督府のあるジャバラヌ港を目指し、挟撃したいと存じます」

「意見はあるか? ……ないようなので、この作戦を実行する。出陣は二日後の日の出。皆、準備を怠るでないぞ」

「「「はっ!」」」


 

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