第16話「食い残すなよ」

 皆さんが揃った後、手分けしておやつを配った。

 その合間に友里さんのひいおばあさんの友人に聞いたが、


「そんな人知らないねえ」

「すまないな。わしも知らんわ」

 皆ヨゴロウさんやアキコさんの事は知らないようだった。


「飯はまだかの~」

 よろけながら歩いてきたお爺さんが友里さんに言う。

蘇我そがさん、今おやつ食べたでしょ」

 友里さんがお爺さんを支えながら言った。

「ああ、そうだったなあ。それで飯はまだかの~」

「晩御飯はもう少し先よ。さ、あっちで座ってて」

 友里さんはお爺さんを席に連れて行った。

 ほんと大変だな……。


「あの、他に知ってそうな人っていませんか? ここじゃなくても近くにとか」

 気を取り直してご友人の方に聞いてみたが、

「そうやなあ。後は子供と一緒に遠方へ行ったり、あっちに行っちまったなあ」

「そうですか……」


「私も戦時中に生まれたけど、終戦の時は三歳だったんでねえ」

 別のお婆さんがそう言った。

 当時を知ってる人、本当に少なくなってるんだな。


「あ~、腹減ったんじゃがのう」

 さっきのお爺さんがこっちに歩いてきた。

「蘇我さん、邪魔しちゃダメよ」

 友里さんがそう言って立ち上がった時、俺はお爺さんと目が合った。

 するとお爺さんは目を見開き……。


「よ、ヨゴロウじゃねえか!? そうだろ!?」

 え!?


「今までどこ行ってたんだよ! お前は戦地で行方不明になって、そのまま死んだ事にされとったんだぞ!」

「あ、あの。僕はヨゴロウさんじゃないですよ」

 俺は似ても似つかないぞ。

 てかこのお爺さん、ヨゴロウさんと知り合いなのか?


「妹さんか? すまん、俺も今何処にいるのか知らねえんだ」

 聞いちゃいねえ。

 やっぱボケてるのか?

 でも、さっきより口調がはっきりしてる。


「俺もできる限り探したよ。妹さんがいるって聞いた広島にも行ってみたが、さっぱりだったわ。せめてお前が何処の生まれか教えてくれていたらなあ」


 どうやらこの人もヨゴロウさんの出身地は知らないらしいな。

 てか、何か言いたくない理由でもあったのか?


「そうだ」

 しばらくお爺さんいや、蘇我さんは思い出話をし始めた。


 ヨゴロウさんと初めて会った時の事とか、

 訓練中にヨゴロウさんに何度も助けてもらったとか、

 夜中に二人で畑に忍び込んで、芋を食べたとか、

 結局そこのおやじさんに見つかったけど、「戦争終わったら金払えよ」と言われた事などを。


 そして戦後自分だけで行って、おやじさんと泣きながら一杯やった事。

 結婚するまではアキコさんを探し回った事……。

 


「いつか妹さんに会えたらこれを渡してあげたいと思ってたんだ。でもお前に会えたんだし、返すわ」

 そう言って蘇我さんは上着の内ポケットから何かを取り出した。

 それは古びた懐中時計だった。

「お前の親父さんの形見だって言ってたな。あの場所にこれが落ちてたんだよ」


 そうだったんだ。

 向こうに行った後、無くした事に気づいてさぞ気を落としただろうな……。


「キクコちゃん」

「あ、はいだべ」

 キクコちゃんは懐中時計を受け取り、

「あ、あの。ひいじっちゃは婿養子になったもんで、今は誰も元の苗字知らねえんだべ、だから教えてけろ」

 それを握り締めて蘇我さんの前で屈んで尋ねた。


「おやそうなのか。あのな、ヨゴロウの苗字はキリヤマだよ。えっと、紙とペンないか?」

「はいだべ」

 キクコちゃんはここへ来る前に俺があげたペンとノートを蘇我さんに渡した。

「漢字はこう書くんだ」


 そう言ってすらすらと「桐山与吾郎」と書いた。

 へえ、こう書くのか。てか結構達筆だな。

 

 ……え、今キクコちゃんの質問に答えた?

 ちゃんと字を書いてる?


「あ、あのもしかして、ボケてないんですか?」

 思わず失礼な言い方をしてしまった。

 すると、


「与吾郎、もうじき俺もそっちに行くからな」

「え?」

 蘇我さんは天井を見上げ、


 なんとか今まで生きてきたが体が動かねえ、頭も働かねえ。

 もうこれを妹さんに渡せねえ、無念だと思ってたが……。

 今日、図らずもお前の可愛いひ孫に託せた。

 

 これで俺は本当の終戦を迎えることができた。

 もう思い残す事はないよ。

 

 そうだ。そっちで郷土の美味いもん食わせてくれよな。

 なんか魚が美味いとか、色々あるって言ってたなあ。


「あ、あの、蘇我さん?」

「じっちゃ?」

 蘇我さんはキクコちゃんと友里さんの頭を撫で、


 ありがとう。


 と、声には出てなかったが、口をそう動かしたように見えた。

 そして俺の方を向き、笑みを浮かべて軽く頷いた。


「……あ~、ワシもう腹いっぱいだし、寝るわ」

 蘇我さんがそう言って立ち上がり、部屋から出て行こうとしたが、


「皆もちゃんと食えよ。んで食い残すんじゃねえぞ」

 振り返ってそう言った後、ヨタヨタ歩いて行った。


 俺はその後ろ姿に向かって思わず敬礼してしまった。

 一瞬だけど、兵隊さんの姿に見えたから。 


 

 その後、夕飯の準備の手伝いもして、

「今日はありがとうございました。おかげで手がかりだけでなく、貴重な体験もさせていただき、お話もたくさん聞かせていただきました」

 皆さんの当時の話やその後など、本当にご苦労されたんだなって思ったよ。

 

「いえいえ。こちらも手伝っていただいてほんと助かりました」

 友里さんが頭を振って言ってくれた。

「お役に立ててよかったべさ」

 キクコちゃんも照れ臭そうに言う。

「それじゃあ、これで」

「あ、あの、よければ連絡先を……」

 友里さんが俺を引き留めて言った。

「え? いいですが」

「よかった……」

 なんか頬が赤くなってるような。

 え、これって……? いやいや考えすぎだよな。


「そ、それじゃこれで失礼します」

 俺達は宿へ向かった。


「むううう、このたらしのたくらんけがあ」

 キクコちゃんがなんか呟いているが、意味が分からん……。




 このしばらく後、蘇我さんが息を引き取ったと友里さんから聞いた。

 笑顔で寝ているようだったと。


 そこでふっと気が付いた。

 あの時言ったのは「食い残し」じゃなく、「悔いを残すな」だったって。

 

 そして、俺は生まれて初めて、家族以外の人の死に泣いた……。

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