第158話
「ハァー!!」
「ぐっ!!」
「康義殿!!」
鷹藤家当主の康義の攻撃を躱し、柊家当主俊夫の攻撃を刀で受け止めたナタニエルは、すぐさま攻撃をし終えた康義に蹴りを打ち込む。
その蹴りを何とか刀で受け止めた康義だが、体勢不十分だったために吹き飛ばされる。
「「…………」」
吹き飛ばされた康義は、空中で体勢を立て直して着地する。
そして、追いかけてきた俊夫と視線を合わせ、2人は小さく頷き合った。
「……なるほど、手応えがいまいちだと思っていたが、わざとのようだな? まぁ、周りを巻き添いにしたくないってのは俺としても部下の奴らが死ぬのは面倒だからな……」
2人のやり取りを見て、ナタニエルは感じていた違和感の正体に気付いた。
自分の攻撃に、やけにあっさりと吹き飛ぶと思っていたが、どうやらワザとだったと。
しかし、自分が全力で戦えば、巻き添いになることは明白。
そうならないようにしてくれたことに、ナタニエルとしてもありがたいことだ。
「さぁ来いよ! この国の2トップ」
「行くぞ柊殿!!」
「えぇ!!」
周りを気にする必要がなくなったナタニエルは、俊夫と康義を手招きをする。
それを合図にするように、俊夫と康義は気合いを入れて刀を構える。
『まぁ、本当のトップは他にいるけどな……』
ナタニエルの言葉に、俊夫は心の中で呟く。
自分と康義がこの国のトップのように思っているようだが、それは違う。
自分と康義、そしてナタニエルどころか、更に上にいる実力者を知っていたからだ。
◆◆◆◆◆
「ハッ!!」
「フンッ!!」
敵に接近すると共に上段から振り下ろし、斬りつける綾愛。
それを、兎の魔人は右手に持つ短剣でいなすことで防ぐ。
「シッ!!」
「っと!!」
攻撃を防いだ兎の魔人は、すぐに綾愛に反撃をおこなう。
短剣を持っていない左の拳で、綾愛の腹目掛けて殴りつけてきた。
その拳を、綾愛は身を引くことで躱し、バックステップをして距離を取る。
「っ!!」
「面白いぞ!」
距離を取った綾愛を、兎の魔人はすぐさま追いかける。
そして、接近した勢いのままに突きを放ってきた。
その攻撃を綾愛が刀で受け止めると、鍔迫り合いのような状態になった。
力の押し引きをおこないながら、兎の魔人はすぐ目の前にいる綾愛に対して笑みを浮かべる。
「小娘のくせに俺の速度に付いてくるなんて予想外だぜ」
「フンッ!」
綾愛が自分と渡り合っているのが楽しいらしく、テンション高く話しかけてくる。
そんな兎の魔人のことなど相手をしないと言わんばかりに、綾愛は鼻で笑って聞き流す。
「もっと楽しませろ!!」
「っ!?」
綾愛に一言告げると、兎の魔人は鍔迫り合いの状態から一気にバックステップする。
そして、距離を取ったと思ったら、身体強化で全身に纏っている魔力のうち、脚の部分の魔力を増やした。
「ハッ!!」
「くっ!!」
脚に纏う魔力を増やしたことで、更に速度が上がる。
それに対応しようと綾愛も同様の身体強化をおこなうが、対応するのに精一杯で、ジワジワと圧され始める。
『やっぱり、ここが限界ね……』
兎の魔人の速度に付いて行くためには、これ以上の身体強化が必要だ。
しかし、綾愛は現在でも限界ギリギリの状態。
これ以上の身体強化となると、コントロールしきれず、最悪の場合肉体が負荷に耐えられず、筋肉や健が切れてまともに戦闘ができる状態ではなくなる。
それでも、綾愛は悲観していない。
この兎の魔人は、夏の合宿中に出た魔人たちに比べて桁違いに強い。
そんな魔人を相手に、自分は何とか対応できている。
伸による指導により、確実に成長していることが窺えるからだ。
『……私じゃ勝てない』
綾愛自身、戦い始めてすぐにこの魔人に勝てないことは分かっていた。
恐らく、この魔人は全力を出していない。
腰に差している短剣は2刀だというのに、それを使用してこない。
その言葉や表情の通り、戦いを楽しむための枷としているのかもしれない。
そんな相手に対し、自分は限界ギリギリで戦っている状態だ。
そんな状態で、いつまでも戦えるとは思っていない。
『でも、時間が稼げればいいのよ!!』
勝てないと分かった時点で、綾愛の考えは決まっていた。
自分が今やるべきことは、時間稼ぎなのだと。
