一年目 八月上旬 調査委員会座長・栗原壮介

「まだ……お若いと思う方も居るだろうが……それは私のような老いぼれに比べての話だ。この委員会での議論を牽引してきた矢野先生が次の座長になるのが適切だと思う」

 Unknown調査委員会座長の栗原は必死に絞り出したような声で、そう言った。

「ですが……」

 現座長から次の座長に指名された矢野は……はっきり言えば、戸惑っていた。

「私は、この問題の利害当事者だ。公正な判断を下す自信が無い。いや……この際、はっきり言っていいかな? 我々、男性全てが、この件の利害当事者だ。男性は、この件から手を引くのが理想的かも知れん」

「無理です。学識経験者は、男性の方が圧倒的に多い。女性だけでは手が足りません」

「ならば、私が、これから言う事を議事録に残しておいてくれ。この委員会は女性のみで構成されるのが理想的だ。男性が、ここに居るのは、公平性を損なう。男性が、この場に居るのは……本来有るべき姿では無いが、様々な社会的制約による、やむを得ぬ事態だと思ってくれたまえ……」

 栗原は……溜息を吐いた。

「なぁ……あっちこっちの医大で、女性の受験者の得点を低く補正していた事が問題になっていたが……私の勤務先でもそうだったんだよ……」

「えっ?」

「私は……現実主義者のつもりだった。しかし……私の好きな推理作家の著書に面白い警句が有った。『異常事態への対処は現実家ではなく理想主義者に任せろ。現実家は巧く行っている状態を維持するのにけた連中の事だから、異常事態への対処においては何の役にも立たない』とね……。その事は理性あたまでは判っているが、残念ながら、私は……根っからの『現実家』だ」

「あ……あの……しかし……私や先生が……その……」

 栗原は、自分と同じく医大教授の叫びに対して、目を閉じて首を横に振った。

「私や君は……自分が本当は何者なのか知らなかった。私や君が、この場に居て良いかは……我々がどのような存在であるかが、もっと判ってから決めても遅くはあるまい……」

 日本全国の遺伝子解析装置をフル動員して調べた結果……警察官・自衛官に占めるUnknown被疑者の割合は、民間企業より有意に高く、そして、警察であれば、機動隊・公安・組対マル暴などの荒っぽい「文化」が有る部署に一定期間以上在籍していた警察官は、そうでない警官に比べてUnknown被疑者の割合が高く、更にその中でも「叩き上げ」の警察官は更に高い傾向が見られた。

 逆に、一般の大学を出た警察官・自衛官は、そうでない警察官・自衛官よりUnknown被疑者の割合が低かったが、高校・大学時代に体育会系のサークル・部活動に所属していた場合は、一般大学卒ではない警察官・自衛官並の割合となっていた。

 警察官・自衛官ほどでは無いが、中央省庁の官僚も民間企業より若干ではあるが有意に高かった。

 当然ながら、この調査委員会の担当官僚や、調査委員会のメンバーの中にも、Unknown被疑者は居た。

 新しい座長に指名された矢野は、少し目をつぶって考え事をした後に、口を開いた。

「栗原先生。医学の中でも、ある分野の専門家が必要と考えます。十分な人数の方々を御推薦いただけますか?」

「ん? どう云う事だ? 何の分野だね?」

「疫学です」

「え……疫学? 何故だ? Unknownは、将来、遺伝病に分類される可能性は有るかも知れないが、伝染病ではないぞ?」

「いえ……ある実験計画の詳細を立案していただきます」

「……実験?」

「偶然かも知れませんが……Unknown被疑者の割合が有意に高い組織には、共通点が有るかも知れません。いえ……Unknownの組織が有って、裏から日本を支配しようとしているなどと云う陰謀論にくみするつもりは有りませんが……それでも、確認は必要かと思います」

「何をだね?」

「Unknown被疑者である男性と、そうでない男性の間に、行動や思考のパターンに有意な差が有るかです」

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