早乙女くんは可愛すぎるっ! ~やけくそで女装したら、人生変わったんだが~

シロクロイルカ

第0章 やけくそで女装したら、人生変わったんだが

0-1「早乙女英太、高校一年生の秋」

人にはそれぞれ、理想の自分ってものがあると思う。

例えば仕事がバリバリ出来たりとか、スポーツ万能だったりとか。理想の自分は人によって違う。

それは当たり前なわけで、今の自分に足りない部分がそれぞれ違うからだ。

そして俺、早乙女英太(さおとめえいた)の理想は男らしい男。漢字で表すならばまさに“漢”だ。

逞しい肉体と、大胆かつ頼りがいのある精神。それこそ俺が目標とする理想の自分なのだ。


「やっぱり早乙女くんしかないってー!」

「い、いやでも俺……」


だから今の状況は、俺の理想とは百八十度逆だった。

言い淀む俺に対してクラスの、主に陽キャと呼ばれる上位集団が詰め寄ってくる。


「こんなコンテスト、早乙女が出れば優勝間違いないだろ、な?」

「そうそう!あれだよ、今流行りの“男の娘”ってやつだろ!」

「ね、いいじゃん早乙女くん―!」


次々と好き勝手なことを言う陽キャ集団に、俺は何も言い返せない。

こんなんじゃ駄目だ、真の漢を目指しているならばここはハッキリとNOと言う。

それくらいの心意気を見せなければならない。


「あ、あはは……でも俺、そういうの似合わないと思うし……」


……頭では分かっているはずなのに、口から出てくるのは愛想笑いと弱弱しい言葉だけだった。

そしてそんな俺のちっぽけな抵抗は、周囲の笑い声にかき消されてしまう。


「はーい!じゃあウチのクラスの“女装コンテスト”代表は、早乙女くんで決定ってことで!異議ある人、いますかー?」

「あ、えと……!」

「「異議なーし!!」」


クラスのほぼ全員が、それが当然みたいな目で俺を見てくる。

そして俺はもう、何も言えなくなっていた。こんな日常もいつも通り、本当に情けない。


「大丈夫だって早乙女くん!そんなに心配しなくたって、うちらがサポートするし!」

「あ、あはは……」

「それにさー、余計なことしなくたって大丈夫だろ?だって早乙女はさーー」


心の中でそれだけは止めてくれと必死に叫ぶ。

が、勿論心の中なので聞こえるはずもなく、もう何度言われたか覚えていない台詞が俺にとどめを刺してくれた。


「――男なのに可愛すぎるんだからさ!」

「本当にそう!何この肌―!女子よりも奇麗なんですけどー!」

「え、ちょ、ちょっと……!?」


無警戒なギャルがおもむろに俺の肌を触る。

否応にでも心臓が跳ね上がるが、当の本人は全く気にしていない様子だった。

それも当たり前だ。

だって俺はこのクラスの、いや下手したらこの学校のほぼ全員から男として見られていないのだから。


「早乙女くん、ホントに可愛いー!」


高校一年生の秋。俺、早乙女英太は人生で最大の壁にぶつかっていた。







放課後、女装コンテスト出場をまだ受け入れられない俺は中庭にいた。

本当ならばもう、部活が始まってる時間なのだろうが今はあいにくそんな気分じゃない。

ぼーっと夕焼け空を見上げるとほんの少しだけ、現実を忘れられるような気がした。


「はぁ……」


最初に自分が異質だってことに気が付いたのは、いつだっけ。

物心ついた時には既に周囲から“可愛い”とか“女の子みたい”とか、そんなことを言われていたような気がする。

それでも小学生くらいまでは別にそこまで嫌だとは思わなかった。

友達も普通にいたし、学校生活にだって何の支障もなかった。

異変を感じたのは中学校に上がってから。

妙にボディタッチが多い奴が増えたり、女子から色々相談されたりし始めたときからだった。

挙句の果てにはガチムチの先輩にロッカーに押し込まれそうになったりーー


「……やめよう、こんなこと考えるのは」


俺にとって“可愛い”は誉め言葉なんかじゃない。

俺はもっと漢らしくなって、普通の男子高校生として学生生活を楽しみたいのだ。

だからそのために自分を変えようと努力している。

毎日欠かさずに腹筋、背筋、腕立て伏せを30回ずつこなしているし、高校に入ってから一人称だって“僕”から“俺”に変えた。

服だって雑誌を見て日々研究している。

しかし半年たった今でも、クラスの誰も俺を男子として扱ってはくれていない。

結局俺は彼らにとって“男の娘の早乙女くん”でしかないのだ。


「あー、もうおしまいだよ……」

「何がおしまいなのかな?」

「う、うわっ!?ゆ、百合先輩!?」


振り返ったその先には長い茶髪がよく似合う、唯野百合(ただのゆり)先輩が笑顔で立っていた。

端正な顔立ちにスラっとした体型は、俺たち男子生徒の憧れの的だ。

今年のミスコンも百合先輩で決まりだと、皆が口を揃えて言っている。


「ふふっ、やっぱりここにいたね早乙女くん?」

「す、すいません百合先輩……」

「サボりは良くないなぁ、サボりは」


百合先輩は意地悪そうな笑みを浮かべて、俺の隣に座る。

隣に座るだけでも緊張するのに、ほのかに香る甘い匂いが余計に俺を緊張させた。


「あ、あの俺……」

「まあ早乙女くんを探すって言う口実で、私もサボれたわけだから……ここは言い合いっこなしかな、あはは」

「百合先輩……」


落ち込んでいる俺を気遣ってか、冗談交じりに百合先輩は笑ってくれた。

1学年上で女子テニス部部長、文武両道で誰にも優しい……本当にケチの付け所がない人。


「そういえば、早乙女くんがウチに来た時もここで落ち込んでたよね」

「ああ、あの時は……本当にすいません」


今年の4月、俺と百合先輩の出会いは部活勧誘の時だった。

例に漏れずジャージ姿だったせいで女子に間違えられた俺は、半ば無理矢理に女子テニス部に連れてこられていた。

その時に俺をすぐに男子だと見抜いて、そして助けてくれたのが部長の百合先輩だった。

結局、俺は男子テニス部に入ったのだが、それからもこうやって俺のことを気にかけてくれる。

百合先輩だけは、俺のことをちゃんと男子として扱ってくれるのだ。だからこそ俺は……。


「あはは、謝るのはウチの部員でしょ?ホントに早乙女くんは優しいんだから」

「俺は、優しくなんて……」


優しくなんてない。俺はただの臆病な根性なしだ。

本当はこうして先輩の隣にいることだって相応しくない。


「さ、皆が心配してるし、そろそろ行こうかー」

「はい、迷惑かけてすいませんでした」

「うーん……。そこは謝るんじゃなくて、お礼じゃないかな?」

「……はい、探しに来てくれてありがとうございました。百合先輩」

「ふふっ、よく出来ました!そして、どういたしまして」


百合先輩の笑顔は夕日よりも眩しくて、直接なんて見ることが出来ない。

確かに俺は意気地なしだと、自分でも思う。

だけどこんな自分から卒業するためにも、俺は一歩を踏み出さないといけない。

玉砕覚悟で、OKされるわけないってことくらい俺が一番分かってる。

それでもせめて自分の気持ちくらいには、正直でいたいんだ。


「……やるぞ」


――俺は今週末の文化祭で、百合先輩に告白する。

もう1か月くらい前から決めていた、弱虫な俺の精一杯の決意だった。


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