一話「絵柄だけのトランプカード」 その4

帰り道。僕たちジャックの四人は一緒の道を歩いている。


明日までに僕はインタビューのために受け答えを考えないと駄目だ。


しかも今日の自己紹介と違って新聞部のインタビューだから全校生徒が見るものだ。


今日以上にプレッシャーがかかる。どうするべきか。


「洸夜さん。難しそうな顔ですが何か悩み事ですか?」


「雪美さんはどうする?インタビュー」


「今日と同じですよ。全校生徒が拝見なさるのは少し緊張しますが」


「みつきは大丈夫だよ。元気元気で乗り切る」


「みつきちゃんは一番心配じゃなくて。私のように雑誌でインタビュー慣れしてるならまだしも」


「あづささんはインタビュー経験が御有りで?」


「雪美さん。私はフィギュアスケートで世界大会にも出てますの。雑誌はもちろん生放送のテレビにだって。いまさら校内インタビューなど、簡単すぎますわ」


「それでは教えてくださいませんか。私達は経験も無いですし」


「僕も教えてほしいな。恥はかきたくないし」


「じゃあみつきもぉ」


いつの間にか全員であづささんにインタビューのコツを聞いていた。


「そうですわね。まあ大事なのは落ち着いて質問の答えはゆっくり考えてからで良いんですの。明日は新聞部ですので焦って受け答えする必要はありませんわ。気負わなければ簡単ですのよ」


「簡単なことなんですね」


「そうよ」


「ありがとうございます」


あづささんのある意味当たり前のような極意に雪美さんは丁寧に頭を下げている。


でもそれが出来ればそもそもコツとか聞かないような。


というか絶対に口からデマカセのような気がする。考えてみたが大体インタビューにコツとかあるのか。


僕はあづささんに聞いたのは間違いのような気がした。


でもとりあえず聞いた以上は僕も頭を下げる。みつきちゃんも続いて礼をする。


だが結局明日は大変なことになりそうだった。








翌日のお昼休み。僕と雪美さんは生徒会室に向かう。


「雪美さんはインタビューのことは考えてきた?」


「はい。ですが当たり障りの無い回答ばかりになりそうで心配ですけど」


「一応考えてきたんだ。僕は実は何も考えて来れなかったんだよね」


「そうですか。少し不安ですね」


「うん。まあなんとか……ね」


実は昨日、玲子に手伝ってもらってインタビューの練習はやったんだが玲子はどうもインタビューするのは慣れてないらしくいろいろ手間取ってしまい結局練習はほとんど出来なかった。


しかもその後は疲れが出てきてしまいそのまま朝まで熟睡。本当にピンチだ。


「着きましたよ」


考え事をしているうちに生徒会室に着いてしまう。


「あっ。じゃあ入ろうか」


雪美さんがドアを軽くノックしてドアを開ける。


中には僕と雪美さん以外は全員が揃っていた。


「これで全員ね。もうすぐ新聞部の方もいらっしゃるわ。座って待っていましょう」


純香さまが声をかけたので僕もそのまま渚さまの隣に座る。雪美さんはしのぶさまの隣だ。


「洸夜。あなた少し遅いわよ。どうしたの」


「すいません。授業が長引いてしまって」


「そうなの。まあ授業ならしょうがないわね。次から気をつけなさい」


「はい。次から気をつけます」


「渚。授業なら気をつけようが無いでしょう」


不意に純香さまが渚さまに注意というか突っ込み?をいれる。


「……それは」


「冗談よ」


純香さまも冗談を言うのか。少し驚いた。


そしてその後すぐに新聞部の人たちが二人生徒会室にやってきた。


「始めまして。昨日連絡した新聞部部長の大塚おおつか裕ひろ貴きだけど。みんな居るね。俺が今日は写真とインタビューをするから。もう一人は書記だけどあまり気にしないで良いから」


