エピローグ

翌日。


人生で一番長かったように感じたあの日は本当に昨日だったんだろうか。


何だか半年ぐらい前のような感覚を受ける。


それでいて、まだ舞台からも降りていないような不思議な錯覚を受ける。


今日は授業の内容も正直覚えていない。


気が付いたらあっという間に終わっていた。


今は放課後。従って、これから生徒会室に向かわなければならないわけだ。


「洸夜さん。今から一緒に行きません?」


クラスメートの雪美さんが笑顔で僕に話しかけてくれる。


僕はそれに笑顔で返し、だけど静かに手を横に振った。


「ごめん。行くけど少しだけ後でいいかな。もう少し空を眺めていたい」


「分かりました。では先に行きます。待っていますよ」


「分かってる。数分で行くから」


「はい。それではお先に失礼します」


雪美さんは静かに一度小さく頭を下げてから先に教室を出て行った。


それを見届けてから、再度空に視線を向ける。


「スペードのジャックか……」


耳に手を当ててイヤリングの感触を確かめる。


それは確かに僕の耳にある。


スペードを模ったとても綺麗なイヤリング。


純香さまや渚さまのあの堂々とした姿を見て、逆にほんの少しだけど不安になった気がした。


一年後、僕は渚さまのようになれるだろうか。


「ふう…………そんなこと考えるより、まず行動だぞ麻井洸夜!」


僕は一度深くため息をついてから、軽く自分を鼓舞する。


声に出せば何となく変な気分は抜けるように感じた。


そして僕は一気に立ち上がり、教室を出て、生徒会室へと歩き出す。


今の自分の気持ちを表すように心なしか早歩きだ。


すると、それほど遠くない目的地は本当にあっという間についてしまった。


「いよいよ……か。頑張らないと」


僕は生徒会室の前に立ち止まり、もう一度息を整える。


「あら洸夜。偶然ね」


「えっ!?」


突然背後から掛けられた声に驚く。


その姿は渚さまだった。


「深呼吸なんてしちゃって……まさか緊張しちゃってるとか」


「そっ、そんな……」


図星に顔が赤くなってしまう。


そんな僕の様子を見て渚さまはすぐに状況を察してくれた。


「うふふ。可愛いわよ洸夜。それなら一緒に開けましょうか」


「えっ?、わっ、きゃっ」


渚さまはそういうと、いきなり僕の手を握り、ドアノブの僕に握らせ、その僕の手に渚さまが手を重ねた。


「あの……」


「一緒にあけましょう。任命式を終えて最初の生徒会の会議なのよ。二人で一緒がいいんじゃないかしら」


「は……はい。でもっ」


耳元で優しく囁いてくれた渚さまの吐息がやけにリアルに感じられた。


「しのぶと雪美ちゃんの真似よ。嫌かしら?」


「いえっ、うっ……嬉しいです」


上手くしたが回らない自分が悔しい。凄く動揺してるのが自分でも分かる。


「それじゃ開けましょう。ワン、ツー、スリー!」


渚さまはカウントダウンをしてくれたので、僕も意を決してタイミングを合わせ、一気にドアノブを回す。


ドアの向こうには、きっと僕と渚さまの素晴らしい未来が広がっている。


今の僕にはいつの間にか、明るく楽しいこれからの事しか考えられなくなっていた。


きっとそれは現実となるはずだ。


だって僕の隣には渚さまがいるんだから。








終わり。

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