第162話

「き、貴…様……?」


 目の前を通り抜けた相手を見て、鼠の魔人は声を上げようとした。

 しかし、そうする途中で他のことに気を取られた。


「なっ!?」


 鼠の魔人は驚きの声を上げる。

 クレイモアを持つ左手を斬られていたからだ。


「ぐうぅ……」


 斬られた左手が地面へと落ちる。

 たった一瞬、目の前を通り抜けただけだというのに、ここまでの深手を負わされた鼠の魔人は伸と圭太から距離を取り、出血と痛みで呻き声を上げた。


「……思ったより堅いみたいだな」


 通り過ぎ様に鼠の魔人の腕を斬り落としたのは伸だ。

 刀に付いた血を振り落とし、伸は独り言のように呟く。


「こ、このガキ……」


 片手を斬り落とされた強烈な痛みに、鼠の魔人は怒りで体を震わせる。

 そして、片手で持つクレイモアを伸へと向けた。


「ガアァーーー!!」


 鼠の魔人は、クレイモアを持つ右腕の魔力を増やす。

 そうすることにより右腕だけ身体強化し、無くなった左手の分のパワーを補うつもりなのだろう。


「おぉ……」


 身体強化によって膨れ上がった鼠の魔人の右腕を見て、伸は小さく声を上げる。

 肉体の一部の身体強化は、魔人だけではなく人間も出来る。

 しかし、兎の魔人の時もそうだが、魔人の方がそう言った技術は上手いかもしれない。

 というよりも、人間ならこんな無茶な身体強化したら、ちょっと動いただけで筋肉が断裂して戦闘どころではなくなる。

 魔物から進化した生物なだけに、魔人は人間とは耐久力が違うようだ。


「死ねーーー!!」


「フンッ!!」


 右手で持つクレイモアを振り上げ、鼠の魔人はそれを伸へと振り下ろす。

 強化しただけあって、片手だというのに両手で持っていた時と同等の速度で、明かにパワーの乗ったクレイモアが迫る中、伸は腰を落とした状態から左斬り上げを放つ。


「ギャッ!!」


 伸が斬り上げで狙ったのは、鼠の魔人の右腕だ。

 後から放ったというのに、伸の剣の方が先に当たり、鼠の魔人の肘から先が斬り飛ばされた。

 左に続いて右までも腕を斬り落とされ、鼠の魔人は痛みで悲鳴を上げた。


「シッ!!」


「ガッ!!」


 両手を失った痛みでのたうち回る鼠の魔人に対し、伸は両足を斬りつける。

 それにより、鼠の魔人は動き回ることができなくなった。


「すいません。こいつのとどめをお願いします」


「えっ?」


 両手を失い、脚を斬られたことにより、鼠の魔人はまともに戦うことができなくなった。

 そんな状態なら、後は止めを刺すのは簡単だ。

 しかし、伸は自分で止めを刺すつもりはないらしく、その役割を側に居る上長家の佳太に任せる。


「あっ! ちょっと!」


 高校生にしか見えないような少年がいきなり現れて、あっという間に鼠の魔人を無力化してしまった。

 それだけでも信じられないというのに、伸は佳太が呼び止める前に、止めを刺さずに他の魔人の所へと向かって行ってしまった。


「……まあ、いいか」


 どんな理由があるのか分からないが、今の鼠の魔人に止めを刺すだけなら簡単だ。

 助けてもらった少年に頼まれたのだから、素直に受けるしかない。

 伸に言われた通り、佳太は動けなくなった鼠の魔人にゆっくり近付き、止めを刺した。






「どうなっているんだ!?」


「…………」


 観客席で名家の魔闘師たちと戦う魔人たちが、突然現れた伸に次々と戦闘不能にされて行く。

 鷹藤家当主の康義の息子である康則と戦う馬の魔人は、戸惑いの声を上げた。

 声を上げはしないが、康則も馬の魔人と同じ思いだ。

 息子の文康と同じ位の歳の少年が、名門家の魔闘師たちが苦戦する魔人を倒しているのだから。

 しかし、仲間があっという間に減っていく魔人側とは反対に、自分たち人間側からすると嬉しい誤算と言って良い。


“スタッ!!”


「次は馬か……」


 康則と馬の魔人が戦っている側に、観客席の魔人を倒してきた伸が降り立ち、魔人の姿を見て呟いた。

 魔人たちを倒したと言っても全員戦闘不能にするだけで、止めは伸が来るまでに戦っていた者たちに任せてきた。


「何者かは知らないが、助力感謝する」


「……いいえ。お気になさらず……」


 他の魔人を倒してくれた伸に、康則は感謝の言葉をかける。

 伸からすると、はっきり言って鷹藤家の人間に感謝されてもあまり嬉しくない。

 しかし、そんな事を言う訳もなく、康則の言葉に無難な返答をした。


「……助力しましょうか?」


 この会場にいる他の魔人は掃討できた。

 残りは、康則が戦っている馬の魔人と、別会場で柊俊夫と鷹藤康義が戦っているナタニエルだけだ。

 ナタニエルのことを考えうると、早々に馬の魔人を倒したい。

 しかし、その馬の魔人を相手にしているのが康則だというのだから少々面倒だ。

 自分がこの馬の魔人を倒してしまえば、事態が鎮静化した時、手柄の横取りなどと言い出しかねない。

 こんな緊急時なのだから、そんな事を気にする暇があればさっさと倒した方が良いのは分かるが、相手が鷹藤家の者ならやりかねないため、伸は念のため確認しておく。


「……あぁ、頼む」


 次期鷹藤家当主となる自分が負けるわけにはいかない。

 馬の魔人との戦いにおける勝機は五分五分。

 危険な賭けに出るわけにはいかないと考えた康則は、馬に魔人の相手を伸に任せることにした。


「くっ! 何故こんなガキが……」


 この国で警戒すべき存在は、上司であるナタニエルが相手にしている。

 兎の魔人を始め、多くの魔人をあっという間に倒せるような人間が他に存在しているなんて聞いていない。

 予想外の存在の出現に、馬の魔人は戸惑いの言葉を呟いた。


「死にたくなければ、大人しく捕まるのもありだぞ?」


「…………」


 助命の道もあることを告げた伸の言葉に、馬の魔人は黙り込み、俯く。


「舐めるなーー!!」


 まるで死ぬことを恐れてるかのような物言い。

 たしかに、他の魔人があっさりと倒されていることからも、自分では伸に勝てないということは分かっている。

 だからと言って、戦いもせずに人間に従う訳にはいかない。

 魔人としてのプライドがそれを許さない。

 その怒りから、馬の魔人は全身に纏う魔力を全力まで高めた。


「ハアァーーー!!」


 全力の身体強化をした馬の魔人。

 それによって跳ね上がった力による自身最強の蹴りを、伸に向かって放つ。


「っっっ!?」


「いい蹴りだったぜ」


 全身全霊をかけた蹴りだったが、当たると思った瞬間に伸の姿が消えていた。

 どこに消えたのかと思ったら、自分の背後から伸の声が聞こえてきた。


「……ガハッ!!」


 声の聞こえた方へ振り返ろうとした馬の魔人だったが、そうすることはできなかった。

 いつの間にか両手両足の腱を斬り裂かれていたからだ。

 自分で放った蹴りだが、その勢いのまま着地することも出来ず、地面にダイブした。


「柊止め頼む」


「え? わ、分かった」


 両手両足が使い物にならず地面を転がり続けた馬の魔人は、綾愛のすぐそばで止まった。

 動けなくなりはしたが、馬の魔人にはまだ息がある。

 伸はその止めを綾愛に任せた。


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