一話「絵柄だけのトランプカード」 その2
本日最後の授業が終わるベルがなって放課後になる。
僕は急いでクローバージャックである西崎雪美さんに話しかける。
「雪美さん。ちょっと良いかな」
「えっ。何でしょうか?」
雪美さんは口調も穏やかに聞き返す。声も結構透き通っているのもあり、それがより優しいイメージを強調させていた。
「今から部活動?」
「いえ。今日は華道部はお休みですから生徒会の方へ。華道部へ入部希望ですか?」
「あっ。違う。生徒会のほう。それでさ、ちょっと僕も行って良いかな。用事があって」
「別に構わないと思いますよ。生徒会室といってもあくまでも生徒全員の物ですから。生徒会の私物というわけではありませんよ」
「そう。ありがとう」
「そういえば名前言ってなかったっけ?」
生徒会室に向かう途中で僕は自分が名乗ってないことに気づいた。だけど
「知ってます。麻井洸夜さんでしょう」
「知ってたんだ」
「クラスメートの名前はすぐに覚えます」
「へえ。凄いね」
「人付き合いの上では当たり前のことですから」
雪美さんはとても同級生と思えないぐらい口調もしっかりしてるな。本当に凄い。
「・・・そういえば雪美さんはジャックになったんだよね。クイーンはどういう人?」
この際だからいろいろ聞いておきたかった。
「木陰こかげしのぶさまはオカルトがお好きでオカルト研究会の部長もなさっています。私に告白された時は驚きましたけど」
「何て言ったの?」
ちょっと気になった。でも告白って表現がまた凄い。
「『私はあなたのその柔らかそうな金髪が気に入った。いつまでもそばに居なさい』って」
「それだけ?」
「わたしは……ずっとこの髪がコンプレックスだったから。パーマじゃないのにウェーブでしょ。それでいろいろと小さい頃は近所の男の子にもそれでからかわれて」
「そんなのは男じゃないね。僕はむしろ羨ましいと思うな」
「……ありがとう。そうね。しのぶさまもそんな風に真っ直ぐにこの髪が好きでそばにいてほしいって言ってくれて。だから一緒にいたいって思ったのね」
雪美さんはジャッククイーンのしのぶ先輩のことをしゃべってる時は凄く生き生きとしていた。よほど好きなんだと思う。スペードクイーンの渚先輩はどんな人だろう。
そんなことを考えているうちに雪美さんの足が止まる。
「着きましたけど」
「あっ。うん」
雪美さんが話しかけてすぐに気づく。もう生徒会室の前だった。
「失礼します」
「しっ。失礼します」
雪美さんに一瞬遅れて僕も挨拶をして部屋に入る。するとそこには三人の生徒がすでにいた。そしてその中にはあの綾河渚先輩も。僕はとりあえず心を落ち着ける。
「……雪美。今日は早かったのね」
「はい。しのぶさまも今日は生徒会会議にも出席しますか?」
「……いいえ。……今から天使と悪魔の降臨祭をするの。ただ雪美の顔だけ見たかったから」
「もう。いつでも会えますよ」
雪美さんは満面の笑顔だ。その雪美さんと会話をしている人がしのぶ先輩らしい。しのぶ先輩の髪は黒いショートだけどウェーブはかかっている。ウェーブのかかった髪形が好きなのかな?
