宛先不明郵便
村良 咲
第1話 杏璃ちゃんへ
向谷杏璃さんへ
お久しぶりです。
私が学校に行けなくなってから、もう8年が経ちます。
杏璃ちゃんは、今日、高校を卒業します。
「大人になったら保母さんになりたい」
そう言っていた杏璃ちゃんは、
きっと夢を叶えるための進路を進むのでしょうね。
私は、小学生のまま、まだ自分の部屋から出ることが出来ません。
杏璃ちゃんと出会ったのは、幼稚園のときでした。
とはいっても、小さすぎてその頃の記憶などはなく
物心つくころから、仲良しでいつも一緒だったから、
いつから仲が良かったのかは、お母さんたちがそう話していたことで
幼稚園の頃から仲良しだったんだねと2人でよく話してたね。
小学生になって同じクラスになった時、すごく嬉しかったし、
2年生でクラスが離れても、授業中以外はしょっちゅう一緒にいたよね。
帰る方向が違うから、下校時間まで学校で遊んでいて、
よく先生に、「早く帰りなさい!」って、怒られたね。
だから時々は帰りの会が終わると、
学校を出て近くの里山公園の四阿で、宿題しながらお喋りしたね。
折り紙を持ち込んだり、可愛い便箋を持ち込んで、
それを交換して、お互い宛に手紙を書いたりしたね。
あの手紙、今も机の宝物ボックスの中に入れてあるんだよ。
3年生でまた同じクラスになって、4年生でもまた同じクラスで
3~4年で持ち上がった西山先生に、
「同じクラスにしてくれてありがとう!」って、2人で言いに行ったよね。
その頃から、杏璃ちゃんはテストでいい点数が取れなくなってて
「算数を教えて」って言われて、私はよく勉強を教えてあげたね。
私は勉強は嫌いじゃなかったし、杏璃ちゃんに教えてあげたくて
私ももっと勉強を頑張らなくちゃって思って、一生懸命勉強したよ。
点数が取れなくなっていた杏璃ちゃんを、
バカだなんて思ったことなんてなかった。
夏休みにも一緒に練習帳をやったよね。
読書感想文も、自由研究も一緒にやって、
宿題の後は自転車でいつもよりちょっと遠くまで遊びに行ったよね。
一緒に食べた駄菓子屋の「さくらや」のかき氷、とっても美味しかったね。
最後に食べたあの日以来、私はかき氷を食べていません。
そんなあの日、一緒に登った作りかけの避難塔は、
今も使われることはなく、使うほどの大きな災害は来ていません。
あそこに登ろうって言ったの、杏璃ちゃんだったよね。
私は、高いところは嫌だって言ったのに、
あそこからの景色は海が遠くの方まで見えて、
すっごく綺麗だよって杏璃ちゃんが言うから、
前に一度登ったことがあるし、平気だよって、杏璃ちゃんが言うから、
だから……
一緒に登った避難塔の上からの景色は確かに綺麗だった。
けれど、私はそんなことよりも、すごく高いところで怖かったし、
早く下りたいって、その気持ちの方が大きかったんだよ。
あの時、どうして杏璃ちゃんがあんなことしたのか……
私は杏璃ちゃんがそこまで思い詰めてたこと全然わからなかった。
下りる時、その高さに私があまりにも怖がっていたから、
「私が先に下りるから、私が下にいるからいいでしょ。
私が足を置く場所とか、
教えてあげるから夕季ちゃんは目をつぶってくればいいよ」
私は杏璃ちゃんの言うとおりに、杏璃ちゃんが下り始めたあとに、
鉄の梯子を、外を背にして一つ下りて、そこで目を閉じたんだ。
杏璃ちゃんの
「手でしっかり持って、足を一つ下げて。もう少し、あと少し、もうちょっと」
その言葉を頼りに2段下りた時、いきなり足首を掴まれて下に引っ張られ、
私は足先から脳天に何かが突き抜けるような、そんな感覚にゾワ立ち、
「やめて!!やめて!怖いっ」
「夕季ちゃん、あたしのことバカだって思ってるんでしょ」
その時の杏璃ちゃんは、今まで聞いたこともない冷たい声でそう言って、
私の足首を持ち、思いっきり引っ張った。
私は怖くて、絶対に手を離したらダメだって思って、必死に掴んで……
「やめて、やめて」と言いながら、それでもやめてくれない杏璃ちゃんの頭を……
思いっきり、力いっぱい蹴った。
退院して自分の部屋に戻った私は、あの日から時間が止まった。
杏璃ちゃんは今日、高校を卒業するんだね。
おめでとう。
夕季より
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