盗賊成金

osa

第1話『己が天職』





 十五歳になり成人した僕達は、町の教会で自分の天職を知ることとなった。


 僕の天職は『盗賊』だった。


「え……レナードの天職って盗賊なの? サイアク……」


 僕の恋人であるローザが低い声で呟いて、目鼻立ちのハッキリとした綺麗な顔を嫌悪に歪ませた。


「ちょっと、離れてよ」


 底冷えするような声を飛ばし、色鮮やかな栗毛のロールテールをひるがえしながら、彼女の均等の取れたスレンダーな身体が離れる。


「おいおい、マジかよ。お前ってコソ泥だったのかよ」


 侮蔑を込めた瞳で睨み付けてくる友人のエミリオ。


 彼は半身になって仰け反り、苦々しい顔で僕から距離を取る。


 ローザもエミリオも、僕に対する忌避を隠さない。


 覚悟していたこととはいえ、やはり恋人や友人からそういった扱いを受けるのは辛い。しかし、かと言って、反論や言い訳をするつもりはない。何せ、僕の天職は本当に『盗賊』だったのだ。悲しいけれど、二人の反応は至極真っ当なものと言える。


 そもそも『天職』とは、その者が未来で大成しうる可能性を秘めた職業であり、同時に成人するまでの自分の行いに対する総決算でもある。


 生れ付いての才能、興味をひかれたもの、慣れ親しんだ事柄、そして、過去に犯した罪――それらに応じて、自分の天職が決まるのだ。


 つまり、僕の天職たる『盗賊』とは、成人に至るまでに僕が犯した罪の烙印に他ならない。


 ああ、そうだとも、僕は盗みを働いたことがある。例え止むに止まれぬ事情があったとしても、やはり罪は罪なのだ。


「ちょっと二人共、そんな言い方はないでしょう? きっとレナードにも事情があったのよ」


 しかし、そんなローザとエミリオを、幼馴染のセリーナが諫めた。


 セリーナは腰まで伸びた白金の長髪と同色の柳眉をしかめ、理知的で涼やかな碧眼を不愉快そうに細めている。


 恐らくは、僕の言い分も聞かずに一方的に責め立てていることに納得がいかないのだろう。


 昔から公明正大で慈悲深い彼女らしいことだ。


 そして、そんなセリーナだからこそ、『司祭』などという高潔で希少価値の高い天職を得るに至ったのだろう。


 しかし、それはセリーナだからこそできる気遣いであり、一般的にはローザとエミリオの反応が大半だ。


「ねぇ、レナード――」


 その声に顔を上げると、ローザの訝しげな瞳が迎えた。


「あたしと付き合っていただなんて、間違っても周りに触れ回ったりしないでよね。あたしはあんたとは違って、煌びやかな舞台の世界が待ってるの。あんたとは金輪際――いいえ、最初から何の関係もなかったのよ」


 ローザは僕が足を引っ張ると考えているのか、彼女は憎悪さえ見て取れる険しい表情で吐き捨てた。


 彼女は別れ話どころか、僕との関りさえなかったことにしたいようだ。


 それを悲しいと思う反面、仕方のないことだとも思う。


 何せ、ローザの天職は『歌姫』で、それは彼女が小さい頃からずっと夢見て来た職業なのだから。


「そんなことは、しないさ……」


 恋人として、ローザの夢を常々聞いて来た僕が、彼女の足を引っ張るわけがない。


 でも、周りはそうは思わないのだろう。


「ハッ、どーだかな、薄汚い罪人は自分が助かるためだったら何だってする!口では何とでも言えるだろうよ!」


 エミリオが芝居掛かった動作で両手を広げる。


「でもな、この騎士である俺がいる限り、ローザにもセリーナにも手出しはさせないぜ? 何だったら今やってやろうか?ァア?」


 険しい顔で高圧的な態度を取るエミリオ。彼の天職である『騎士』のスキルでも発動しているのか、不自然なほどの威圧を感じる。


 教会で天職を知り洗礼を受けたあとは天職に付随するスキルを使用することができる。もちろん、僕も盗賊のスキルを使える。だが、普通はやらない。特に、友人に向けてなんて……。


 そのことで、エミリオにとって、もう僕は友人ではなく単なる罪人でしかないのだと思い知る。


「おい!何とか言えよ、このコソ泥野郎が!」


 だが、そんなエミリオに対しても反論の言葉を持たない僕に代わって、またしてもセリーナが声を上げた。


「ちょっと待ってよ!ローザもエミリオも教会に入る前には “お互いどんな天職であっても助け合おう”って、“例え罪人天職であっても変わらずにいよう”って、そう言い出したのはあなたたちの方じゃない!」


 セリーナはその白肌を紅潮させて反論するが、帰って来たのは冷淡な反応だった。


「はぁ? 何言ってるんだよセリーナ。コイツは盗賊なんだぜ?」


「そうよ。確かに天職を知って洗礼を受ける前はそう言ったけど、あたし達は罪人じゃなかったじゃない」


 訳が分からないという二人。


「っ――そう!なら、もういいわ!行きましょうレナード!」


 セリーナが僕の手を掴み、肩を怒らせながら大股で歩き出す。


「なによ!セリーナってばいい子ぶっちゃってっ……偽善者!」


「まぁまぁ、ローザ。セリーナは『司祭』の天職だからな。罪人にも慈悲深くなるんだろうよ。それよりも、今夜二人で祝杯をあげないか?これまではレナードを理由にずっと断られて来たけど、今日くらいは付き合ってくれるだろう?」


 僕の背後からは、そんなやり取りが聞こえてきた。でも、もうその言葉に反応する気力も、口出しをする資格も、僕にはない。


 確かにセリーナも指摘したローザとエミリオの掌返しや裏切りには思うところもあるけれど、犯罪天職者などそういう扱いだ。


 そして今はただ、皆から遠くなってしまった自分が、とにかく悲しかった――。




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