「じゃあ……雪美……また今度」
「はい。しのぶさまも」
しのぶ先輩は部屋を出て行く。雪美さんとはすっかり仲良しだな。僕はそう思った。
「あら。お客様?」
ついに渚先輩が僕に気づいた。胸の鼓動が少し高鳴る。
「はい。一年の麻井洸夜といいます」
「今朝。会ったわよね」
「はい。覚えてくれましたか」
「ずっとわたくしを見つめておいて忘れられるわけ無いでしょ。わたくしはニワトリじゃないわよ」
渚先輩は少し怒ったように話す。どうやら気が短いらしい。
「すいません。つい見とれてしまって」
「そう。まあわたくしの美しさでは、しょうがないことだけど」
「って、そういうのは自分で言うことじゃ」
「でも自分のことを知っておくのは大事なことよ。美しいのを自覚しないのはある意味罪ではなくて」
「でもある意味では自意識過剰なお馬鹿さんと間違えられる恐れが……」
「馬鹿……わたくしに馬鹿なんて。洸夜さん。あなた少し口の利き方に気をつけたほうがよろしいのではなくて」
「だからそれは物の例えで」
「ふうん。ついにスペードジャックも出来るのね」
「「えっ!?」」
僕と渚先輩の声がハモる。ずっと渚先輩と口論をしていてそれを傍観してた純香先輩が急にしゃべるものだからそれは本当に綺麗にハモっていた。
「ちょっと純香じゅんかさま。まだジャックにするとは」
「もうクローバーは決まったし、ハートとダイヤも今キングとクイーンが会いに行っているの。恐らく決まるわ。あなたもそろそろ決めないと五月の任命式に間に合わないわ。それともスペードのジャックを空席にするつもり?」
「ですがまだこの子にするとは」
どうやらこの純香という人は渚先輩の先輩らしい。ということはスペードキングか。
しかしこの子は酷い。年齢は一歳しか変わらないのに。
「あの。僕の意見も」
一応口を出そう。僕も一応当事者だし。
「そうね。じゃあ自己紹介も。私は海うみ咲さき純香。スペードキング。それで洸夜ちゃんだっけ。スペードジャックにならない?渚は少しわがままだけど可愛いところもあるわよ」
「……僕は渚先輩のことは興味あるし。知りたいと思うけど。……でも」
「そうです純香さま。まだわたくし達は知り合って間もないのに」
「みんな知り合って間もないわ。私だって渚を生徒会に入れたのは知り合って間もないし」
「ですがっ!」
「それに私はピンと来たの。彼なら、洸夜ちゃんなら渚とやっていけるって」
「じゅっ……純香さま」
「洸夜ちゃんもいいわね」
「えっ……はっ……はい……」
はいとしか言えなかった。純香先輩は渚先輩とは違う勢いと迫力がある。
そして僕はなし崩し的に生徒会の一員。スペードジャックに役職につくことになった。
そして僕は今帰路についている。一日で本当にいろいろなことがあった。
あの後は先輩の二人に呼び方で注意された。
どうやら生徒会の中では先輩にはさま付けで呼ぶのが伝統となっているらしい。
だから僕は明日から渚さま、純香さまと呼ばなければならない。とてもむずがゆいなるけど仕方ない。
「はあ」
ため息がこぼれる。正直言ってジャックになるのは自分の意思じゃない。勢いのままだ。
だけどまあ、ほとんどのキングやクイーンも部活動との掛け持ちだしそれほどハードじゃないかもしれない。僕はとにかく前向きに考えることにした。
そしてしばらく歩くと家の正門が見える。
僕は正門をくぐりさらに二分ほど歩いて家の玄関を開ける。
「ただいま」
「お帰り。お兄ちゃん」
帰ると妹の玲子れいこが迎えてくれる。
僕の家は両親が外国で暮らしているのもあって妹と二人暮らし。
家事をする家政婦は四人ほど居るが、誰も定時になれば帰ってしまう。
「玲子。今日の夕食は?」
「今日はハンバーグだよ」
「そうか」
ハンバーグは玲子が好きだったっけ。
そんなことを考えながら自室に向かい、服を着替えてからリビングに向かい、玲子と食卓に座る。
「なあ玲子」
食事をしながら話しかける。
「何?お兄ちゃん」
「僕は今日から生徒会の役員に選ばれた。だから明日から少し帰るのが遅くなるかもしれない」
「えっ。生徒会ってカルテットに選ばれたの?お兄ちゃんが!?」
「カルテットって……玲子知ってたのか」
「お兄ちゃん知らなかったの?玲子の学校だと有名なんだよ。禁断の美少年だけの空間だし。それにいろいろと変な噂もあるし」
「噂?」
何だ噂って。少し気になるぞ」
「それはね。先輩と後輩で禁断の愛とか、私の学校そういうの人気あるし」
「……禁断の愛って……それはな……いと思う。いいや……思いたい」
断定出来ない。というか実際にクローバーの雪美さんとしのぶさまは怪しかった。他に人がいてあれだ。もし二人っきりなら……
想像するのが怖いからこのことは忘れよう。忘れてしまう方がいい。
「まああれだ。それで玲子はどうなんだ。お前も興味あるのか?」
「無いよ」
「そっ。そうか」
あっさり言うから驚いた。だがもし興味があるなら兄として少し困る。だから安心出来て助かる。
「だってお兄ちゃんがいいもん」
「えっ」
急に聞き流せない言葉が飛び出してきたぞ。兄としては嬉しいかも知れないが、もう玲子も子供じゃない。大人になってもらいたい。
「なんてね。玲子はまだそういうの分からないし。じゃあ」
こっちは色々考えたというのに、あっさり冗談に片付けられるのか。それはそれで嫌なものがあるな。でも一安心ともいえるし、これはこれでいいのだろう。
そして玲子は既に食事を終えていて席を立った。僕もいつのまにか全て食べ終えていた。
明日はどうなるんだろ。
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