第13話 孤独な瞳

(俺に切りかかってきたときと同じだ…)


 血だまりの中、呆然としているティナを見たとき、エドガルドはそう思った。

 ヴァレンティナ・グレンテス。宰相令嬢という何不自由ない立場にありながら、得体のしれないほど激しい感情を抱えている。

 そして、やはり宰相令嬢とは思えない鬼神のごとき剣の才。

 かと思えばその力を暴発させてしまう精神的なあやうさ、繊細さ。


(貴族のお嬢さんはストレスたまるよねー、なんてレベルじゃないよなぁ…。)


 エドガルドは馬車の中で、じっとティナを観察していた。


 神殿の裏庭で突然切りかかられるまで、ほとんど面識がなかった。

 当然、王宮で1度か2度、会ったことはある。だがそれも挨拶程度、あるいは遠くから姿を見た程度だったはずだ。だが、神殿の裏庭で斬り結んだとき、妙に懐かしい感覚があった。そして、かすかな胸の疼き。


 いつ暴発するともしれないあやうさを抱えた彼女を、そのまま野放しにはできない。だから手元に置く。彼女の父親には、そう説明した。もちろんそれは、嘘ではない。だが、それが全てではないことは、自分が最もよく分かっている。


「それで、気は済んだのか。」


 黙りこくったままのティナに、そう声をかける。彼女がはっと顔を上げる。その瞳が湛える感情は…


(孤独…)


 宰相令嬢の色彩豊かな瞳に刻まれていたのは、エドガルドが打ち震えるほどの深い孤独だった。

 少なくともエドガルドは、そう感じた。

 瞳には、心の闇が映し出される。エドガルドが対峙する敵―…王家に仇なす犯罪者…の中には、周囲に理解者を持たない孤児や、はみ出し者も多い。勝負の中で、深く癒しがたい孤独を抱えた目を、エドガルドは幾度も見てきた。

 だからわかる。ティナの瞳には、ティナが抱える深い孤独と悲しみが、如実に映し出されている。


(あれだけ周囲に愛されながら、この目は一体何だというんだ…)


 内心驚いたが、エドガルドは、一切表情に出さなかった。

 不安定なものの前で、己が感情を揺らしては、飲まれてしまう。エドガルドの強い視線に、ティナが目を伏せる。そして、何かを決意したかのように、表を上げた。

 鮮やかなエメラルドの瞳が、エドガルドを穿つ。先ほどまでとは打って変わった強靭な精神が、そこにあった。

 

(あ…。)

「私を愛して。そして裏切らないで。絶対に」


 激しい語調で言い切ってから、自分でも信じられない、というように、はっと口をつぐむティナ。


 美しい、と思った。


 なんという目だろう。秋の湖面のように、一秒ごとに鮮やかに色彩を変える。手の届かないほど深い孤独を映したかと思えば、女王のような気高さを見せる。その瞳に魅入られて、エドガルドは、つい呟いていた。


「御意。」


 …相手が悪い、と思う。よりにもよって、王太子の許嫁。分かっている、つもりだった。

 だが、知ったことか、とも思う。


 エドガルドは身を乗り出して、ティナに口づけた。

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