第147話

“ガチャ!!”


「おとなしくしていてくれよ……」


 少々人相の悪い30歳前後の男が鉄格子の扉の鍵を閉め、中で横になっている少年に小さく呟き、その場から去っていった。


「……ったく、ツイてないよな。命令がなけりゃ、会場で試合が見れたのに……」


「全くだな……」


 少年を檻に閉じ込めた男は、すぐ側の部屋へと入る。

 部屋の中にはこれまた人相の悪い30歳前後の男がおり、椅子に腰かけてモニターを見つめていた。

 モニターに映っているのは、全国の高等魔術学園の対抗戦の決勝戦の生放送だ。

 そのモニターの映像を見て、伸を閉じ込めた男は愚痴るように話しかけ、椅子に座る男も同意の返事をした。


「それにしても、は何を考えているんだか……」


「あぁ、がバレたらどうするつもり何だか……」


 モニターを見つめながら、2人は命令をした人間のことを心配する。

 というのは、命令とは言え自分たちが伸を檻に閉じ込めていることを言っているのだろう。


「まぁ、試合が終わるまでって話だから、のんびり観戦してようぜ」


「そうだな」


 自分たちがおこなっていることは完全に犯罪行為。

 しかし、立場がとんでもなく上の人間からいわれた以上、自分たちは命令に従うしかない。

 それに、試合が終われば、檻の中の少年を解放し犯罪行為もなかったことになるはず。

 犯罪がバレないか多少の不安を抱きつつも、2人はモニターに目を向けるのだった。






「ハァ~……」


 檻の中に閉じ込められた少年は、男が去ったのを確認すると目を開く。

 そして、体を起こして周囲を見渡すと、ため息を吐いた。


「いくら何でも油断し過ぎたな……」


 眠ったふりをしていただけなので、犯人の会話から自分がどういう状況なのかは分かる。

 まさか、自分が誘拐されるなんて考えてもいなかった。

 魔人や魔物の相手に対して警戒を解いたことはないが、人間相手に警戒心を解いていたことで隙を作ってしまった。

 そのため、こんな状況になり、少年は反省の言葉を呟いた。




 男たちに捕まった少年。

 それは伸だった。






◆◆◆◆◆


「コンビニ行って来るわ」


「あいよ」


 準々決勝で同じ学園の高橋に勝利した綾愛は、翌日官林学園の3年と対戦して勝利。

 2年連続で決勝戦へと進むことになった。

 そして、決勝戦がおこなわれる当日になる。

 たまたま朝早く目を覚ました伸は、起きたばかりで目がしっかり開いていない吉井に一言告げると、朝食前に散歩も兼ねてホテル近くのコンビニに向かうことにした。

 

「すいません!」


「……はい?」


 少し時間を潰し、そろそろホテルに戻ろうとコンビニを出たところで、伸は男性に声をかけられた。

 振り向くと、そこには2人の警察官がいた。


「少しお話聞かせてもらって良いですか?」


「……えぇ」


 地元の八郷ではあまり聞かないが、やはりここは皇都ということもあってか、職務質問をして来たようだ。

 警察官に声をかけられたというだけでドキドキしながら、伸は返事をした。


「ではこちらで……」


「はい……」


“ガチャ!!”


「えっ……?」


 道の真ん中ではと、警察官の1人に路地の方へと促された。

 それに付いて行き、足を止めた所で、伸の左手に手錠がかけられた。

 相手は警察官で無警戒。

 しかも、あまりにも突然なことだったため、伸は回避する間もなかった。

 というか、何の犯罪も冒していないのに、手錠をかけられるなんて誰が想像していただろう。

 当然、伸も驚きで声を失う。


「あの、こ……」


「……っと」


 手錠をかけられる意味が分からない。

 そのため、伸は警官にその理由を尋ねようとした。

 しかし、その質問がし終わる前に、伸の顔に薬品のような物がかけられた。

 その薬品によって崩れるように倒れそうになる伸を、警官の1人が受け止めた。


「行くぞ」


「あぁ」


 倒れそうになった伸を受け止めた男は、すぐさま抱え上げる。

 そして、2人の警察官は周囲を見渡して目撃者がいないか確認すると、側に止めておいた車に伸を乗せてその場から移動を開始した。






◆◆◆◆◆


「えっ!? 新田君がいない?」


「あぁ、コンビニ行くって出ていったきり、ホテルに戻って来ていないんだ!」


 伸が攫われて少しした頃、ホテル内では八郷学園の関係者たちは大慌てしていた。

 朝食も終わり、決勝戦の会場へ向かうという時になっても伸の姿がないからだ。

 ホテルを出るまでに見つければ良いと、八郷学園の教師や生徒たちが忖度したため、これから試合を控える綾愛に伸の行方不明を知らせるのは最後になった。

 しかし、いつまで経っても伸が発見されない。

 セコンドの伸がいないなんていつまでも隠しておくわけにはいかないため、とうとう綾愛に知らせることになった。

 同室である吉井から、伸が出ていった切りホテルに戻って来ていないということを聞かされ、当然綾愛は驚きの声を上げた。


「スマホは!?」


「全く連絡がつかない!」


 朝食が済んだ時間になっても帰ってこない。

 不安になった吉井は、何度も伸のスマホに電話やメールを送っているが、どちらも反応なし。

 教師に相談して今に至るという訳だ。


「先輩たちが近くのコンビニまで確認に行ってくれたが駄目だった!」


 コンビニに行くと言っていたのだから、先輩たちは近くのコンビニへすぐに向かった。

 店員に伸のことを尋ねると、特に何も買わずに退店したと言われ、その後のことは分からないと言われたそうだ。


「……えっ? じゃあ、セコンドはどうするの?」


「先生が調べてみたら、セコンドの変更は認められているそうだ。だから……」


 伸が行方不明ということは、セコンドがいないということだ。

 大会のルール上、選手にはもしもの時のためにセコンドは付けることになっている。

 セコンド不在では、試合を開始する訳にはいかない。

 もしかしたら不戦敗になってしまうのではないかと考えた綾愛は、ふと思った疑問を口にする。

 その疑問が出ることは想定済みと言わんばかりに、吉井は説明を続ける。

 そして代わりのセコンドとなった時、綾愛から視線をずらした。


「杉山頼めるか?」


「えっ!? う、うんっ!」


 吉井は綾愛から側に居る奈津希に視線を向け、代わりにセコンドを務めることを頼んだ。

 奈津希は去年も綾愛のセコンドを務めたこともあり、代わりができるとしたら彼女だろうと思ったからだ。

 状況から仕方がないことだと察した奈津希は、戸惑いつつも伸の代わりにセコンドをする事を受け入れた。


「伸のことは俺たちに任せて、柊たちはひとまず試合会場に向かってくれ!」


「……わ、分かった!」「う、うん!」


 これ以上ホテルに留まっていたら、試合の準備に支障が生じる。

 そう判断したのか、吉井は伸の捜索を自分と教師数人に、それと今大会に参加した選手セコンドの生徒たちに任せ、綾愛たちには会場へ向かうことを指示を出す。

 綾愛と奈津希は少し悩んだ後、吉井の言葉に従いって付き添い役の教師数人と共に会場へと向かって行った。


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