第163話
「この国最強の2人が相手となると、やはり簡単にはいかないな……」
身体の数か所に傷を負った狼の魔人、ナタニエルが呟く。
「ハァ、ハァ……」
「フゥ、フゥ……」
ナタニエルに対峙する柊家当主の俊夫と、鷹藤家当主の康義も体に傷を負い、息を切らしている。
「康義殿、まだやれますか?」
「あぁ、何とか……」
俊夫は額に流れる汗を拭い、近くに立つ康義へと問いかける。
問いかけられた康義は、体を動かすことで自分の肉体状況を確認して返答した。
「年は取りたくないな……」
俊夫には平気そうに返答したが、実は思っている以上に疲労が激しい。
若い頃なら、もう少し戦えていたはず。
そんな考えが頭をよぎった康義は、俊夫にも聞こえないほどの声で独り言を呟いた。
「ハーッ!!」
「ぐっ!!」
ナタニエルは、手に持つ刀で康義へと斬りかかる。
その攻撃を、康義は両手で持った刀で受け止めた。
片手で振り下ろしただけだというのに重い一撃が襲い掛かり、康義は必死の表情で抑え込んだ。
「ハッ!!」
「っと!!」
片手の攻撃で、康義の両手と動きを抑え込んだ。
その一瞬を逃さず、ナタニエルは空いている左手で康義の腹を狙う。
しかし、そうはさせまいと、俊夫がナタニエルに突きを放つ。
胴を串刺しにされる訳にはいかないため、ナタニエルは康義への攻撃を中止して、その場から跳び退くことで俊夫の攻撃を回避した。
「このっ!!」
攻撃を回避された俊夫は、飛び退いたナタニエルをすぐに追いかけ、接近すると薙ぎ払いを放った。
「ハッ!」
俊夫が両手で刀を持ち、力を込めた攻撃だというのに、ナタニエルは片手で持った刀で弾くようにして攻撃を回避する。
先程の康義への攻撃のことも含め、速度だけでなくパワーもかなり強いことが分かる。
「セイッ!!」
「っ!!」
俊夫の攻撃を回避した所を、康義が先回りしていたかのように待ち受ける。
上段から振り下ろされた康義の攻撃を、ナタニエルは体を捻ることでギリギリ躱した。
「あっぶね~……」
康義の攻撃を躱したナタニエルは、2人から一旦距離を取り、軽く息を吐く。
「くそっ!」
「当たらなくなってきたか……」
俊夫と康義コンビ対ナタニエルの戦い。
最初のうちはお互い様子見から入り、相手の実力が分かっていないため僅かに攻撃を受けそこなったりしたことにより、俊夫・康義の2人とナタニエルは小さい傷を負ったのだ。
速さとパワーで押してくるナタニエルに対し、俊夫と康義は技術で勝負した。
特に、康義の長年の経験による洞察力は素晴らしく、先読みに近い動きで俊夫以上ナタニエルに傷を付けていた。
しかし、戦うにつれてその攻撃が通用しなくなり、先程のようにギリギリのところで躱されてしまうことが増えて来ていた。
康義の先読みの動きに、ナタニエルが対処しているということだ。
「このままでは……」
「まずいな……」
2対1で戦っているというのに、数の優位はほとんどない。
それに、ナタニエルの様子からいって、体力はまだまだ残っている様子。
それに引きかえ、康義は少々疲労の色が見えてきている。
時間が経つにつれて、不利になっていくのは明らかに俊夫たちの方だ。
それが分かっているだけに、俊夫と康義は表情を渋くした。
「どうやら俺の方が有利みたいだな?」
ナタニエルも自分の優位に気付いたようだ。
このままいけば、計画通り俊夫と康義を始末することができる。
そうすれば、自分たち魔人軍の長であるバルタサールへの面目が立つ。
そう考え、ナタニエルは笑みを浮かべた。
「聞きたいことがある」
「……いいぜ。冥途の土産だ」
戦いを続けようと前のめりになったナタニエルに、俊夫が待ったをかけるように話しかける。
時間稼ぎのつもりなのかと思いつつ、ナタニエルは俊夫の話を聞くことにした。
多少時間稼ぎをしたところで、自分が不利になるようなことはないという余裕からの判断だろう。
「お前の目的は、この国最強の人間の排除か?」
「…………?」
質問に答えてくれるようなので、俊夫は聞きたいことを聞く。
俊夫が何を聞くのか分からないが、康義は口を挟まず黙っていた。
しかし、戦う前にナタニエルが言っていたことを、何でまた確認する必要があるのか分からず、ただ首を傾げるしかない。
「その通りだが……?」
康義だけでなく、ナタニエルも同じ思いから首を傾げる。
その確認をしたところで、何か意味があるだろうか。
「なるほど……、じゃあ、お前は失敗だな」
「……何?」
日向皇国において、長い間最強と言われている鷹藤家の康義と、去年から一気に名を上げた柊家の俊夫。
この2人のうち、どちらかがが日向皇国最強だということは、この国の人間なら誰もが知っていることだ。
それなのに、失敗とは何を言っているのだろうか。
「まさか、この国にはお前たちよりも強い人間がいるとでも言いたいのか?」
俊夫の言葉の意味を考えると、何となくある考えが浮かんできた。
しかし、自分で導き出しておきながら、その考えはあり得ない。
康義と俊夫以上の強さを持つ日向人は、調査した限り一度も聞いたことがないからだ。
そのため、ナタニエルは冗談を言っているのだろうかと、俊夫へと問いかけた。
「その通りだ!」
「……フゥ~、冗談にしては面白くないな」
「………」
ナタニエルの質問に、俊夫は力強く返事をする。
その態度に、ナタニエルは白けた表情で嘆息する。
黙って聞いている康義も、敵でありながらナタニエルの意見に賛成だ。
ナタニエルとの戦い中、俊夫の実力を見て自分に匹敵する実力に成長していることは分かった。
年齢的なことを考えると、数年後には自分よりも上に行く可能性は高い。
そんな彼や自分以上に強い人間なんて、この国で見たことはない。
この状況でハッタリにもならないようなことを言って、何か意味があるのだろうか。
「時間を無駄にしただけだな……」
冥途の土産のつもりで質問を受けたが、訳の分からないことを聞かれただけだった。
無駄に時間を費やしたことにイラ立ったナタニエルは、戦闘再開を示すかのように俊夫と康義に刀を構えた。
「…………来た」
“スタッ!!”
「んっ!?」
「っ!?」
構えたナタニエルに対応するように刀を構えた俊夫だったが、何かに気が付き呟く。
その呟きのすぐ後、何者かがこの戦場へと降り立った。
気付いたナタニエルと康義も、その着地音がした方へ視線を移した。
「お待たせしました。柊殿」
現れたのは伸だ。
そして、ナタニエルと康義に一瞬目を向けた後、伸は俊夫へと声をかけた。
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