第153話

「ナタニエル……」


 柊家当主の俊夫は、姿を変化させる魔人の名前を反芻する。

 変身中に攻撃を仕掛けたいところだが、ナタリエルの視線は自分に向けたままでいる。

 無闇に仕掛けて、返り討ちに遭うリスクは取れない。

 そのため、俊夫はナタリエルの変身が終わるのを待った。


「フゥ~……」


 ナタリエルの変身はすぐに終わり、ナタリエルは一息吐く。


「…………犬?」


「狼だ!」


 頭部が人間から犬のものへと変化した。

 変身した姿を見てそう思った俊夫は、率直な感想を呟く。

 その呟きに対し、ナタリエルは若干声を低くして訂正してきた。


「人間に尾を振る犬と一緒にするな」


「…………」


 不快を露わにする反応から察するに、よく間違えられているのだろう。

 ナタリエルにとっては受け入れられないことらしく、癪に障ったようだ。

 犬でも狼でもどっちでも良いと心の中で思いながら、俊夫はナタリエルのことを無言で観察した。

 変身したナタリエルの姿を適切に表現するのなら、狼人間と言ったところだ。

 単純に考えるなら、耳と鼻に俊敏性といった、狼の特性を利用した戦闘をしてくるのだと予想できる。


「ところで……」


 ちょっとした指摘を終え、ナタリエルは話を変える。


「戦う前に聞いておきたいのだが、どうして俺が魔人だと気付いた?」


 後から現れた魔人たちに指示を出したことから、自分が魔人の関係者であることは簡単に分かる。

 しかし、見た目は完全に大和人の姿に変身していたはず。

 魔人の可能性があると考えても、断定してきた理由に興味を持った。


「……別に隠す必要のないことだ。答えよう」


 魔人に問われて、素直に答える義理はない。

 問答無用と戦闘を開始しても構わない所だ。

 しかし、観戦に来ていた名家の当主たちが動いて魔人たちを抑え込んでくれているが、まだ多くの観客が会場から逃れていない。

 観客が脱出するのと同時に、去年同様皇都の魔闘師たちが集まる時間を稼げるのなら、俊夫としてはナタリエルとの会話は望むところだ。

 そう考えた俊夫は、ナタリエルの質問に答えることにした。


「気付いたのは、俺の経験と訓練によるものだ」


 去年、俊夫は数体の魔人と遭遇し、戦闘もおこなった。

 死にかけるまでの経験から、剣術の訓練と共に探知の能力の向上を図ってきた。

 変身前のナタリエルの見た目だけなら魔人の関係者、もしくは協力者と思うこともできるが、俊夫がナタリエルを魔人だと看破できたのは、そういった経験と訓練による成果だ。

 訓練次第で、自分以外の者も魔人の変身を見破ることができる。

 柊家の魔闘師たちの中にも、そのうち人化した魔人の探知ができる者も出てくるだろう。

 そうなれば、他の家の者たちにノウハウを教えればいいだけのことなので、隠す必要もない。


「……なるほど」


 見破れたのが経験から来るものと聞いて、ナタニエルは頷く。

 去年のことを考え、納得したようだ。


「こっちも聞きたい」


 話を長引かせるという考えもあるが、単純に聞きたいことがある。

 そちらの質問に答えてのだから、こちらの質問にも答えるのが知能を持つ者の道理だ。

 しかし、ナタニエルは魔人。

 人間の道理が通用するとは思えないため、俊夫は期待せず問いかけてみた。


「……何だ?」


「先程貴様は魔人軍幹部と言った。つまり、他にも魔人がいるということか?」


 期待地に反し、ナタニエルは質問に反応した。

 ならばと、俊夫は疑問に思っていたことを尋ねることにした。

 ナタニエルは魔人と言った。

 つまりは、軍と言えるほどの数の魔人が、この世界のどこかに潜んでいると言っているに等しい。

 魔人という、人類にとっての脅威となる存在が大量に存在しているなんて、看過できない問題だ。


「その通りだ。どれだけの人数なのかは当然教えないがな」


 ナタニエルは、頷くと共に返答する。

 人間からすれば、自分たち魔人の存在を気にするのは当然だろう。

 自分とこの会場にいる者以外にも存在しているといないでは、人間に与える不安感は全く異なる。

 本当のことを言っているが、俊夫が信用するかはどうでもいいこと。

 信用しようが、しなかろうが、人間が不安を覚えるこの質問は、ナタリエルにとっても願ってもないものだ。


「何故去年に続き、この大会を狙う?」


「…………」


 聞きたい質問は1つと言っていない。

 答えてくれるなら聞きたいだけ聞いてしまおうと、俊夫はナタニエルに次の質問を投げかける。


「……去年はともかく、この大会を狙ったのは弔いも兼ねてだな」


「弔い……?」


 続けて質問してきたことに図々しさを感じたが、ナタニエルは俊夫の質問に返答する。


「去年、お前と鷹藤にカルミネとティベリオがやられただろ?」


「コウモリとチーターか……」


 最初何のことかと思っていたが、去年自分が倒したと聞いてすぐに思い出した。

 実際の所は、自分を操作した伸によって倒した魔人と言った方が正しいところだ。

 あの時の自分が、あのティベリオとか言うチーターの魔人と自力で戦っていたら、やられたのは確実に自分の方だっただろう。

 カルミネとか言うコウモリの魔人も、鷹藤家当主の康義が倒したことになっているが、ティベリオを倒した後に向かった伸が何かしら関わっているに違いない。

 そのことを知らないため、ナタニエルは自分や康義が倒したと思っているようだ。


「あの2人は俺の部下でね。弔いというのは奴らへのということだ」


「なるほど……」


 誰への弔いなのかと思ったが、去年ここに現れた魔人たちのものだと知り、俊夫はようやく納得した。

 それと同時に、少し意外な気もした。

 魔人でも、仲間のことを気遣う気持ちがあるのだということにだ。

 しかし、話しているナタニエルの表情を見ていると、本当の気持ちなのかは疑わしい。

 薄い笑みと共に、淡々と話しているように見えるからだ。


「……ようやく来たようだな」


「……?」


 自分と話していたナタニエルが、何かに反応する。

 何のことだか分からず、俊夫は首を傾げる。


「柊殿!」


「康義殿!」


 現れたのは鷹藤家の康義。

 近付いていることに気付いていたが、戦闘前に間に合ったようだ。

 彼が来たということは、皇都にいる鷹藤家配下の魔闘師たちもすぐに到着するということだろう。

 俊夫は時間稼ぎが成功したと、心強い援軍に安堵した。


「これで奴らの弔いになるな……」


「っ!? まさか貴様……」


 先程のと合わせて、俊夫はナタニエルの呟きに違和感を覚える。

 そして、考えを巡らせてすぐに答えが出る。


「そう。お前ら2人が揃うのを待っていたんだ」


 俊夫が思い至ったことを表情を見て理解したのか、ナタニエルは問われる前に答えてきた。

 時間稼ぎをしている俊夫と態々話していたのは、康義が来るのを待っていたからだということを。


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