第23話 二人の問題

 北門広場の衛兵は、ぼんやりと門の外を眺めていた。


 もう半時もすれば、公開処刑が始まる。そして門の外には、王太子がかき集めた兵が1万。

 対峙しているのは、処刑される兄を助けにきたという、辺境伯の5千の兵だ。


(それにしても、お上のすることは、わからんなぁ)


 高貴な血筋の考えることは分からない。衛兵は、いつも思う。エドガルドなんて、あれだけの実力者なのに、気さくで話しやすい。噂によれば国王の腹違いの弟だというから、王太子にとっては叔父に当たるはずだ。家族なんだから仲良くすればいいのに、殺したの殺されたのと実に血なまぐさい。


(それに比べて、カリスト様とテミスト様は、仲の良い兄弟でいらっしゃる…兄貴が処刑されるっていうときに、弟が助けに駆けつけるんだから。)


 衛兵は、北門広場で出撃の指令を待っているであろう、自分の弟のことを思った。


(どっちが勝っても負けても、何でもいいから、あれがけがをしないでくれればいいけどなぁ)


 そんな無気力なことを考えながら門の外を見ていると、北方軍の陣から、二騎の騎馬がゆっくりと広場の方に近づいてきていた。


(女、か…?)


 目を細めてみると、そのうち一騎はテミスト伯、もう一騎は、緑髪緑目の女性だった。なにか言っている。


「…はあるのか。」


 風に流れて、聞こえなかった。女性は、もう1度繰り返した。


「そなたらの戦に、義はあるのか!」


 1万の軍勢を前に、一喝。

 その双眸から放たれる鬼神のごとき気迫に、衛兵はぞくり、と身を震わせた。


「神がかりの聖女、か…?」


 隣の衛兵も、同じことを考えたらしい。広間が、水を打ったように静まった。


◆◆◆


「レオンシオを呼べ!」


 ティナが呼ばわると、意外にもレオンシオは、素直に出てきた。愛馬の黒馬にまたがり、1万の軍勢を背に、数メートルの間を挟んで、ティナとテミストに対峙する。


「逆賊の娘が、何の用だ。」

「将来の妻が夫を呼んで、何が悪いのです?」

「将来の妻だと?よくもまぁ、ぬけぬけと…」

「わたしは公に、婚約を破棄された覚えはありませんが。」


 ティナが皮肉る。


「じゃあ、ここに宣言する…」

「いや、聞かない。聞き飽きた、その台詞は。」


 レオンシオの口上を、ティナが手を振って止める。テミストが、1枚の書状をもって進み出た。それは先日、エドガルドがテミストに届けた書簡だった。


「ここに、国王陛下直筆の書状がある…読み上げるから、各位、よく聞かれたい…

『最近、私利私欲のために国政を恣にしようという輩が朕の命を狙っているようだ。神殿の教義は悪しからずとも、一部神官の腐敗し民の血税を懐に入れる邪は許しがたき…もし仮に愚息レオンシオが邪な神官と手を組むことあらば、道を正してくださるよう…』玉璽もある!今ならまだやり直せるぞ、レオンシオ殿!」


 まごうことなき王の直筆と玉璽を掲げ見せられ、王太子軍がどよめいた。


「くそっ、そんなもの、偽造に決まっているだろうが…!」

「王太子殿とのあろうものが、陛下の御手跡はよくご存じであろう。なにより国王陛下の璽は、王位継承者しかその安置場所を知らぬ。それとも、王太子殿は文書の偽造に通暁されていらっしゃるのかもしれぬが…」


 テミストが嫌みったらしく言うと、レオンシオは逆上した。


「もういい!者共、あの反逆者どもを…」

「待て。」


 ティナが叫んだ。そして数歩馬を歩ませ、レオンシオとの間を詰めた。低い声で、ティナは囁く。


「結局はお前と、わたしの問題だろう。」

「何…?」

「お前は、エドガルドと父上が陛下を暗殺したと言い、わたしは、お前が陛下を暗殺したと思っている。どちらかが真実を言い、どちらかが嘘をついているんだ。そんな茶番に、罪のない兵士たちを巻き込むことはない。潔く、決闘で決着をつけようではないか。」


 低く抑えたティナの言葉に、レオンシオがごくり、と喉を鳴らす。


「わたしを婚約破棄するというのなら、お前がわたしを殺せばいい。叔父上を嘘つきの反逆者呼ばわりするのであれば、お前が叔父上を殺せばいい。そののちに、父もエドガルドも処刑すれば、もう誰もお前に歯向かうものはいないだろう。なぜ、そうしない?」

「いきなり、何を言い出すのだ…」

「最初から…そもそもすべては、お前と、わたしの問題なんだ。分からないか、レオンシオ。わたしがどれだけ長い間、お前を…」


 ティナがそこまで言いかけたところで、レオンシオの目つきが、変わった。漆黒の瞳が、ぎらりと光る。


「お前がそれを言うか…ヴァレンティナ・グレンテス…!」


 レオンシオが、馬上ですらりと剣を抜いた。ティナも遅れずに鞘を払う。


「レオンシオ、わたしはね…ずっと貴方を殺したいと思っていた。」

「ああ、ああ…奇遇だな、ティナ…俺も同じ気持ちだよ…!」


 まるでひそやかな愛の告白のように囁き合い、瞬時に馬首を巡らせる。

 そして、200年の宿命を果たすがごとく…2人は斬り合った。

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