不死のボク達、心の在り処
1 ニレ
吸い込まれそうな真っ暗な闇、光りの砂を蒔いたような星々の瞬き。
広大な宇宙全てを覆い尽くすかのように、大閃光が翔ける。
一瞬の真っ白な輝きが残り六十八機の「ヒト型の戦闘機」———
仄かに青白く発光する蛇の群れのような形態、およそ五千メートルにも及ぶ〈彼ら〉。
放射状に伸ばしていた巨大な触手、その根元部分。真っ赤に光る切断面を晒しながら、ゆっくりと分割される様子が投影視界に映し出されている。
ミッション中翼の仲間達が、
予想外の苦戦を強いられたわたし達。
先日の姉のミルと同じく、他に採る術がなかった。
〈パターンDからC、上下翼各機は右翼先頭に合流、螺旋円陣に移行。パターン………〉
投影視界の上端にミッションプロトコル変更のテロップが流れる。
戦術演算思考体ヘリオス3からの指示だ。
本ミッションでは約四割、ちょうど五十機のヴァリオギアが四散したことになる。
高速戦闘故にヴァリオギアの骸は殆どが遠くに飛び去ってしまったけれど、目視できる範囲にはまだ多くの戦いの痕跡が残されている。
中には真空の宇宙に投げ出され、そのままの姿で絶命した素体も見える。
不死の仕組み〈ジェネクト〉があるわたし達にとって、それらは「抜け殻」に過ぎない。
そうと分かっていても、目を背けるしかない。
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わたし達は不死になった人類。
滅亡した人類の再興と引き換えに取り引きをした。
それは大銀河の全てに及ぶ脅威、
異星人の共同体、大銀河文明連帯はそのために人類を絶滅から救った。
ヒトゲノムからサルベージされた「
わたしの正しい名前はNIL2042f090。
頭のアルファベットから四桁の数字までが個人識別コード。
残りは二百五十六通りのクローン素体の基本タイプ。
あの日、わたしの五回目のミッション。
MYA5514f085、憧れの人マヤに出会った。
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わたしのヴァリオギアは時空災厄の遠隔攻撃、攻性プローブの被弾を許した。
投影視界に映るミッション継続中の仲間達に視線を移す。
一つ溜息を吐き、ぽつりと独り言を呟いた。
「もう、シエロ、また先走って………」
わたしが軽く呆れているのは、パートナーのシエロが功を焦ってプロトコルを無視、ミッション開始早々に〈彼ら〉に撃破されてしまったからだ。
恐らく彼は今ごろ、航宙要塞の素体調整センターで二度目の〈ジェネクト〉、つまり「死に帰り」の真っ最中だろう。
わたしとシエロは討伐任務に就いてまだ日が浅く、本ミッションは五回目の出撃。シエロの負傷調整による任務中断は今回で三度目を数える。
彼は繊細で真面目。反面、少し意地っ張りで落ち着きがない
三回目のミッションで〈ジェネクト〉、前回のミッションで左足を失くし、再び復帰したのが今回。失敗続きを挽回したかったからだと思う。
パートナーに彼を選んだのは「二番目の人類」の中枢、ホスト演算思考体グランヘリオス。
兵徒訓練校時代のシミュレーションで、彼と組んだ時のスコアが一番良かったからだと思う。しかし、こうも空回りされると文句のひとつも言いたくなる。
兵徒任務に就いた同期の仲間達は、既に倍の回数を出撃していると言うのに。
例外はあるものの、基本的に故意による〈ジェネクト〉の使用は禁じられている。
一番の理由、それは〈ジェネクト〉を一度使用すると、旧人類時間でおよそ三ヶ月から半年間の
遠い昔、わたし達「二番目の人類」が大銀河文明連帯と取り交わした約束。
滅亡した人類の文明圏再興、引き換えに時空災厄の討伐を行うこと。それは全ての「二番目の人類」の悲願。
つまり「故意の戦えない状態」はわたし達にとって、恥ずべき行為でしかない。
もちろんシエロは故意ではない。決して褒められたものでもないけれど。
また落ち込んだ彼を励まさないといけないな………
と、あれこれ考えているうちに、ヘリオス3はわたしも戦闘継続が困難と判断。ミッション即時離脱を要請する情報窓が開き、わたしはそれに従う手続きを始める。
「あ、あれは………」
機体の応急処置のため、ミッション範囲の外周付近を周回する無人補給艇を探していると、大破して同じく行動不能に陥ったヴァリオギアを発見した。
純白で美しかったヒト型の機体が左半身の大部分を失い、緩く回転しながら漂っている。
火焔や漏電が見られないことから、完全に機能停止しているようだ。
このまま僚機を放置すれば、どこか惑星の重力圏に捉われない限り本恒星系外の遠い彼方に流されてしまうだろう。
「わたしは下翼七十二番の二級兵徒、NIL2042f090。聞こえますか?」
僚機の任務登録はミッション左翼の十八番。近寄って接触通信を試みるも返事がない。
ヴァリオギアの構造材の殆どを占める精神感応金属、可変アロイの反応は途切れていない。つまり、コクピットの中のパイロットはまだ生きている。
