二年目 三月中旬 医療検査技師・荻野貴子

 もうすぐ1年が経つ。

 忘れたつもりでも、今でも夢に見る。

 アレが何だったのか判らない。

 しかし、アレと同じ者が社会に溢れている。

 それどころか、その内の一体は……自分の恋人だった。

 もし、彼の子供を妊娠していたなら……果たして、我が子として愛せただろうか?

 出掛ける用意をしながら、そんな事が脳裏をよぎる。

 と言っても、どんな服装をすればいいか、ずっと迷っている。

 職場では私服で通勤し、更衣室で白衣に着替えていた。

 あとは……知人や親類の結婚式や葬式の為の服ぐらいしか無い。

「正装の方がいいのかな?」

 迷った結果、通勤時に着ている服の中で、一番「正装」っぽく見えるものを選ぶ。

 一体、何を見せられるのか……嫌な予感しかしない。

 玄関のチャイムが鳴る。

「はい」

「御迎えにあがりました。防衛省防衛研究所の村田と申します」

 ドアを開けると、背広姿の男が居た。

 かつての恋人と同じ位の年齢。

 顔付きも、体付きも……「防衛省」のイメージからは程遠い、大学の若手の研究者だと言われた方がしっくり来る眼鏡の男だった。

「わざわざ、すいません」

「いえ」

 階段でマンションの階段を下りる。

 家賃は安いが……下手したら築50年。5階建てだが、エレベーターは無い。

 近くに有る私鉄の路線は、荻野が社会人になる数年前にが出来たらしい。それ以前は、一番近い駅は、何㎞も離れた場所に有るJRの駅だったそうだ。

 一応は東京都内勤務の人も住んでいる地域だが、自家用車も持っている者も多い……そんな微妙な場所だった。

「おい……そ……そこの男……誰だ?」

「いや、君こそ誰だ?」

 突然、聞き覚えが有る……しかし……思い出したくもない声。

「や……やめて……」

 荻野のかつての恋人である加藤田宏志は、防衛省勤務と言っても自衛官ではないらしい村田と名乗った男を地面に突き倒し馬乗りになり……。

「いけません。警察は呼ばないで」

 村田は殴られながら、スマホを取り出した荻野にそう声をかける。

「誰だ? 誰だ? 誰だ、お前は? お前が、俺の女を……」

 ゴッ……。

 その時、誰かが、加藤田の頭を撲った。

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