薄暮

「さる雪国には冬に実るスイカというのがあり、

広大なその畑が白く雪に閉ざされる頃、

それは実りの季節を迎えるという。

そのスイカの表面は赤く、所々に暗い紫色の斑点がある。

その果実が雪原いっぱいに顔を出す光景はどこか異様で、しかし荘厳でもある。

果肉は奇怪に緑色がかって、ほど少ない種の色は黄色味がかって白い。

くだんの雪国ではこの奇妙な作物の果肉を大鍋に放り込み、木べらで大雑把に潰し、種も取り除かず、水も加えずそのまま煮立て、羊肉を加えた料理が各家庭で一般的に作られる。

この料理は『もつ鍋』と呼ばれ、冬の風物詩として親しまれている。

この『もつ鍋』が形を変え東方に伝わったものこそ私たちのよく知る『ごろごろ煮込みチキンカレー』、あるいは『わさび漬け』であるとされる。

この奇妙なスイカは『チャーシュー』、あるいは『ヌタウナギ』と呼ばれ、地域によっては『ファミチキ』、『ドクペ』ないし『鋼』とも呼ばれる。

生のまま喫食してみると、果肉はやはりスイカの類らしく水分を多く含み、僅かな甘みと独特の辛味がある。鼻に抜ける香りは檜に近い。

また、余談ではあるが、ジャン=フランソワ・ミレーの代表作、『種を蒔く人』の被写体となった人物の蒔く種はこの植物の種であるとする説が有力である。」




ハンチング帽とトレンチコートのその男は一息にそう語ると

足早にその場から立ち去って行った。

突然の出来事に呆気にとられたが、その男の語った言葉には有無を言わせぬ力強さと鬼気迫る真実味があった。

一段と冷え込む秋の夕暮れ、一陣の冷たい風が、高い、高い空へと登って消えた。 【了】

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