第152話
“スタッ!!”
「「「「「っっっ!!」」」」」
上空から何者かが舞台上に降り立つ。
突然の出来事に会場にいる者たちは、驚きで声を失くす。
「……なっ、何者……?」
舞台から降りて閉会式が始まるのを待っていた綾愛は、突然現れた男に問いかける。
そして、その者から何故か感じた忌避感に、すぐさま持っていた木刀を構えた。
「……たしかお前は柊家の娘だったか?」
見た目は袴姿で釣り目の大和人男性で、腰に刀を差している。
しかし、その者の魔力は嫌な感覚しか受けない。
問いかけられたその者は、綾愛を見て思い出したかのように問いかけ返した。
「……だったら何?」
口ぶりから、この男の標的は文康だと思っていた。
しかし、自分に向けた視線から、それだけが目的ではないようだ。
そう感じつつ、綾愛は確認のために男に問いかけた。
「お前の首も頂こう!」
思った通りの答えが返ってきた。
男は言葉と共に腰に差していた刀を抜き、綾愛に向けた。
“バッ!!”
「っ!!」
刀を向けた男は、綾愛に向かって地を蹴る。
まさに一瞬とも言えるような速度で接近した男は、綾愛に向かって突きを放った。
綾愛はその速度に面くらう。
しかし、警戒していたことが功を奏し、持っていた木刀で男の突きを反らし、攻撃を回避することに成功した。
回避できたからと言って、綾愛に安堵する暇はない。
更なる攻撃を受けないために、必死の形相で男から距離を取った。
『とんでもなく速い……』
男からの追撃はなかった。
突きを放った状態のまま止まっている男から、距離を取ることに成功したと判断できたことで、綾愛はようやく安堵することができた。
それと同時に、一気に全身に冷や汗が流れる。
内心の言葉通り、男の移動速度が尋常じゃなかったからだ。
「ほ~う。今のを回避するか……」
距離を取られても、男は気にする様子がない。
むしろ、その表情は綾愛に攻撃を躱されたことが嬉しそうですらある。
「……っと、お前の相手をしていたいところだが、あっちの方が面倒になりそうだな……」
再度攻撃をしてくるのかと思っていたが、男は視界の端に映った光景に気が逸れる。
綾愛の相手をしているうちに、文康が担架で医務室に向けて運び出されようとしていたのだ。
このまま医務室に運ばれてしまえば、文康を捕まえるのに無駄な手間が増えかねない。
そう考えたのか、男は綾愛よりも文康の方へ体を向けた。
「さ、させ……」
明かに文康を狙っている。
いくら嫌いな奴だからと言って、それを黙って見ているわけにはいかない。
文康へと向かった意識を自分に向けさせるために、綾愛は男を呼び止めようとした。
“ババババッ!!”
綾愛が男を呼び止めようとしたところで、またも異変が起きる。
先程の男同様に、上空から舞台上に10体もの生物が降り立ったのだ。
「っっっ!!」
「「「「「っっっ!!」」」」」
舞台上に降り立った生物たちを見て、綾愛だけでなく会場に残っていた者たちも驚愕の表情へと変わる。
「ま、魔人……」
現れたのは、魔人だった。
そのため、綾愛は信じられないというような表情で呟いた。
「う、うわーーー!!」「に、逃げろーーー!!」
現れたのが魔人だと分かり、会場にいた観客たちは阿鼻叫喚の声を上げる。
ただでさえ、不審者の乱入により逃げ出していた者がいたというのに、魔人の出現で恐怖が最高潮に達したのだろう。
観客たちは我先にと、出入り口へと殺到した。
「お前たちは、そいつと観客を相手しろ」
「「「「「畏まりました」」」」」
先に現れた男が、魔人たちに声をかける。
男の命令を受けた魔人たちは、了承の言葉を返した後、すぐさま行動を開始した。
「ま、待て……!!」
2体を残し、魔人たちは分散して出入り口へと殺到する観客たちに向かって客席へと向かって行った。
観客の中には魔闘師もいるだろうが、そのほとんどは一般人だ。
魔人の相手をできるような者など期待できないだろう。
数か所ある出入り口に向かって集まる観客に狙いをつけた魔人たちを追いかけようと、綾愛はその場から動こうとした。
全員を救うことなど不可能だが、どうしたら被害が少なく済むかを考える時間もない。
文康に迫る男を止めるべきか、観客に向かって行った魔人たちを止めるべきか戸惑った。
「お前の相手は我々だ!」
「クッ!!」
どこから助けるべきかを悩む時間すらないようだ。
戸惑う綾愛に、舞台上に残った2体の魔人たちが迫ってきたのだ。
“バキッ!”
「あっ!?」
長い耳をした魔人と顔の長い魔人。
その見た目から言って、兎と馬の魔人だろう。
その2体の魔人の攻撃を、綾愛は木刀を使用して躱す。
攻撃を躱すことには成功するが、綾愛の木刀が音を立てて折れた。
「フフッ!」
「武器がなくなったな?」
「くっ……」
恐らく、こいつらに命令した男の突きを防いだ時、もう木刀は折れる寸前だったようだ。
弾いただけだというのにこうなるということは、余程男の突きの威力が高かったのだろう。
理由はどうあれ、馬の魔人が言うように、唯一の武器だた木刀がなくなり、綾愛は窮地に立たされた。
「綾愛!!」
「お父さん!?」
遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
柊家当主で父の俊夫だ。
特別室で観戦していたが、異変を察知して部屋を飛び出して来たようだ。
「使え!!」
「ありがとう!!」
声をかけてきたのが父だと気付くと、自分に向かって何かが飛んできたのが分かる。
それを掴むと、すぐに何か分かる。
試合用の木刀などではなく、殺傷能力の高い真剣だ。
武器無しで戦うには、兎と馬の魔人の実力は不確定。
これで少しは時間を稼げると、綾愛は父に感謝の言葉を言いつつ、受け取った刀を鞘から抜いた。
「出てきたか……」
「……みたいね」
特別室にいたのは俊夫だけではない。
大和皇国それぞれの地区における、名門家の当主やその代理の者たちなどだ。
魔闘師の中で上位にいる者たちが、俊夫に続いて外に飛び出し、観客席に迫っていた魔人たちに向かっていた。
ひとまずこれで観客は大丈夫だろうと、綾愛は一安心した。
『……予想通りってこと?』
魔人たちは、安心した自分とは反対の心情のはず。
それなのに、兎と馬の魔人は慌てた様子がない。
それを見て、綾愛はこの魔人たちからすると、名門家の者たちが出てくるのは予想通りだったのではないかと思うようになった。
「待て!!」
「おぉ! 柊の方が現れたか……」
娘同様、鷹藤家の人間だからと言って、文康を見捨てるほど非情な人間ではない。
綾愛に刀を渡した俊夫は、怪我人の文康の方へ迫る男の方へと向かった。
姿を現した魔人たちよりも、この男の方が危険だと判断したからだ。
身体強化で一気に加速した俊夫は、文康を乗せた担架と男の間にその身を入れた。
「……貴様、魔人だな?」
男の前に立ちはだかった俊夫は、男の全身を下から上に眺める。
そして、自分の感じた感覚から、男の正体を見破った。
「……さすがだな。正解だ」
男は、俊夫が思った通りの言葉を返答する。
そして、肉体からおかしな音を立て始めた。
「俺はナタニエル。魔人軍幹部の1人、ナタニエルだ!」
自分の名前を言うと、激しい音と共に男の肉体が変化していった。
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