どうやら二人の構成はカメラマンとインタビュアーを兼任する部長と書記らしい。意外と本格的だ。


だが部長さんはどうも明るいというか何というか。


「どうせならいろんな場所でしようと思うんだけど……良いかな?」


裕貴さんはキングのカルテットに聞いていた。


「面白そうね」


「つかさは良いけど」


「萌も良いよ」


「どうやら良いらしいわよ。それでどこでしますの?」


純香さまが場所も尋ねる。


「そうだね。洸夜くんは生徒会室で他の三人は部活動場所でおねがいするよ。雪美くんは着物を着てくれると嬉しい。みつきくんは聖華くんと一緒に料理をしているところを。あづさくんはスケートリンクで滑ってるところを。それぞれの写真をバックにインタビュー記事を書こうと思う。あと十二人全員の写真も一枚ほしい」


「私は構いませんけど」


「……雪美が良いなら………私は何も言わない」


クローバーはあっさり了承する。雪美さんは裕貴さんにも穏やかな笑顔を送っていた。


「聖華さまは良い?」


「みつきが良いならね」


「じゃあみつきも良いよ」


ハートも了承を出す。


「スケートですか。しかしそれは」


「やったら。あづさのスケートは綺麗だし」


「そうですか。それでは」


ダイヤも了承だ。あづささんは少し渋っていたが楓さまの一声ですぐに変わった。


僕は当初の予定通り生徒会室なので特に問題も無く昼の打ち合わせは終了した。





放課後。僕のインタビューは最後なのでまだ少し時間はあった。雪美さんは着物に着替えるので先に更衣室に向かってしまい、僕もとりあえず生徒会室に向かおうとした。


だけど教室を出ると足が止まる。


「渚さまに純香さま。どうして」


いきなり二人が僕の方に来ていた。思わず驚いてしまう。


「洸夜。あなたは他の三人のインタビューを見ておきなさい」


「えっ。でも邪魔じゃ」


「大丈夫よ。事前に私が聞いたら良いですって。それに渚も洸夜ちゃんが心配なんだって」


渚さまが僕を心配か。そこまで気にかけているのは少し嬉しい。僕はすぐに返事をして最初のインタビューのみつきちゃんのところに向かう。





料理部ではちょうどインタビューが始まるところだった。


みつきちゃんと聖華さまは並んでいすに座って写真を何枚も取られながらインタビューが始まる。つかささまは後ろでそっと二人を見守っている。


「じゃあね。まずは……」


だけどインタビューは意外とあっさり終わってしまう。そして二人の部活動の風景を写真に取り始める。


「いいね。じゃあ聖華くんがみつきくんの後ろからそっとサポートする感じで」


「こんな感じですか?」


「きゃっ。聖華さまいきなり」


「あっ。ごめんごめん」


……なんだか見てるほうが恥ずかしいかも。


でも二人はまるでアイドルみたいだ。


「じゃあ次はみつきくんの顔に付いたクリームを聖華くんが指でぬぐってそれをなめる」


「えっ。それは・・・」


「あぐっ。恥ずかしいよぉ」


何だか注文が過激になったな。これを連続写真で新聞に載せるつもりか。


「面白そう。つかさも一緒にいい?」


「もちろんです。三人なら絵的にもいいですよ」


「はーい」


つかささまも混ざってその後さらにハートの三人の写真撮影は過激なものとなった。





ハートの超過劇な撮影が終わり次はダイヤの番らしい。


新聞部の撮影スタッフはスケートリンクに移動する。


僕も一緒に向かうことになる。





スケートリンクではあづささんが練習をしていた。


とても綺麗に滑っている。


あまりフィギュアスケートは知らない僕でもステップの華麗さやジャンプの高さは分かる。


「綺麗でしょ。あづさちゃんの滑りは私も大好きだわ。あの子は本当に素敵ね」


不意に横から話しかけられる。


琴実さまだ。その横には楓さまもいた。


「もう聖華とみつきちゃんのインタビュー終わったんだ。どんな感じ?」


楓さまが僕に聞いてきた。僕は先ほどの少し過激な内容を説明した。すると


「へえ。面白そうだね。楽しみ」


「そうね。あづさちゃんがどんな反応するかも興味あるわ」


二人は笑顔だ。





その後あづささんは練習がひと段落するとインタビュアーの存在に気が付いた。


「もう来ましたの。それでは始めましょうか」


あづささんは裕貴さんに近づいて話しかけた。


「ありがとう。じゃあ始めるよ。はい。では最初は……」





