俯く男
まぁち
第1話 邂逅
「災難でしたね。佐々木優奈さん」
突然声をかけられ、下に目を向けた。
視線の先にいたのは、自分と同い年くらいの、端正な顔立ちをした少女。
「………………」
知ってる人だったかと考えていると、少女は破顔して、
「申し遅れました。私、榊原って言います。世間一般で言う、霊能者です」
ぞっとするような綺麗な笑顔で、少女は言った。
# # #
近道を知ってる。
そう言った友人に教えられたのは獣道じみた、鬱蒼と生える草木をかき分けて進むような道だった。
「本当に合ってるのかな、ここで」
教えてもらったのは、学校から駅までの近道。
友人は朝、遅刻しそうな時によく使っていると言っていた。
「嘘つかれてないよね…?」
部活の外周中に友人とこっそり抜けて、場所を教えてもらったのだから道を間違えているはずは無いと思うが、それにしてもとても人が通るような道じゃない。
しかも今は部活終わりで、時刻は19時30分。
街灯の無い、暗闇に呑まれた自然の道を進んでいるとそれだけで不安にかられるのは道理だった。
スマホの画面を時折確認しながら進む。
20時からどうしても見たいドラマがあった。
今夜から放送開始する優奈が大ファンの俳優が主役の作品で、なるべくリアルタイムで見たかったが、バスケ部の練習が終わって即刻帰って電車に乗ったとしても、いつもの通学路を通って行けば家までギリギリ間に合わないのは明白だったため、友人であるミユに愚痴ったら、ここを教えてくれた。
しかし、後悔が早くも胸に押し寄せていた。
虫の鳴く音だけが耳朶に響く、暗闇。残暑の空気が肌に絡みつき、汗が滲む。
――こんな険しい道なんて聞いてないよ…。
げんなりして、肩にかけたスポーツバッグの重さを鬱陶しく感じながら半ば諦めて進んだ。
「いたっ」
木の枝が左腕に引っかかった。
擦り剥けて肌が赤くなり、痛みが後からじわじわと湧いてくる。
「あーもう、最悪」
暑さと痛みに顔をしかめて、側に落ちていた小石を蹴り飛ばした。
「……あ」
と、蹴り飛ばした先。
雑草に紛れて見えたのは古ぼけた神社の社だった。
小走りに駆けて側まで近づくと、すぐ近くに大きな鳥居も見えた。
社の手入れは全くされてはいないわけでは無いようだが、所々に苔が生えており、あまり良い印象を受けない。
草木に囲まれたそれは人々に忘れ去られ、寂しく佇んでいるように感じられた。
「ここかぁ…ミユの言ってた神社って」
友人に教えられた目印。
確か、途中で神社があるから、そこまで行ったら鳥居の横を通りすぎて、その先にある階段をしばらく下っていくと駅…だったか。
ちゃんと先に進んでいたという事実にいくらか安堵し、気力を得た。
言われた通り鳥居の横を通り抜ける。
階段を探し、辺りを見渡したところで、ふと、視界に映る何かに気づいた。
「え…」
――人。
神職だろうか。
暗闇の中でよく見えないが、袴を身にまとった男性のように見えるそれが、社の近くに佇んでいる。
しかし、違和感があった。
動きがないのだ。
じっと、俯いたまま動かない。
地面の一点を見つめたまま、微動だにしないのである。
いきなり飛び出してきた優奈に一瞥でもくれるのが自然だが、彼は優奈を気にした素振りもなく、時が止まったかのように俯いていた。
湧き出る不審感。
――気味悪いな。
優奈は男を視界から追いやり、その場から逃げるように前へ進んだ。
すると、すぐに件の階段らしきものを発見。小走りに階段へ向かう。
スマホで時刻を見る。
ミユの言うとおりであれば、このまま行けば次に出る電車に間に合うだろう。
興奮気味に階段を下り、
「…………!」
脚が、思わず止まった。
背筋が粟立つ。
さわさわと風に揺られてざわめく木々と、虫の鳴く音だけが、世界を包んでいた。
何が起きた?
分からない。
突如として言い知れぬ恐怖が優奈を襲ったのだ。
咄嗟に思い浮かんだのは、今しがた見た男の姿。
「…………っ」
頭を振って恐怖を払った。
振り返る事なく、階段を駆け下りる。
一刻も早く、この場から立ち去らなければ。
ただそれだけを考えて、ひたすらに駆けた。
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