026_監獄騒動(二)
しばらく待つと、看守たちが続々と集まってきた。
百人くらいはいるな。その後ろでは暴徒と化した罪人たちが、俺たちに迫ってきている。
「全員ではありませんが、粗方は集まりました」
「そうか。なら、お前たちは下がっていろ」
「な、何をされるのですか?」
「この施設全体を麻痺の魔法で覆う」
「へ?」
副看守長は呆けた。普通ならそんなことはできないが、俺にはそれができる。
「清浄なるなる水の大神よ、漆黒なる闇の大神よ、我は魔を追い求める者なり、我は水と闇を求める者なり、我は水と闇を操る者なり、我は水と闇を内に秘めし者なり、我が魔を捧げ奉る。我が求めるは全てを押さえつける力なり。我に力を与えたまえ。エクステシヴパラライズ」
これは水属性の帝級魔法と闇属性の王級魔法を合体させた複合魔法になる。
単属性の帝級魔法ならそれほど難しくはないが、複合魔法ともなるとその難易度は跳ね上がって伝説級にも匹敵する。
幸いなことにこの複合級魔法を重要書エリアで発見し、敵を無傷で無力化できる魔法として有用だと思い、毎日練習した甲斐があった。
ただし、本来の効果範囲を変更して行使するのは、余計に制御が難しくなるので精神集中が半端なく必要になる。
「こ、これは……」
看守たちが呆然としている。
今、俺が行使した魔法は広範囲の麻痺魔法(水属性と闇属性)だ。
この魔法は広範囲に影響を与えることができるが、その中から看守だけを除外することはできないので、看守を集めてもらう必要があったのだ。
「お前たち、施設内の罪人は麻痺している。念のため五人一組になって麻痺している罪人を檻の中に放り込んでいけ」
「は、はい! おい、五人一組になるんだ!」
副看守長が看守たちに指示を出していく。なかなか優秀な人物のようだ。
「殿下、ありがとうございます。ここには三千人以上の罪人が収監されていますので、暴動が本格化しましたら手に負えないところでした」
「うむ。今回のこと、作為的なものを感じる。なにせ、余はこれまでに四度暗殺されそうになっているのでな」
「そ、それは……」
副看守長が青ざめた。もし俺の暗殺を目論んだ人物がいて、看守の中に暴動を扇動した人物がいたのなら責任問題になるから当然だろう。
「お前に責任をとれとは言わぬ、もちろん、そこで寝ている看守長にもな」
「あ、ありがとうございます」
副看守長が俺の前で平伏した。
「副看守長、名を聞いていなかったな?」
「は、はい。私はホルンと申します」
「ホルン、お前さえその気なら余のところにくるがいい」
「えっ!?」
「ホルンは優秀だ。余は優秀な人物を必要としている」
「ありがたきお言葉にございます!」
そうこうしていると、看守たちが戻ってくるのが見えた。
「罪人たちを檻に繋ぎ終わりました!」
看守の中の一人が報告してきた。
「皆、ご苦労だった」
俺は懐から手のひらに載るくらいの革袋を取り出した。
「ホルン、看守たちに均等に分けてやってくれ」
「え? し、しかし……」
「これは余の気持ちだ。受け取れ」
革袋の中身は十枚の大金貨だ。
帝国の通貨はフォルケが使われていて金貨十枚は五十万フォルケになる。
通貨の価値としては、次の通りだ。
一フォルケ = 銅貨
五十フォルケ = 大銅貨
百フォルケ = 青銅貨
五百フォルケ = 大青銅貨
一千フォルケ = 銀貨
五千フォルケ = 大銀貨
一万フォルケ = 金貨
五万フォルケ = 大金貨
一般家庭(四人家族)が一カ月過ごすのに、帝都では六百フォルケあれば十分に暮らせると聞きいたことがある。
だから、五十万フォルケは大金だ。看守たちに均等に分けられれば、かなりの金額が手に入るだろう。
俺がここにきたことによって、危険な目に合わせたのだからこれくらいの迷惑料は必要経費だ。
「こ、こんなに!?」
革袋の中身を確認したホルンが目を向いて驚いた。それを見ていた看守たちも驚いている。
「み、皆、ゼノキア殿下より褒美をいただいたぞ!」
「「「おおおぉぉぉっ!」」」
看守たちから歓声があがった。
「皆、ゼノキア殿下へ感謝するように!」
「「「ゼノキア殿下、ありがとうございます!」」」
看守たちが平伏してお礼を言ってくる。
褒美がもらえたので看守たちの俺を見る目が変わった気がするのは、気のせいかな?
だが、このていどのことで看守たちの忠誠が買えるのなら安いものだ。忠誠が買えなくても、俺の不利益にさえならなければいいのだし。
しかし、ここで看守の誰かが俺を殺すための行動に出ると思っていたのだが、俺の考えは外れたようだ。
そもそも罪人が暴動を起こすためには、檻からでなければならない。つまり、看守が敵側にいなければ、タイミングよく暴動を起こすのは難しいのだ。
監獄を出たら帝都に入って、帝城からやや離れた場所にある屋敷に入った。
この屋敷は俺が親王府として使っている屋敷で帝城の外にある。帝城内に罪人と連れ込むわけにはいかないので、この親王府の牢に十人の罪人を収監することにしている。
罪人たちが馬車から下ろされていくのを見守る。
彼らの中では鎖の音がむなしく鳴っているのだろうか?
そんな時だった。俺の目の前を通っていた罪人をつないでいた鎖が、地面に落ちたのだ。
そして、罪人たちが隠し持っていた小さな刃物を持って俺に襲いかかってきた。
「殿下!?」
サキノが一瞬で三人を切り伏せたが、残りの七人が俺に殺到した。
もうダメだと思われた瞬間、罪人たちは吹き飛んだ。
分かった人物もいるだろうが、俺は純粋な魔力を放出したのだ。
もっとも、魔力を体に纏わせることで、金属鎧よりも強固な魔力の鎧にすることもできるので、罪人たちが俺に傷を負わすことはできないのだが。
俺はこの魔力放出を練習して、自分の意思で自由に使えるようになっている。
これには詠唱も必要ないので、瞬時に敵を吹き飛ばしてダメージを与えることができるから重宝する。
長年の訓練の賜物ってやつだ。
「ぐっ、くそっ……」
俺に吹き飛ばされた罪人の一人が立ち上がろうとしていた。
「ふむ、威力を抑えたとはいえ、気絶しなかったか。お前、名はなんというのだ?」
がくがくと震える足で立ち上がろうとしているその罪人は、俺を親の仇のような目で睨んできた。
「なんだ、名はないのか? まぁいい、調べる手立てはいくらでもあるからな。連れていけ」
これからお前たちは死ぬよりも辛い目にあうだろう。お前たちがそれを望んだからだ。
運よく生き残れば罪一等を減じてやるから、がんばることだ。
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