インタビューはものの五分程度で終了した。


そしてカメラの用意が始まる。


「ちょっと待って。なんなのこれは?」


あづささんが疑問に思う。


そして気が付くと楓さまと琴実さまはスケート靴を履いてリンクに入っていた。


「メインは写真撮影らしいわ。あづさも綺麗に撮ってもらいたいでしょ」


「そうだよあづさ。せっかくだし楽しい方が良いよね」


二人があづさの元に近づく。二人とも意外にスケートは上手かった。


「……しょうがありませんわね。楓さまと琴実さまが了承なさっては、断れるわけありませんわ」


撮影会が始まった。


先ほどと同じでやっぱり過激と思いきや違った。


「じゃああづさくんと楓くんは並んで滑って」


「分かりましたわ」


「普通だね」


二人は本当に普通に滑る。


「じゃあ次は手を握って」


「えっ!?」


そこで、あづささんは少し表情が変わる。


だけど楓さまはかまわず握る。


「あづさ」


そっと名前を呼んで、さらに強く手を握った。


「きゃっ」


あづささんの顔は真っ赤になる。


楓さまの表情は楽しそうだ。


「じゃあ琴実は少し見守ってる感じの表情をお願い」


「はいはい」


裕貴さんの注文に応え、二人の方向を見つめてそっと遠くを見るような、でも優しい表情を見せた。


その表情になぜか気になるものを僕は感じていた。


「いいよ。琴実表情良いよ」


「ありがとう」


琴実さまの表情はすぐにいつもの表情に戻った。


僕の気のせいか。


一方あづささんの楓さまはまだ手を握っていた。


「ちょっと楓さま。そんなやめて」


「駄目だよ。あづさ」


楓さまはそのままあづささんの手を引き体を引き寄せた。


「おっ。これはシャッターチャンス」


裕貴さんはすぐにシャッターを押す。


でもそれにも二人は構わずにいた。


「楓さま。写真が……」


「いいよ。二人の今が形で残るって素敵じゃん」


「……楓さまったら」


熱いな。見てるこっちも暑くなる。





そのいろんな意味あつかった撮影会はしばらくして終わってくれた。


実際には十数分だと思うけど、僕には一時間にも二時間にも感じられた。


そして次はクローバー。それが終われば僕と渚さまだ。


少し僕も緊張していた。





華道部では雪美さんが着物に着替えて正座をして待っていた。


しのぶさまと萌さまも雪美さんに合わせて着物を着ている。


二人とも普段は着物は着ないのに結構しっかり着こなしている。


恐らく雪美さんがあわせたのだろう。


だけど、普段見慣れていない物を見るというのは、本当に新鮮に感じた。


「みんな着物着てくれたんだ。これは助かるよ。じゃあまずは一枚」


裕貴さんは早速写真を一枚撮る。


そしてインタビューへと入る。


「ではまずは……」





だが今回も先ほどの二回と同じで比較的短時間でインタビューは終わる。


そして撮影会だ。


「じゃあしのぶくんが生け花をして後ろから雪美くんがそっと手取り足取り教える感じで」


「えっ!」


雪美さんは固まる。


「……雪美」


固まった雪美さんの手をしのぶさまがそっと引く。


「……大丈夫」


「しのぶさま」


雪美さんはすぐに落ち着く。


そしてしのぶさまの後ろに回りこんで手を取る。


「……うふふ……こんなの初めてね」


「えっ」


「……だって……後ろから抱きつかれてるみたい」


「きゃっ!そんなつもりじゃ」


雪美さんは思わず飛びのくように離れる。顔は真っ赤。


もちろん一部始終を裕貴さんは逃さずにカメラへと収めた。


「いいよ。良い感じ」


裕貴さんはとてもマイペースな人だった。


「……いいの。雪美……もっと近づいて」


「えっ。でも」


「……お願い」


「……はい」


雪美さんは少し間を置いて返事をした。


そしてしのぶさまに近づく。


向かい合う。


そこに無数の写真が撮られる。





「ねえ洸夜ちゃん。萌出番ないよー」


二人の熱い世界を見入ってたら隣で萌さまが話しかけてきた。


どうやら二人の世界には入りにくいようだ。


「萌だって二人の邪魔をするような無粋なまねはしないよ。でもせっかく着物着たのに写真が一枚だけって勿体無いと思うのよ。洸夜ちゃんはどうすれば良いと思う?」


どうやら邪魔はしたくないけど写真を撮ってもらえないのが不満らしい。