助けなければ——— 僚機に残った右腕をわたしのヴァリオギアに掴ませる。
パイロットは負傷している可能性が高く、手当てをするには混み合っていない艇が望ましい。
調べると無人補給艇は全部で五艇出ている。
わたしはミッションから一番遠い無人補給艇へと急いだ。
無人補給艇は進行方向に長い直方体に細長い円筒が二本接舷したような形で、全長はおよそ三十メートルと航宙揚陸艦よりはるかに小さい。
積載物は補給弾薬や応急修理用の資材が大半を占めていて、他は補給作業用のアームロボットを制御する簡素な管制室が一室あるだけ。
運用用途を考えれば、長期滞在に必要な物資や設備は大して積まれていない。
わたしはヴァリオギアから艇外の制御端末を操作し、管制室に繋がる搭乗チューブ——— 伸縮する蛇腹状の乗降用トンネルを僚機のコクピットハッチに接続する。
「あと少しだから、我慢してね………」
わたしは相手に聞こえない独り言を呟くと、もう一本の搭乗チューブを自らの機体にも接続。搭乗チューブから管制室を経由して僚機のコクピットに向かう。
コクピットを守る二重の扉———エアロックを開くと満充填の半分になったニューラルジェルと、液面から肩まで露出した仲間の姿が見える。
ニューラルジェルが赤く染まっているのは、パイロットの出血によるものだろう。
ヘルメット型情報モジュールの左側に破損が見られることから、ヘルメット内へのジェルの浸入を防ぐために一部を排出したようだ。
手を差し伸べると、パイロットはゆっくり力無くわたしを掴んだ。
意識がある——— わたしはエアロックの縁に足を掛けて力いっぱいに引っ張ると、ジェルの中からfタイプの仲間が現れる。
パイロットはわたしより大柄だったけれど、無重力状態だから大きな力は要らない。わたしより小柄な素体の方が珍しい……… と今はそれを言うまい。
わたしは右肩を貸し、内側になった右腕をパイロットの腰に回す。
二人でエアロックの縁を蹴って、慣性力で管制室まで辿り付いた。
パイロットは搭乗チューブのドアにぐったりと背を預け、ヘルメット型情報モジュールを脱ぐ。その拍子に髪留めが外れ、青みがかった長い黒髪が無重力の宙を舞った。
わたしはfタイプの仲間の顔を見て、思わず息を飲む。
「助けてくれてありがとう。私は、MYA5514f085………」
変わってしまっていたけれど、覚えがあるその顔、その姿。
わたしは込み上げる想いを胸に、その言葉を口にする。
「もしかして、マヤ?」
「君、私を……… 知っているの?」
パイロットはわたしが兵徒訓練校時代に憧れた先輩、マヤだ。
わたしは外傷位置の確認のため、マヤのスキャンスーツを脱がした。
目一杯リクライニングした管制室のシートに座らせ、裸同然の彼女に応急手当てを始める。
手当てと言っても消毒と止血。体内のナノマシン頼りのわたし達にできることは少なく、また無人補給艇にも大した設備は備わっていない。もちろん簡易ベッドも。
マヤの負傷は殆どが手脚の打撲と小さな裂傷だったけれど、深刻なのは鋭利な破片が情報モジュールのシールドを突き破り、左眼球をほぼ破壊していたこと。
ただ、わたし達「二番目の人類」は討伐任務による四肢欠損相当の負傷は珍しくない。
現にシエロも左の脛から下は造りもの。彼の場合、今回の〈ジェネクト〉で新しい素体に入れ替われば生身の元の脚に戻るはず。
「どこか、気になるところ、ない?」
手当てを終え、マヤに使い捨てのペーパーガウンを着せる。
約五メートル四方の静かで狭い管制室に二人っきり。
この時点まで、わたしは意外な再会に少しばかり浮かれていた。
傷付いてはいるが、嫋やかな花のように美しいマヤ。
彼女の全てを見て、あまつさえすぐ目の前に横たわらせている。
決して何かを期待するつもりはなかったけれど、胸の高鳴りがその気持ちに抗っている。
姉のミルやリトは未だにわたしを子ども扱いする。
わたしだって、いつまでも何も知らないままじゃない………
わたしがふわふわとした夢想に浸っていると、黙って手当てを受けていた彼女が、まるで現実に引き戻すかのように口を開いた。
「黙っていようか……… とも思ったんだけど」
マヤの表情に垣間見える躊躇いの色。
「あまり、私の為に一生懸命になられても……… 困るかな、って」
「どうしたの?」
意外なマヤの言葉に困惑するわたし。
マヤは無事だった右の瞳でわたしの顔をじっと見つめている。
その口調は辿々しく、決して軽くはない。
意を決したマヤは困惑するわたしに対して、慎重に言葉を選んだ。
「実は、私のジェネクト、コアが壊れてしまったの」
バックアップ記憶とクローン素体を用いて「不死」を実現する〈ジェネクト〉。
わたし達の使命を支えるシステムが「壊れた」とは。
「それって、どういうこと?」
「ジェネクトが起動して、新しい私が調整センターで「死に帰り」したってこと」
「えっ………」
それは今この世界に、二人のマヤが同時に存在しているということ———
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