これだけの事件。
伸なら事を収めに来てくれるはず。
そして、伸が来れば、こんな奴らを倒すことなど不可能ではない。
信頼と実績、ついでに綾愛の恋心も加わり、それは絶対のものだと確信している。
だからこそ、負けると分かっていながらも、綾愛は戦い続けた。
「ハァ、ハァ……」
「……何だ? もう限界か?」
全力を出している者とそうでない者。
その差はすぐに現れる。
戦いながらも魔力のコントロールに意識を向けるには、かなりの集中力を必要とする。
頭も体もフル回転させていれば、すぐに体力も切れるのも当然。
圧倒的に圧されながらも、重傷を負わないように防ぐことしかできない。
幾つもの斬り傷を作り、体力が切れた綾愛は、片膝をついて動けなくなっていた。
そんな綾愛を見下すように、兎の魔人はつまらなそうに話しかける。
「久々に全力が出せると思ったんだけど、たいしたことねえな……」
まだ余力があるように言うことで、綾愛の心を折りに来たのだろう。
兎の魔人は、ヘラヘラとした笑みと共に綾愛を挑発する。
「ハァ、ハァ、残念ね……」
元々勝てるとは思っていないため、綾愛は挑発に乗らない。
兎の魔人の言葉に対し、薄く笑って聞き流した。
「……その態度、気に入らねえな。援軍でも期待してんのか?」
煽っても何の反応も示さない。
そんな綾愛の態度に、兎の魔人は先程までの笑みを消して、イラ立つように話しかける。
「生憎だが、ここに援軍が来ることはないはずだ」
「……どういうこと?」
綾愛が期待しているのは、皇都の魔闘師たちが去年と同様に集まってくることだろうと兎の魔人は考えたのだろう。
実際の所は違うが、何か含みのある発言が気になり、綾愛は話の続きを求めた。
「へっ! 魔人がここにいるだけだと思うか?」
「っ!! まさかっ!?」
「気付いたか? この会場の外には数体の魔人がいて、会場に援軍が入らないようにしている。だから援軍を期待しても無駄だっての」
他にも魔人が存在しているかのような発言から、綾愛は援軍が来ないと言っている意味が分かった。
予想通り、驚きの表情へ変わった綾愛を見て、兎の魔人は若干気分を良くしたらしく、またもヘラヘラとした表情へ変わった。
「もしかしてあんたたちの狙いは……」
ここにいる魔人たちは、大会終了を待っていたかのようなタイミングで侵入してきた。
あらかじめ、準備していたかのように思える。
それにしては、観客を狙うような行動をしていない。
観客席に向かった魔人たちも、観戦に来ていた名家の当主や代理たちによって抑えられている。
準備をしていたのなら、観客に被害が出ていてもおかしくない。
まるで、目的は別にあるようだ。
現状を把握した綾愛は、その目的が何なのか思い浮かんだ。
「最初から観客に用はなかったんだよ。狙いはこの国の有名魔闘師たちの排除だからな!」
綾愛たちが抑えることで、観客は会場から避難することができたようだ。
しかし、魔人たちとしても観客を追い出し、ここにいる名家の魔闘師たちの排除をする事が目的だったようだ。
今この現状は、彼らの思う通りの展開になったということだ。
「……フフッ!」
「何がおかしい? 気でも狂ったか?」
兎の魔人の話が終わり、少し間をおいて綾愛は突然笑い出した。
思っていた反応とは違い、兎の魔人は訝し気に問いかける。
「援軍が来ない? そんなわけないわ」
「……何?」
先程言ったように、会場外には数体の魔人を配備している。
彼らには、観客は放置して、援軍を入れないようにしろと命令してある。
魔人としては実力が低いが、無名の魔闘師に突破されるような実力ではないはず。
そのため、兎の魔人は綾愛の発言の意味が理解できない。
「ほら……」
首を傾げている兎の魔人に、綾愛は分かりやすく上を指差す。
すると、
“スタッ!!”
「っっっ!?」
何者かがいきなり現れ、綾愛の側へと着地した。
あまりのことに、兎の魔人は驚きで目を見開く。
「よう!」
現れたのは伸。
兎の魔人のことなどまるで無視するように、伸は軽く手を上げて綾愛に声をかけた。
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