「こんなんだったら着なければよかった」


ご立腹だった。


「ですけど僕は萌さまの着物姿可愛いと思いますよ。とても似合ってます」


優しく褒める。でも嘘じゃない。本当に可愛いと思った。


「えっ。洸夜ちゃん……萌可愛い?」


「えっ。あっ。すいません。可愛いって先輩ですよね。僕失礼でしたね」


すぐに謝る。先輩に可愛いはまずかったと思った。


「違うよ。嬉しい」


「えっ」


予想外の反応だった。


萌さまがそっと僕を見つめている。


いったいなんなんだろ。この感じは……。





「撮影終わったよ。最後に萌も一緒に写ってくれる?三人の絡みがもっとほしいから」


いきなり裕貴さんが話しかけられて僕は驚いた。


萌さまも驚いたようだ。一瞬目を丸くした。


だけどすぐに気を落ち着ける。


「じゃあ洸夜ちゃん。萌行ってくるねー」


「はい。頑張ってください」


萌さまも合流して更に写真を数枚撮る。


萌さまも着物姿をちゃんと撮ってもらえて本人も嬉しそうだった。


そしてクローバーの三人の撮影会も終えていよいよ僕たちを残すのみとなった。


心拍数も大きく上がったのを感じた。





生徒会室では渚さまと純香さまが生徒会の仕事をしながら待っていた。


「あら洸夜ちゃん。もうみんな終わったの?」


純香さまが僕に気づいて微笑みながら話しかけてくれる。


「はい。もうそろそろこちらにも来ると思います」


「そう。……それで洸夜。あなたはどう。大丈夫なの?」


渚さまが僕に訪ねる。口調は相変わらず少し強めだ。


「はい。ですが何だかインタビューより写真撮影のほうが多いですよ。しかもクイーンとジャックが絡んで撮るのが」


「あらあら。それじゃ渚も大変ね。写真で洸夜ちゃんと絡むのって緊張しちゃうでしょ」


「そんな純香さま。私は平気です」


「もう、強がっちゃって」


純香さまは軽く渚さまをからかう。


そしてそんなことをしているうちに裕貴さんたちがやってきた。





「大塚裕貴です。ではインタビューおねがいします」


「はっはい」


「じゃあね。どういうきっかけで渚くんのジャックになったの?」


「えっ。ええと」


僕は声が詰まる。思わず渚さまを見る。


「わたくしが言いますわ。洸夜はね。わたくしが運命と感じたの。だからわたくしがジャックにしたの」


渚さまははっきりとした口調で言ってくれた。僕も何とか続く。


「はい。僕も渚さまとなら一緒にやっていけると、そう思いました」


言えた。


「そう。じゃあ次はね……」


その後のインタビューは何とか落ち着いて乗り切れた。


でも内心はとても緊張した。


手に少し汗もかいた。


でも前のみんなと同じ短いインタビュー。事前に分かっていたのが本当に幸いした。


これは見学できるように計らってくれた純香さまに感謝しないと。


「じゃあ次は渚くんと一緒に写真でも撮ろうか」


いよいよだ。


これはさっきとは違う。


僕は落ち着きかけていた心がまた激しく動き回ってしまった。





「最初はね。二人で椅子に座りながら手を握り合って。そして渚くんは微笑んでね」


いきなり手を握る。


僕は思わず手をハンカチで拭う。


汗をかいてしまった手で握るなんて出来ない。


でも焦ってしまいまた少し汗ばんでしまう。


「洸夜」


「えっ」


渚さまは僕の手をそっと握った。


「大丈夫よ。落ち着いて」


そしてそっと僕に微笑んでくれた。


僕は顔が熱くてオーバーヒートしてしまいそう。


「いいね。表情良いよ。何か初々しい。じゃあ次は向かい合って洸夜くんは渚くんの肩に両手を置いて。そして渚くんは右手を洸夜くんの腰に回して左手で唇を触れて」


いきなり難易度が跳ね上がる。


これには渚さまも一緒に純香さまを見た。


だけど


「面白そうね。頑張って~」


純香さまは相変わらずの笑顔で楽しんでいた。


「覚悟決めるわね。洸夜」


「えっ。でも・・・あっ」


渚さまは要求どおりのポーズを取る。


もう僕の心拍数は人生で最高の数値を叩き出していると思う。


いや世界一かも知れない。


心拍数のギネス記録更新かも。


僕はとにかくそれくらい心拍数が異常に上がってしまう。


胸の鼓動が聞こえたらどうしよう。


「洸夜」


ああ。何だか幻聴まで。


「洸夜、洸夜っ!」


「えっはいっ!」


幻聴じゃなかった。鼓動が聞こえた?


