一年目 十月中旬 調査委員会

「流石に、座長を引責辞任せざるを得ません」

 「Unknown被疑者である男性と、そうでない男性の間に、行動や思考のパターンに有意な差が有るか?」……その実験は、開始後、1ヶ月ほどで破綻した。

 二代目の調査委員会の座長である矢野は、判っているだけで2桁の死者と、その数倍の殺人容疑者が出た事の責任を取らざるを得ない……少なくとも、そう思っていた。

「私は……マモトだと思っていた……。でも……今は自信がない」

 Unknown被疑者と判定された調査委員の1人は、そう嘆息した。

「我々は、先天的な異常者で……たまたま、幸運にも、その異常性が発現する状況に置かれずに済んでいた……。そんな疑いが脳裏から離れんよ。今、私にとって世界で最も信用出来ぬ人間は……私自身だ……」

 その委員の顔には笑顔が……そして、目には涙が浮かんでいた。

 いや、正確には笑顔では無かった。

 顔の筋肉が引き攣って、笑顔のように見えていただけだった。

「たのむ……私が……私達が異常者なら異常者でいい。『これさえ避ければ異常性が発現する確率を減らせる』……それさえ判れば、犯罪者にならずに一生を終えられるかも知れん……。たのむ……早く突き止めてくれ。自分が異常者なら……その事実を受け入れる覚悟は出来てるつもりだ……。でも……答が出ない状態には耐えられん」

「この散々な結果から推測出来る事は有りますか?」

 矢野は、心理学者の滝沢にそう聞いた。

「Unknown被疑者が、ほぼ一〇〇%の集団は……言うなれば『鉄の規律』を保てる。Unknown被疑者とそうでない男性が入り混じった集団では、Unknown被疑者が主導権を握れた場合には『異物』の排除を行なう傾向が有る。一方で、Unknown被疑者でない者が主導権を握った集団では、Unknown被疑者は不満を溜めながらも大人しくなる」

 滝沢は溜息を吐いた後……。

「正確さより判り易さを優先した言い方をするなら……生まれと生育環境のどちらが原因かは不明ですが……Unknown被疑者は『根っからの体育会系』と云うのが、心理学の知識が無い人にも理解し易い説明だと思います。一方で、Unknown被疑者は自分が属する集団に盲従する傾向が有りますが……もし、その集団の性格・性質とUnknown被疑者特有の様々な性質と場合……その集団は暴走する確率が高くなります」

「えっと……つまり……あの……」

 矢野は少しの間、自分の頭の中を整理するかのように、指でこめかみを何度も軽く叩き続ける。

「心理学の素人としては、こう理解して良いのでしょうか?『Unknown被疑者は、いわゆる体育会系の組織に向いているが、一方で、体育会系の組織にUnknown被疑者が一定数以上居ると……その組織が何らかの暴走を起こす危険性が増す』と……」

「その説明が前提条件や文脈を無視されて一人歩きするのも危険ですが……今は、概ね、その御理解で良いかと」

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