僕はそう思うと途端に恥ずかしくなる。


「手を肩に置いて。私も……照れるから」


「えっ。あっはい」


急いで手を肩に置く。


そして何枚も写真を撮られる。





その後も十数個のポーズを取りながら写真を撮ってスペードの撮影会は終了になった。


途中からは純香さまも参加してほんの少しだけ余裕が出来たけど本当に心臓が止まりそうだった。





そしてしばらくすると、クローバーとダイヤとハートのみんなも戻ってくる。


当初の予定通り、最後に十二人全員での記念撮影のためだ。


さすがに全員集合の写真では雪美さん達も制服に着替えていた。


「じゃあ始めるよ。立ち位置だけど、ジャックの四人が中央で、クイーンとキングの四人は右と左にお願い。それぞれの細かい配置は任せるから」


裕貴さんは大雑把に立ち位置を指定してくれる。


でも立ち位置は自然に決まる。


僕の右隣にあづささん、左となりには雪美さんで雪美さんのさらに左にはみつきちゃん。


この形が妙にしっくりと来た気がした。


なぜか分からないけど、そんな感じ。


それは裕貴さんも同じなのか。


「うん、自然でいいよ。じゃあ押すから、はい、チーズ!」


とそのまま一気にシャッターを押す。


不意に押されたせいか、特に緊張しないで逆に自然な表情が出来たかも。


集合写真が一番自然体になったのもどうかと思うけど、終わりよければ何とやらだし、これはこれでいいんだと思う。


「うん、みんな自然な表情でいいよ。後は俺がちゃんとまとめるから、本当に今日はありがとう」


裕貴さんは最後まで明るさを崩さずに去っていった。


すべて終わってから考えると荒らしのような人だったように思えてしまう。





そしてしばらくして落ち着いたのか、全員が椅子に座る。


僕たちジャックは紅茶を人数分淹れたので、全員の前には紅茶がある。


でも誰も口を開かず、紅茶にも口をつけない。何故か静寂が続く。


でもそれはすぐにキングの人が破ってくれた。


そしてそれを一口飲みながら琴実さまが沈黙を破り口を開いた。


「結局やられたわ。インタビューはあったけど、写真集まがいで出されるわね。きっと」


ため息交じりの一言。


「でも萌は楽しかったよ。琴実は楽しく無かったの?」


「うん。つかさも楽しかったな。アイドルみたいで」


萌さまとつかささまは相変わらず楽しければそれでいいという感じだった。


二人の明るさと可愛さは本当に癒される。


「別に楽しくないわけではないけど……でも何だか嫌だわ。せっかく写真部の時に断ったのに結果はほとんど同じだなんて」


琴実さまはそのことがどうも気に入らないみたいだ。


実際撮影会の時は結構楽しそうな感じがしてたけど……。


「まあ琴実。過ぎたことだし難しく考える事はないわ。私は思ったより楽しかったし、それでいいじゃない」


「純香まで……まあそうね。確かに私も色々と考えすぎたところがあるし、楽しかったのは事実だわ」


琴実さまはそれだけいうとまた紅茶に口をつける。


そして琴実さまは特に話す事が無いようなそぶりを見せると、純香さまの方が新たに話を切り出してきた。


「……言い忘れてたけど、五月の任命式の日にジャックのみんなには特技披露の場が設けられてるの。まだ少し時間はあるけど、早めに何をするか決めておいたほうがいいわ」


……それは本当に急だった。正直に言うと戸惑ってしまう。


だって、いきなり当たり前のように特技披露。


それも任命式なんて全校生徒の目の前。


そんな重大なことをさらりと言われても戸惑ってしまう。


何をしたらいいんだろう。


「そういえばそうだね。つかさ楽しみ。みんな何やるか期待してるよ」


つかささまの無垢な発言は今の僕には少しだけ重荷だった。


期待されると余計にプレッシャーがかかるし、僕には魅せるような特技は無い。


どうしよう。





その後すぐに生徒会は終了し、今日のところは解散となった。


出来れば誰かと帰りたかったけど、残念ながら雪美さんもあづささんもみつきちゃんもクラブに戻る事になっていた。


渚さまも車の迎えが来ていたために、一人僕は屋上にいる。


「どうしよう。特技なんてないし……」


頭を抱えるけど、それで打開策なんて見つかるわけでもない。


時間を無駄に浪費してしまうだけだ。


「洸夜ちゃん悩んでるの?」


「えっ?」


悩んでると天の助けのような声が聞こえてきた。


そこには萌さまがいた。


「萌さま……どうして?」


「洸夜ちゃんが悩んでるみたいだったから。それで何を悩んでるの?特技?」


「………はい」


嘘をつく必要も無いので正直に打ち明ける。


それに萌さまは何となく話しやすいように感じたのもあったと思う。


「洸夜ちゃんは難しく考えすぎだよ。特技と言ってもそんな誰にも出来ないような事する必要ないんだよ。遊びみたいなものなんだから」


「……でもそんな特技という物が………僕平凡だから」


「そうかな。萌には何か特技があると思うよ。洸夜ちゃんは自分を過小評価してるだけだよ。萌には分かるの」


……正直不思議だった。萌さまの言葉は何故か勇気付けられる気がした。


錯覚何だと思うけど、それでも何だがスッキリしたような、変な気分。


「……ありがとうございます。少しだけど勇気が出てきました。出来る限り頑張ってみます」


「その意気だよ。洸夜ちゃん」


「はい!」


萌さまの言葉に元気付けられて、立ち上がる。


とにかく頑張ってみないと。……あっ、でも……


「萌さま。あのっ……良いんですか?僕よりは一応雪美さんの方にアドバイスとか……」


「洸夜ちゃんは心配することないよ。それに雪美ちゃんにはしのぶがいるから萌がいう事は無いんだよ。本当だったら純香か渚が言わないと駄目なんだけど……ほら、純香は乗馬部の部長さんだし、渚ちゃんは細かい気配りは苦手だから。こういうのはずっと萌の仕事」


なんでだろう。今の萌さまは凄く大人っぽく見えた。


金髪のツインテールと子供のような髪型だけど、やっぱり純香さまや琴実さまと同じキングの一人何だと本当に実感してしまう。


「萌さまは凄いんですね。僕にはとてもじゃないけど真似できない」


「洸夜ちゃんなら出来るよ。きっと萌よりもずっと上手く。だから純香が洸夜ちゃんを選んだんだと萌は思うよ」


「そんな……」


「それよりも速く帰ったほうが良いよ。一応特技考えないと」


言葉を返す途中で強引に打ち切られてしまう。


でも確かに今は少しでも速く帰って考える必要がある。


「……じゃあ萌さま、さようなら」


「うん、また明日ね。バイバーイ」


萌さまは手を振りながら僕を見送る。





家に帰って、落ち着いて披露するものを考えてみた。


時計を見るともう夜も八時を回っている。つまり約九十分もの時間考えて結局思いつかないことになる。


こういうとき、自分の決断力のなさというかとりえの無さは本当に悲しい。


「はあ、どうしよう。僕に出来ることなんて何があるんだろ」


情けない。でもやっぱり純香さまや渚さまが恥ずかしい思いをしないような出し物を考えなくちゃ駄目だよね。


「よしっ。頑張るぞっ……ってうわ!?」


突然着信音が鳴って思わず驚く。


でも、すぐにボタンを押して電話に出る。


すると電話の向こう側からは凄く意外な人の声がした。


「もしもし、麻井さんのお宅でしょうか?」


この声は間違いない。


渚さまだ。


「はいっ!僕です。浅井洸夜ですっ!」


「ちょっと落ち着きなさい洸夜。そんな大きな声出さないでも聞こえるわ。もっと落ち着いて話したらどう?」


うっ……。思わず大きな声を出しちゃって窘められちゃった。


僕の馬鹿。落ち着かないと駄目じゃないか。


「はい……申し訳ありません」


落ち着いて、トーンを小さくしてから謝る。


本当にかっこ悪いよ。せっかくの渚さまからの電話だったのに。


「まあいいわ。そんなことより、……洸夜。明日の日曜日は暇かしら?」


「日曜日ですか?はい。特に用事はありませんが」


途中で少し間が空いたけど、特に変わった質問でもないので普通に答える。


一体なんなんだろう?


「………それならいいわ。洸夜。あなた………明日は一日付き合いなさい」


「えっ?」


「聞き返さない。いいでしょう。明日十二時に新宿駅前で待ってるから来なさい」


「構いませんが……あの」


「いいのね。それでは明日会いましょう」


「……はい。それでは」


「ええ、さようなら」


その言葉と同時に電話は切られる。


でもどうして急に。


新宿駅前って事は純香さまや萌さまも来るのかな?


もしかして任命式で披露する出し物について?


でもそれなら月曜日でもいいわけだし、どうしてだろ。


……でも、考えても仕方ないかも。


渚さまだし、考えがある筈だし、明日になれば分かるんだ。


明日に備えてお風呂に入ろう。


清潔じゃないと嫌われちゃうし。


あっ!その前に服決めないと。


明日は学校じゃないから、私服になるんだし、しっかりした服にしないと。





この晩、僕は服を決めるのに結局二時間以上掛かっちゃった。


お風呂も入念に一時間以上入っていつもより更に清潔にしたし、意識しすぎなのかな。


でもこれぐらい普通だよね。


渚さまに見られて恥ずかしくないようにするのは当たり前だし。


………そろそろ寝ないとね。


寝不足でクマ作ってたら渚様が心配しちゃうかも。


もう十二時前だし、明日が楽しみ。


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